荒野の椿

クワ

第1話 椿、陛下の命を受け千州へ

 魔列車が金属音を掻き鳴らしながらゆっくりと停止すると、マイパル駅長以下主だったものたちが小走りに中央の車両へと急ぐ。

 乾燥した冷たい風が、口内の水分を奪い去り喉奥をも刺激を加える。

 車両の入り口で急ぎ整列をして、車両の主が出てくるのを待った。

 息を整えながら配布された写真をポケットから取り出し、横目ですばやく確認する。

 他の車両からは、カーキ色の軍服を着た集団が雑多な声と共に続々と下車を始めた。

「ふう」

 老年に差し掛かった駅長の呼吸は、緊張も相まってなかなか落ち着いてくれない。

 呼吸もようやく収まりつつあり心の中で安堵したその時、ゆっくりとトビラが開いたかと思うと、カーキ色の軍服に身を包み、肩程の長さの髪をなびかせながら一人の女性が下りてきた。

 急いで写真をポケットにねじ込むと、うやうやしく頭を下げた。

(これが秋川閣下の再来と誉れ高い孫娘)

 駅長は上目遣いに女性に視線をやる。

 見た目には中年というにはまだ早く、かといって下手な年配者よりもよっぽど落ち着き払っている。

 頭髪が人相確認のために配られた写真より短く切りそろえられており、歩くたびにそれが揺れて顎の輪郭を出し入れしていた。

「ご苦労」

 駅長を見やると表情一つ変える事なしに敬礼をし、そのまま改札を通り過ぎ、段々と姿が小さくなっていったかと思うと階段を下りはじめ見えなくなった。

「すごいな」

「何がです?」

 隣に並んでいた次長は少しばかり不機嫌そうに言葉を返した。

「まるでこの駅を知っているかのように動いたからな」

 次長は軽く首を振ると「大方、予習して調べてきたのでしょう。勉強のできる方の様ですので」と吐き捨てた。

「言葉を慎め。陛下が自らご裁断なさったのだぞ」

「……はっ申し訳ございません」

 まだ若年の椿が司令官に抜擢されたのには訳がある。

 プロイデンベルグ帝国がカール王国に奇襲をかけ呆気なく滅亡させ、次いでスーズルカ公国内で起こった革命に親類のニコラエヴィッチの仇討ちの名目で侵攻、勝利し甥のシックルグルーパー候を公位につけて事実上併合することに成功して次の狙いをスチューザンへと定めた。

 それに驚いたスチューザン王国は、古くから同盟関係にあった翔陽に秘密裏に参戦を要請するも色よい返事を貰えないどころか、プロイデンベルグの宣戦布告を受け、追い詰められたスチューザンはメアリー女王と翔陽の若き天仁皇帝との婚約を画策、成立させ連合王国にすることにより翔陽を戦場に引き出した。

 メアリー女王は翔陽内に味方を作ろうと考え、スーズルカとの戦いで名を馳せた名参謀秋川真好の孫で女性ながら祖父に匹敵する戦術家と噂される秋川椿に白羽の矢を立てコービィー砂漠に進出してきたエルウィン軍に対する迎撃軍の司令官へ推薦、天仁皇帝も同様の考えを持っていたためトントン拍子に話は進み、椿は司令官となるにいたった。

 ただし、異例の抜擢、しかも女性であったために妬み嫉みなどの感情に晒されることにもなった。

(彼女も大変だな……翔陽には反対勢力が多すぎる)

 駅長は同情的な目を彼女の消えた先に送った。

 階段途中の窓から外を眺めると、異国情緒あふれる住宅が黒い大地にぽつぽつと点在しており、翔陽と違う文化の土地に来たのだと感じる事ができた。

 椿が翔陽とスーズルカ公国の国境近くにあるマイパルの駅舎を出ると、予め連絡があった魔動車を探し出すために周囲を一瞥し、数台止まっている内の中央の一台の車に視線を向ける。

