28 花火大会編前編――今回の合計金額800円

 8月末。

 世間では夏休みも終盤ということで、夏の終わりを感じる時期ではあるが――暑さのピークを過ぎた気が一切しないのが実際の所だった。


 あのね……まだ真夏だよ。

 まだ脳内で湘南乃風が現役で流れてるから。

 ビーチでタオル振り回してるから。


 そんな訳で、日比野太陽ひびのたいようは今日も今日とて生活のために町中のトイレを掃除している。

 現在掃除しているのは、駅の構外にある公衆トイレ。


 トイレは壁に面して建っており、裏側には人がギリギリ通れる細いスペースがある。

 そこに落ちている結構な量の吸い殻を拾うのも、俺の役割だった。


「ったくよー、隠れて吸うなら吸い殻も持って帰れよなー」


「ん。たいよう。今日、いつもと違う服の人、沢山」


「おん? あー、確かに浴衣姿の人が多いな」


 そういえば、今日は近所の神社で花火大会が開催されることを思い出した。

 いつもより道が混むから嫌なんだよな~。


「ん! 花火大会! 〝たまやー〟、ってゆうやつ!」


「おー、よく知ってるな」


「たいよう、行きたい……連れてって?」


 花火大会と聞くや否や、紫の瞳を潤わせながら、首を傾け斜め下から覗き込むようにおねだりをしてくるルカ。

 ただでさえS級可愛い顔が、SS級可愛く見える角度でしてくる上目遣い――計算でやっているのであれば魔性だよな……。

 天然でやっててもそれはそれで魔性の女(装少年)だが。


「はいはい。仕事が終わったらな」


「花火、見るの初めて」


 そういえば……生で花火を見るのは、俺も数年振りかもしれない。

 実家にいた頃、当時小学生の夕陽と見に行ったのが最後だから……最低でも4年前くらいか?


「よし! そうと決まればちゃっちゃと掃除終わらせるぞ!」


「ん!」


 1人では見ようと思わないが、誰かと一緒だと、俄然楽しみに感じてしまうのは、血管に流れる日本人に刻まれたDNAによるものだろうか?

 俺とルカはいつもより素早く、けれどもいつも通り丁寧に清掃を続けるのであった。



***



「おう、日比野と座敷わらしちゃんじゃねーか」


「大家さん、どうも。買い物帰りですか?」


 日も少しだけ短くなり、町をオレンジ色に染める時間帯。

 俺達を乗せたスズキエブリイは、ボロアパートの駐車場に到着した。


 部屋に入ろうとすると、スーパーのビニール袋を掲げた大家さんと遭遇する。


「ん。宇佐美うさみラビィ」


「おいバカっ! その名前で呼ぶな……! 全国にファンが100万人いるんだぞ……! どこで正体がバレるか分からんだろ……! いや100万人の内50万はアンチかもしれないけど……」


「それは流石に卑屈過ぎるだろ……」


 表の顔はボロアパートを管理する大家さん。

 裏の顔はチャンネル登録者100万人を超える大人気Vtuber宇佐美ラビィの中の人。

 そんな彼女は、慌てながらルカの口を塞ぐ。


 そうだよね。

 普通に歩きタバコしてるもんね大家さん。

 ファンにバレたら大炎上だ。


「ん。ごめんなさい……にひひ」


「なんだ。随分と機嫌がいいじゃないか」


「ん! これから花火大会、行く。たいようと一緒」


「花火大会か、最後に行ったのはいつだったか……」


 大家さんは紫煙をくゆらせながら、夕焼けに向かって遠い目をしていた。


 分かる。

 大人になると、恋人とか子供とかがいないと行かなくなるよな。

 俺だってルカがいなければ、いつもより道が混むだけの日でしかなかったから。


 配信者活動で多忙(かつ恋愛禁止)の大家さんも、去年までの俺と同じで無縁のイベントなのだろう。


「あの……事務所の同僚とかと一緒に行ったりとかはしないんですか?」


「…………ああ。行ってる子は……行ってるみたいだな。あたしは……ないけど」


「なんかスンマセン……」


 事務所に所属してるVは、仲良しの同僚ライバーと一緒にお出かけしては、その時の思い出を雑談配信で語ってリスナーから「てぇてぇ」とコメントされる〝お約束〟がある思っていたのだが――全ての事務所ライバーに当てはまる訳ではないらしい。


