33 別れは唐突に

 ホームレスのおじさんに保護して貰っていたルカを引き取り、帰路に就く。

 その間、俺達は1度も握り合った手を離すことはなかった。


 ホームレスのおじさん、めちゃくちゃいい人だったなぁ。

 俺とルカが銭湯へ行く姿を毎日見ていたから、ルカがおじさんの所に尋ねてきたとき、ルカを探しにきた俺が、そばを通るのを河川敷で待ってくれていたからな……。


 もし俺が大家さんに追い出されたとしても、良い隣人になってくれそうだ。

 あと、これまで偏見の目でいてごめんなさい。


「ただいま」


「ん。ただいま」


「お待ちしておりました……巫女様」


「うおっ!?」


「ん。マルガレーテ」


 ルカと一緒に帰宅すると、玄関の前に甲冑を着こんだ、金髪ポニテの女騎士がかしずいていた。

 鍵をかけずに外出したから、泥棒に入られた――訳ではない。

 そもそも我が家に盗めるものなど殆どないからな……。


 彼女はルカの近衛騎士であるマルガレーテ。

 例の如く、我が家のトイレに転移ゲートを繋げ、向こうの世界からやってきたのだろう。


「巫女様、お迎えに参上仕さんじょうつかまつりました」


「ん」


「ルカ……?」


 多少変態な所はあるが、普段から生真面目な態度のマルガレーテが――今日はいつも以上に慇懃いんぎんな佇まいで、ルカにそう告げた。

 するとルカは、ずっと握っていた俺の手を、名残惜しそうに離す。


「ん。たいようのおかげで、魔力、溜まった。だから、元の世界に戻らないと」


 家出したルカを見つけた時、ルカはこれまで見たことのない光量で輝きだした。

 それこそ、目を焼かんばかりに。

 あれで――ついに魔王を封印するだけの魔力が溜まったのだろう。


 向こうの世界で、マルガレーテもそれに気づいたのだろう。

 多分ルカの魔力を観測する道具みたいなのがあったんだろうな。


「…………そっか。ファーストキスを捧げたかいがあったな」


「なにっ!? ……ごほん。いえ、なんでもございません」


 慇懃な態度が崩れそうになったマルガレーテだが、すぐに冷静さを取り戻す。

 そうか……ついに、この時が来たんだな。


 ルカともう会えないにも関わらず――不思議と喪失そうしつ感や寂寥せきりょう感は湧いてこなかった。

 ルカが不幸によって魔力と共に存在が消滅してしまったり、俺では魔力を溜めるのに力不足と判断されて、俺の前からいなくなられるのと比べたら――これは最良の別れと言えるだろうから。


 だから俺は、心からの笑顔でルカを見送る。

 にいっ――と。

 頬を上げ、歯を見せて、笑顔を作る。


「ルカ。世界を救ってこいよ! ルカなら出来る! 頑張れよ!」


「ん!」


 親指を立ててサムズアップすると、ルカも真似して親指を立てる。


「ん。たいよう……さいごに……」


「え? ああ、これな」


 ルカは上目遣いで両手を広げる。

 ハグを求めるポーズだ。


 腰を屈めて、ルカと同じ目線になると、ルカはゆっくりと――俺の首の後ろに腕を巻き付けた。


「ん。もう魔力、満タン。なのに……胸の中が、ぽわぽわする」


「魔力に限界値はあっても、幸福に限界はないからな」


「たいよう……ぼくのこと……忘れないで、ね?」


「ばーか。お前みたいなワガママなガキ、忘れたくても忘れらんねぇよ」


「本当?」


「ああ……本当だよ」


「本当に本当?」


「本当に……本当だ」


 俺達はゆっくりと抱擁を解く。

 ルカはマルガレーテと共に、まだら色に輝くワームホールに足を入れた。


「忘れ物はないか?」


「ん。大丈夫」


 ルカの手には、花火大会の縁日で買った安物の指輪が握られている。

 ルカが大きくなって、その指輪がぴったし嵌る姿を見られないのだけが、心残りだった。


「ばいばい……たいよう」


「おう! 巫女の役目――果たしてこいよ!」


 ルカに手を振り、笑顔を作る。

 ルカも俺に笑顔を返した。


https://kakuyomu.jp/users/nasubi163183/news/822139842774383911


 2人が便器の奥へと消えていくのを見届けてから、トイレのドアを閉める。


「ふー……さてと、ルカにあれだけ偉そうなこと言ったんだ。俺もちゃっちゃと新しい仕事探さねーとなぁ」


 あれだけ狭いと思っていた八畳間が、随分と広く感じる。

 きっと、あっという間に秋が過ぎて、冬がやってくるだろう。

 エアコンのない木造建築のボロアパートは、夏は暑くて辛いが、冬も負けないくらいに過酷な環境になる。


 あのもちもち触感の湯たんぽなしに、果たして俺は冬を越すことは出来るだろうか。


「今日はもう寝るか」


 部屋の隅に畳んだ布団を敷こうとした時――ふと視界の端に何かが映る。


 ルカが家出するときに書き置きとして残した手紙だ。

 それを拾うと「さがさないでください」と書かれた面の裏にも、ルカの子供らしい下手くそな文字が書いてある事に気付いた。


『たいようだいすき』


「ははっ……」


 思わず乾いた笑みが込みあがる。

 開け放った窓から、涼しい秋風が入りこむ。


 長かった夏が、終わってしまったような気がした。


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【あとがき】

今回のおまけAIイラストは、ポストカード風のルカです


https://kakuyomu.jp/users/nasubi163183/news/822139842774400949


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