 この辺一帯は千州とよばれ、かつては東秦帝国の支配下にあったのだがスーズルカ公国が南下し奪取した。

 スーズルカがプロイデンベルクに併合されると、二コラエヴィッチ公の娘レクタシア公女を擁立してバハロストック辺境伯が挙兵した折に、辺境伯の勢力圏に収まったのだが統治する余力が無く千州は一時混乱を極めた。

 援軍要請に応え、翔陽が辺境伯に援軍を出すにあたり回廊的位置にある千州の安定化を望み、治安維持の名目で辺境伯と交渉し翔陽側が一帯を統治することで話が付いた。また地方軍閥を征伐している東秦帝国とも交渉し、そちらの了承も得ていた。

 軍服を着た運転手と同じく軍服を着た周囲の者は、まるで石像のようにこちらに向け直立したままどことなくぎこちなさを残しながら敬礼をし続けていた。

 椿がそちらに足を進めて、近くで敬礼を返すと、やっと呪縛が解けたように右手を降ろしたと同時に後部ドアの取手に手をかけゆっくりと開けると乾いた風が車内に流れこむ。

「秋川です。案内をお願いします」

 椿が語り掛けるや護衛の兵なのか、再び敬礼をした後にバタンバタンと勢いよく閉める音を響かせ周囲の車に乗り込んだ。

(この様子だと向こうでも待機しているかもしれない……)

 周囲の人間の時間を浪費させるのは業務上良くないと考えた椿は、早々に車に乗り込み、軽く後部座席に体重をかけた。

「閉めてもよろしいでしょうか」

「お願いします」

(少尉)

 運転手の階級章に素早く視線を投げ、その後素早く視線を上下に動かした。

 服は少しばかりよれてはいるがそこまで気になるほどではなく、顔にかかっている黒縁メガネも塗装が剥げは見当たらない。

(この運転手の身なりからすると、個人の性格もあるが基地の状況はそこまで悪くないようだ)

 椿の言葉と同時にドアは音もせずに閉められる。

 小さな地図を取り出し、駅の位置、基地の位置、他の施設の位置を再度確認するために目を落とした。

 車が運転手の体重を受け止め車内が揺れるとバツが悪そうに頭を掻き、後ろを振り返りつつ「申し訳ございません」と詫びた。

 椿が気付かないほどの音量でトビラを閉めると同時に魔動車の発動機を動かした。

 トットットットと軽快な音が車内に響き渡った。

 椿が視線を下げた瞬間、ガッルルルと大きな音と同時に車がゴワンと大きく揺れた。

「?」

 慌てて椿が視線を上げると、運転手が慌ててシフトレバーをニュートラルに戻しながら、「あかんわぁ」とため息交じりに吐き出す。

「申し訳ございません」

 椿の視線を感じ、運転手は頭をペコペコ下げると再び発動機を動かし、クラッチを動かした。

 ガルルル

 再びエンストを起こすと、「申し訳ございません・申し訳ございません」と呆気にとられた椿へ向かい再度頭をペコペコと下げ、シフトを元に戻しエンジンキーを捻る。

 今度は上手くシフトが繋がったらしく、ジャリジャリとタイヤが小石をかむ音が聞こえてきた。

 参考知識として前線の実情を知っておこうと考えた椿は、安堵している変わった運転手に問いをぶつけようと地図を畳みながら目線を上げた。

 魔歩賊対策なのだろう、前と後に護衛の車が付いた。

 程よく運転が軌道に乗り始めたころを見計らって、椿はゆっくりとした口調で声をかけた。

「えっ何でありますか?」

 運転手は素っ頓狂な声を上げ驚くも、その驚きの仕草の中に何とも言えない愛嬌が感じられた。

「前線の者として今のプロイデンベルグの軍はどう感じますか」

「うーん、そうですねぇ……」

 言質を取らせぬように考えてか言葉を濁す運転手に「私は指揮官として前線の現状が知りたいのです。忖度、追従は無用です」と語り掛けると、初めはごにょごにょと言っていたのだが、意を決したのか背筋を気持ちピンと伸ばして「私の分かる事でしたら」と答え椿を安心させた。