 王者とは孤独なものなのだろう……知らんけど。


「ん。じゃあ、一緒に行く?」


「おー、優しい奴だなぁお前は。でも今晩は夏祭りをテーマにした雑談配信があるんだ。あたし同様に夏の思い出を作り損ねたファン達に一生の思い出を作ってやらんとならんからな。だがその気持ちだけで涙が出そうだよ。よしよし」


「ん。くちゃい」


 ルカの頭を撫でようとする大家さんの手を掻い潜り、俺の背後に隠れるルカ。

 大家さんも、子供の前で喫煙はよくないと思ったのか、まだ残っているタバコの火を消して携帯灰皿にしまう。


 俺は嫌煙家ではあるが、吸い殻をちゃんと処理する喫煙者を見ると好感を抱く。

 ヤンキーが濡れてる捨て犬に傘を差しだすのと同じ理屈かもしれないが。


「タバコ、体に悪いですよ」


「んなこと分かってらー! でもよぉ……吸わずにやってられっかよー! 事務所の決まりで予め飲酒配信の届け出さないと、配信前に飲酒しちゃいけないんだからよー! 酒以外に合法的に己を慰められる手段はこれしかねーんだよー!」


 夢のあるキラキラしたイメージの配信者活動でも、やっぱりストレスがつきもののお仕事なのだろう。

 文字通り命を削って人々に笑顔を届けている大家さんを尊重し、これ以上は何も言わないでおこう……。


「あ、そうだ。ウチに子供用の浴衣あるんだ。貸してやるよ。丁度座敷わらしちゃんのサイズとぴったしだったはずだ」


「ん。ありがとう、大家さん」


 浴衣と聞いて、ひょっこりと背中から出てくると、大家さんの腰に抱き着くルカ。

 現金なやつだぜ……。


「ん。くちゃい」


 でもやっぱりタバコの匂いに顔をしかめると、すぐに離れるのであった。



***



 ――大家さん宅前にて。


「ん。どう?」


「おー、凄い似合ってるぞルカ。可愛い可愛い」


「んひひ」


 ――ぽわぽわ。


https://kakuyomu.jp/users/nasubi163183/news/822139842462185834




 大家さんの塀に背中を預けながら、家の中に入っていった2人を待っていると、浴衣姿のルカが俺の前に姿を現した。


 頭を撫でてやると、ルカは白い歯を見せながら笑う。

 大家さんのお下がりなので、明らかに女児向けの浴衣だが、まあ似合っているので問題ないだろう。

 普段から女装してるし。


「ん。この服、好き」


 ルカも初めての和装を気に入っているようだ。


「パンツ履かなくても、怒られないから」


「そっちかよ!?」


「いやー、どこも虫に食われてなくてよかったわ」


 ルカの後から大家さんも姿も見せる。


「すいません大家さん、わざわざ貸して貰って」


「気にすんな。タンスの奥で埃を被らせたままでいるのもよくないからな。はぁ……本来なら自分の娘に着せるつもりで取っておいたのだが……かつてのライフプランでは既に子供が2人いるつもりだったのに……」


