第9話 動揺

「どうやら飛んでもない場所にきちまったらしい? なぁ、相棒」


 軽口を叩いてみてもヨウからはお返事がありません。

 行方不明のフローティングカメラはともかく、チョーカーマイクも沈黙中。まさか……壊れた!?

 また怒られるー!


「しっかし……ココハドコアタシハポチ……宇宙空間は何度かお邪魔したことあるんだけど……」


 宇宙みたいな無重力空間みたいな感じで身体はふわふわと浮いている。呼吸は普通にできているけど。真っ暗な空間に、光の球がいくつも浮かんでいて、星のように見えなくもない。


 行きたいと思った方向にスーっと身体は進んでいくみたいなので直ぐ後ろ、一番近くにあった光の球に近づいてみる。サイズはアタシより一回り大きく、だいたい直径2mくらい。周りを飛びながら観察する。

 離れていたときは光の球に見えたけれど近づくと見え方が変わっていく。

  

「んー……ん? んぅ? んあ!」


 箱庭? ジオラマ? スノードーム?

 透明な壁に囲まれた球体の中に精巧に創られた世界が広がっている。

 しかもだ、世界は段重ねに……つまり階層に別れていて、洞窟のような地形が重なった下に、丘陵の地形、その下にまた洞窟という感じ。

 もしかして、いやもしかしなくてもこれは……。


「ダンジョン……? これトーキョーダンジョンだ。 てことは……」


 地形の重なりの特徴が完全にトーキョーダンジョンと一致しているその球体様のジオラマから一旦離れてぐるりと身体を回す。

 数え切れないとまでは言わないけれど100個よりは確実に多い光の球が上にも下にもいくつも。

 サイズも大小色々あって眺めている分にはなかなか綺麗だ。

 

「これ全部、ダンジョン?」


 球の1つはトーキョーダンジョンだった。多分。

 なら、この球の1つ1つがダンジョンということに違いない。つまり今アタシが居るのは、学者さんが言うところの異世界、あるいは異空間ということになるだろう。


「はぇ~~」


 アタシは光の球に近づき順に覗いてみることにする。

 1つには深く広大な海があった。1つには天を突く山があった。複雑な洞窟に迷宮、おどろおどろしい城があったし、水上都市に未来の街並みのようなものまである。


 段重ねの様々な地形や構造物のミニチュアに見えるけれどこれら1つ1つがどこかにあって、実際に入ることができるダンジョン……ということになるんじゃないかな?


「映画のセット見たい! え、ちょっとお邪魔したいかも」


 特典のメイキング映像なんかでこんなミニチュアを使った撮影もあったんだよね。ウズウズとワクワクと興味と好奇心に釣られてアタシはテキトウな1つに手を触れてみる。けど、なにも起こらない。


「ありゃ……こういうのって触ったら吸い込まれるのがお約束でしょー?」


 ここから新たな冒険が! 的な展開にならず、拍子抜けだ。ペタペタと移動してはアチコチの球に同じようにしてみるけどやっぱり何も起こらない。


「嘘ぉ……何にも起こんない……えーどこにも行けないの? ハッ……まさか帰れない!?」


 若干焦りが生まれてきた。さすがに帰れないのは困るのだ。ヨウにも心配かけちゃうし。

 ヨロシイならば壁抜けだ、と壁抜けを試してみるけれどやっぱり上手くいかない。最終的に超加速からの壁抜けをしてみても弾かれるというか……拒絶? されてしまう。


「もー! 出るときはいけたじゃん!」


 ブー垂れたところで状況が良くなるでも無し。

 アタシが八方塞がりの状況に頭を抱えたところだった。


「ん?」


 なんだろう? 光の球の1つにやけに目を惹くものがあった。サイズが他のより小さくてなんだかハシッコの離れたところにある。それがやけに気になるというか、呼ばれている気がしたんだ。


 覗いてみると、孤島かな? 海に囲まれた島がある。

 島は密林ばかりの未開の地のように見えるけれど、人口物もチラホラ。それが一番上の層で、次はいきなり海。

 ビーチもあるし、船も浮いてる。

 でも次の層は無し。ソレダケ。他のより層が全然少ない未完成みたいな印象。

 でもそれが凄く気になった。


 ソッと手を触れてみると、今度は身体が吸い込まれるような感覚が合って、アタシは密林のど真ん中に立っていた。なんでか知らんけど入れた……ということみたいだ。


 早速、遠視と透視で周囲を見回すと、飛んでもないモノが目にはいってアタシは一目散に駆け出していた。


「うわわわわわ! ティ……ティ……Tレックスだああああ!!」


 そうそこには体長12m、特徴的なでっかい頭に、ちっちゃいお手手、ゴツゴツした暗褐色の皮膚、紛れもない恐竜の王様、ティラノサウルスがいたのだ。

 こんなの女の子なら興奮するに決まってる!

 え、しない?


 さらにだ。

『ポチ? ポチ!! ようやく繋がった!』

「あ、ヨウ! なんかすごいとこにいってた! ていうか! ティラノ! ティラノがいるよ! 見える? ってあー! カメラが無い! あ、スマホ! 写真……や、動画撮る!」

『ティラノ……? っ!? なんで!?』


 なんとヨウとの通信が復活。やっと連絡が取れて一安心だ。ヨウはなんかビックリしてるみたいだけど。

 アタシは一気にテンションが上がってスマホのカメラでティラノを激写しまくる。

 ティラノはなんか鬱陶しそうにしてるけど襲ってはこない。

 スマホを念動力で操作してティラノと2ショットを撮っているとヨウが声をかけてきた。


『アンタ今どこ!』

「さぁ……多分どっかのダンジョン? トーキョーダンジョンでは無さそう!」

『とにかく! 早く帰ってきなさい!』

「えー! 他にも恐竜見つけたい~! ここすごいんだよ! ジュラシックパークみたい!」

『いいから!』

「っ ヨウ?」


 大きな声にちょっとビックリしてしまう。

 なんだか、ヨウの様子がおかしい。

 焦っているというか、困惑してるというか。

 分からないけど、こういうときは1人にしないほうが良さそうだ。


「帰れって言われても……ん……あっ」 


 また見回せば、少し離れた木の影に転移門らしき魔方陣が見つかった。さっきは無かった気もするんだけどなぁ……ま、いっか。


「サラバだ、ティラノ君。また来るからね! あいるびーばっく!」


 ティラノに手を振って転移門に飛び込んでから、トラップじゃないよねと気がついた。

 その時にはもう視界は転移の暗転だったけど。


「ダンジョンからは出たのかな? どこだろ、ここ」


 転移した先は暗い穴の中だった。

 空気感というか、ダンジョンじゃないことはなんとなくわかる。

 這い出してみると、また鬱蒼とした木々が広がっている。


 遠視してみればすぐにそこがどこか分かった。


「あ、富士山……てことは、ここ樹海か」


 ダンジョンの出入口があったのは、富士の樹海にぽっかり空いた穴の中だったらしい。

 壁に囲まれていなければ、当然人もいない……未発見ってことになるんだろうか? アタシ、第一発見者? ま、面倒だから報告しないけど。


 とにかく場所が分かれば帰るだけ。

 アタシはヨウのアパートにビュンと、急いで飛んで帰ることにした。


 


§――――――――――――――――――――§

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