「プロイデンベルグの魔動歩兵は我が翔陽とどれくらいの差がありますか」

 魔動歩兵というのは、かつてゴーレムと呼ばれていた魔導兵器で、千年前ほどはお互いに素手での殴り合いや巨石を投げる位の攻撃方法だったのだが、時代が下るにつれて金属製の剣や槍、ハンマーなどを使い始め、騎士道や武士道などの華やかな文化が生まれた。

 そこからさらに時代が下ると、光線魔砲や魔銃などが開発され、それらにより今までの近距離での一騎打ちは廃れ、集団での射撃による遠距離攻撃が主となった。

 また、初めは木や石などから作られていたゴーレムも耐久性の問題から徐々に金属に置き換わり、その金属も、銅から青銅、鉄に変わって行き、その鉄も冶金技術の発達と共に鋼板へと変わり、また厚みも徐々に増してゆき、それに伴いより少ない魔力で大きな馬力を出せる発動機の開発が進み、進むことによりそれまで以上に装甲が厚くなるということを繰り返した歴史がある。

 運転手は視線を上げて少し頭を整理した。

「……」

 その間、椿は沈黙したまま待っていた。

(彼にとっては軍事機密扱いなのかもしれない)

「そういえば、あなたの名前を聞くのを忘れていました」

「三木 惣一であります」

 三木と名乗ったこの男は、仕草、行動などから士官学校を出たとは到底思えなかった。

「予備士官ですか」

「はい、西京外語大学在籍中に徴兵されました」

 馬鹿にされたと感じたのか、三木の発する言葉の節々が荒くなった。

「外語大? 専攻は?」

「モキタル語であります」

「ああ、なるほどね」

(だからここに配属されたのだな)

 モキタルはここから西北西に行った所にあり、かつて英雄ジンテムハーンの元、機動力重視のヒット&アウェイの戦術を駆使してサマイルナの半分弱まで領土を広げたのだが、魔歩の戦術が重魔歩メインになる変化についてこられなかったことと、経済政策の失敗が重なり、領土を次々と失いスーズルカと東秦の間にある小国にまでなった。