「ははは……」


「……よし日比野。浴衣貸した代価でウチに婿に来い」


「代価がデカすぎる!!」


 しかし大家さん、目がガチだ……。

 このままでは本当にお婿さんにされかねない。


「い、行くぞルカ!」


「ん」


「あっ、おい待て日比野!」


 尻を揉んで来ようとする大家さんに背を向け、ルカの手を掴んで走って逃げるのであった。



***



「ん。人…… いっぱい」


「はぐれないようにな」


 大家さんの制止を振り切り、無事花火大会会場である神社に到着する。

 いつもは閑散としている神社も、お正月と花火大会の時だけは、地元民で溢れかえっていた。


「ん。手……繋ぐ」



https://kakuyomu.jp/users/nasubi163183/news/822139842462198132



「それがいいな。手を離すなよ。はぐれてもしらんぞ」


「ん。平気」


「平気なわけないだろ。お前俺がいなくなったらすぐピーピー泣くじゃねぇか」


「ん……泣かない。それにたいようなら、すぐに見つけてくれるって、信じてる」


「全く調子のいいやつだぜ。そんじゃあ、はぐれても泣くんじゃねーぞ、絶対探し出してやっから」


 下駄の歯の分、いつもより頭の位置が高いルカの手を握り、神社の境内けいだいを進む。

 頭上から吊り下げられた提灯ちょうちんに照らされた屋台が、境内の左右にギッシリと並んでいる。


 食欲を刺激する香りがあらゆる方向から漂ってくるものだから、思わずお腹が〝ぐぅ〟と鳴ってしまった。


「何か食いたいものあるか?」


「ん。ん」


 ルカも俺と同じで空腹で、細い首が折れそうになるくらい、せわしなく左右に振り続けて屋台を1件1件チェックしている。

 やがてルカのお眼鏡に叶った屋台――焼きそば屋から、焼きそばを購入。


「う、嘘だろ……キャベツと紅しょうがしか具がないのに……800円!?」


 なんということだ。

 近年物価高騰であらゆるものが高くなっているとはいえ、俺の記憶の倍の値段がするぞ……!?


 改めて周囲を観察する。

 かき氷とわたあめ500円!?!?

 お前それ原材料氷と砂糖だけだろ……!?


 アニメキャラの袋入りわたあめは1000円!?

 特撮ヒーローのお面1500円!?


 お前らこれ版権元に許可取ってんのか!?

 取らずにこの値段だったらアコギが過ぎんだろ……!?


「たいよう、食べないの?」


「はっ……あまりの値段に原価厨になってしまった……」


 今日1日で財布から巣立ちしていくであろう北里柴三郎の人数のことを考えていたら、つい意識が飛んでしまった。

 ルカはまだ使いこなせていない割り箸で、不格好ながらもソースの絡まった麺を掴むと――俺の唇の前に差し出してくる。


「はい、あーん」


「ああ。さんきゅー。あーん、ずるずる」


 今の1口で100円分は胃袋に消えたな……。

 味は……まぁ、屋台の焼きそばならこんなもんだろ、ってクオリティ。


「ん。美味しい」


 ――ぽわぽわ。


「…………ま、でも――」


 ――この笑顔と引き換えなら……安いもんだな。


 ルカの魔力が溜まるということは、ルカは楽しんでくれているということ。

 でもそれは――俺とルカが一緒にいられる時間が短くなるということでもある。


 あとどれくらいコイツと同じ時間を過ごせるのだろうか?


 夏の終わり。

 少しずつ減っていく麺を、ルカと過ごせる残り時間に見立てながら――1膳の割り箸で1パックの焼きそばを交互に食べていくのであった。




 という訳で今回はここまで。

 次回――花火大会編中編・・


「(中編!? ってことは後半と合わせてまだ2話あるのか!?)」


 あと2話の間に、果たして太陽の財布はどこまで軽くなってしまうのか!?

 乞うご期待!


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【おまけ】

・ルカの好きな曲ランキング

1位 スキンブルシャンクス(cats)

2位 ダンサクドゥーロ(ドン・オマール)

3位 ジェイルハウスロック(エルヴィス・プレスリー)


・太陽の好きな曲ランキング

1位 包み込むように(MISIA)

2位 銀河鉄道の夜

3位 T.W.L(関ジャニ∞)

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