 この変わった経歴の男からなら、軍人とは違う目線の意見が聞けそうだと思い、脱線した話を戻して再び魔歩のことを尋ねた。

「ヴィルトカッツェはこちらの一式より持っている魔砲の威力は上回り、装甲も厚く、数も多いであります」

「どのように戦っているのです」

「荒野や砂漠でありますので、遮蔽物があまりないでありますが……大きな岩や掘った穴の中に隠れて撃破できる位置まで近づくのを待つであります」

「確か、スチューザンから運ばれた十二ポンド砲と九五式砲が対魔歩砲として使えたはずでは」

 三木は少しばかり声を沈ませ、淡々と話し始めた。

「確かに、その砲ならばヴィルトカッツェを貫けるであります」

「……」

「貫けるでありますが、相手の方が大砲の数が多いので撃った後に集中砲火を受けるであります」

 椿が以前に参謀室で耳にした話を思い出して問いとしてぶつけてみた。

「九五式を持てるように改造したタイプがあったはずでは」

 三木は呆れているのか怒りの感情を押し殺しているのか、それとも両方なのか、言葉の端々に投げやりな感情を乗せて話し出した。

「確かに先ほども申し上げた通り当たれば撃破できるであります。 しかしながら相手にも僚魔歩がいるでありますので、すぐさま反撃を受けてこちらが撃破されるであります」

「砲を持つと、機動力は落ちますか」

「一式は馬力が足りないので、かなり落ちるであります。 また追加装甲をつけている者が多いので、また機動力が落ちます」

「追加装甲?」

「はい、一式の装甲が薄いでありますから、みな現地改造で思い思いのものを取り付けているであります」

「……」

 追加装甲はスチューザンでも行っていると耳にはしている。

「ヤグアルは出撃してきますか」

「……はい、少数ながら」

「ヴィルトカッツェと比べると」

「機動力を除き、ヴィルトカッツェをあらゆるところで上回っているであります」

「三木少尉は、プロイデンベルグの補給状況をどのように見ますか」

「……」

 三木はまたも押し黙る。

「どうしても、中立国である東秦帝国とモキタル領に挟まれた回廊を通る他、道が無いのでありますから向こうの兵隊が一日に回復する魔動力以上に消費をしないようにしているように感じられるであります」

 東秦帝国は、かつてラムセス、ムガル、パールサなどと並び古代より文明が栄え、魔銃の原型をいち早く製造し、実戦に投入したり活版印刷を生み出したりなど各方面で技術力の高さを誇ったのだが、早く栄えすぎたせいなのか今は見る影もない。

「その回廊には砂漠が横たわっていますが、プロイデンベルグの輜重隊は迂回していないのですか」

「ディルゴとコービィーでありますね」

「はい」

「輜重隊はそこまで砂漠を迂回しておりません。 魔歩賊のことを考えての事と思われます」

 魔歩賊とは、一般的なイメージで言うと、千州というフロンティアにおいて、大陸浪人などと自称しながら自由気ままに生きる風来坊たちだが、実際は我が物顔で身代金目的の人さらいや略奪などを行う、ならず者の集団である。

 千州は翔陽、東秦、スーズルカなどの国境がせめぎあっており、魔歩賊が罪を犯すと国境を越えて逃げるため各国の警察や軍隊が手を焼いているが、その一方で神出鬼没さを利用しようとそれぞれの国が金をまき、諜報や後方かく乱に利用している勢力でもある。

「何故、そう思うのです」

「陸軍の爆撃騎隊からの話であります」

「航空騎隊は劣勢ではないのですか」

「正直な話プロイデンベルグの航空騎隊は我が方と比べても数、質ともに互角でありまして、劣勢な魔動歩兵から見ると羨ましい限りであります」

「昔の資料ですが、魔歩は空からの攻撃に対する防御が難しいと読みましたが……」

「はい、その通りであります。 そのおかげで前線が辛うじて保たれているであります」

 陸軍大学の机上では一通り学んではいるものの、魔動歩兵は数が少ない上、前線に配備されているために訓練などではほぼ使われる事が無いために実際兵器としての運用方法など曖昧な点が多く、椿としてはそれらの情報は有難かった。

「少尉はエルウィンがどのような大将だと感じますか」

 エルウィンとはプロイデンベルグの大将でビリアに上陸したかと思うと、瞬く間にナイジェ・ポリトリと攻略し紆余曲折の後ヘラクレンドリアを制圧してラムセス一帯を制圧した通称[流砂のコヨーテ]と呼ばれる名戦術家である。

 椿は腕を組み、ゆっくりと目を閉じた。

「前の戦闘でもそうですが、主力は戦術書通りに動かしますが、別動隊を巧みに動かし、いつの間にか我が方の側面を突き、我が軍は数キロ転進しております」

「……他にありますか」

「……あくまで噂ですが……」

「かまいません、話しなさい」

 躊躇する三木を促し、言葉を繋げさせる。

「それでは」

「大将自ら前線まで偵察をし、兵卒と同じ物を食べ、巡視中に身分に関わらず優しく声をかけるのでプロイデンベルグ軍の士気は高いとの事です」

「まるで、四国志の葛明の様ですね」

 椿はスッと目を開けて呟くように答えた。

「そう言っている者もおります」

 三木は昔読んだ小説を思い出すかのように寂し気な笑みを浮かべた。

「六丈原のように……」

 六丈原とは、葛明が陣中で病死した地名である。

「……」

「ありがとう、参考になりました」

「はっ」

 魔動車は砂塵を巻き上げ進んでいった。

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