09 白ワンピースに麦わら帽子

「ルカ。服を脱げ」


 ルカが異世界に来てから早3日。

 仕事が終わり、早くもお風呂セットが詰まっている風呂桶を掲げてやってくるルカに――俺はそう言い放った。


「ん。わかった」


「いや、躊躇なく脱ぐな! 居間で部屋着に着替えてこい! お前には羞恥心というのがないのか……」


「ん。脱げと言ったの、たいよう。それに、男同士。裸見られても、問題ない。そもそも、銭湯で毎日、裸見せてる」


「いやまあ……正論っちゃ正論だけども……」


 現代日本生活3日目のガキに論破されてしまった……。

 俺は別にルカの裸が見たくて服を脱げと言った訳ではない。決して。


 そろそろ洗濯物が溜まってきたので、ルカのポンチョも一緒に洗おうとした次第だ。

 しかしルカはポンチョの下には肌着も下着も着ていないため、必然的に一枚脱いだら即全裸になってしまう。


 異世界の巫女……野球拳があまりにも不利すぎる。


「ん。着替えてきた」


 居間で部屋着(俺のTシャツ一枚)に着替えてきたルカが、ポンチョを手渡してくる。


「つーかこれ洗濯機で洗っていいやつか? タグは……ある訳ねーか」


 近年国際規格に統一された洗濯タグも、当然の如く異世界にまで浸透していない。

 やけに触り心地がいい生地を使っているので、洗濯機で洗濯していいのか悩み所だ。

 とはいえ毎回クリーニングに出せる程、俺の懐は温かくない。


「まぁ大丈夫だろ」


 と、いう訳でポンチョも洗濯カゴに突っ込んだ。


「ん。銭湯に行く途中、大きな川あった。あそこで洗う?」


「いや。この世界には勝手に洗濯してくれる便利な道具があるんだぜ」


 ドヤ顔でルカに文明の利器をひけらかしたものの……。

 実は我が家には洗濯機はない。


 そもそも洗濯機に取り付ける蛇口すらない。

 故にここの住民は近所のコインランドリーを利用している。


 銭湯に行く前に洗濯機をかけると、銭湯から帰るころには終わっているタイミングなので、俺はいつも銭湯前にコインランドリーに寄る生活をしている。


「んじゃあ、銭湯行くか…………いや待て、まずいぞこれは」


「ん? 行かないの?」


 ルカは両手で風呂桶を持ったまま、不満気に首をコテンを傾ける。

 早く風呂に入りたくて仕方がないと言わんばかりの表情だ。

 どちらかと、風呂上りのフルーツ牛乳が目当てなのかもしれないが……。


 ルカの現在の恰好を確認する。

 メンズLサイズのTシャツは、小学校中学年程度の背丈のルカにはブカブカで、華奢な肩が片方露出している。

 そして下には何も履いておらず、ほっそりとした太ももが半分程露出している。


「なぁ、せめて外出る時はズボン履いてくれねぇかな」


「や」


「そこは〝ん〟じゃねぇのかよ……」


 最初こそ腰ひもを命一杯縛れば、なんとか履けるであろうハーフパンツを履かせようとしたのだが……。

 物心ついた頃にはポンチョ一枚で生活するスタイルが身についてしまったルカは、腰を締め付ける感触が気に入らないらしい。

 なので仕方なく、室内ではこのファッションを許容していた。


 ポンチョは膝下まであるが、Tシャツでは太ももまでしか丈がない。

 激しく動けば、ルカのチンチンがチラチラと見え隠れしてしまうだろう。


 こんなチンチラ状態で外を歩かせる訳にはいかない。


「ん。チンチラ、可愛い、問題ない」


「チンチラは可愛いけどチンチンは可愛くねーんだわ」


 まぁ、ルカのチンチンは可愛いけども。

 だとしても露出して良い理由にはならない。


 野原しんのすけがチンチンを露出しなくなって久しい現代のコンプライアンスでは、例え可愛くともチンチン露出は許されないのだ。


「仕方ない。洗濯は後回しだ」


「お風呂も?」


「風呂もだ」


 がっかりするルカに、洗濯カゴに突っ込んだポンチョを再度頭から被せる。


「買いに行くぞ――――ルカの服を」



***



 という訳でやってきたのはファッションセンターしまむら。

 子供服も大人服も、メンズもレディースも揃っているファッションの遊園地だ。


 トイレ清掃の仕事は夕方には終わるので、仕事終わりでも余裕を持って買い物が出来るのが良い所だ。


「ん! この世界の人が着てる服、いっぱい……!」


 ルカもテーマパークに来たみたいでテンションがあがっている。


「そうだ。この世界の人間の約9割は、ファッションセンターしまむらで服を買ってるんだ」


 ありがとう島村恒俊。

 ありがとうファッションセンターしまむら。


「好きな服を選べ。流石に外着がポンチョ一着だけなのはマズいからな」


「ん。買ってくれるの?」


「ああ。好きなのを選べ」


 ファッションセンターしまむらは、庶民に優しいリーズナブルな価格帯。

 アパレルショップで良さげな服を見つけたものの、値札を見てゆっくりと棚に戻す恥を晒す必要がない。


 ローテーション出来るように2、3着買っておこう。

 ルカの魔力が溜まるまでどのくらいかかるか不明だしな(再度説明しておくと、ルカは幸福を感じると魔力が溜まる体質であり、ルカだけが使える魔王を封印できる魔法を発動するだけの魔力が溜まるまで、ウチに居候することになっている、以上説明終わり)。


「ん! これにする」


 ルカは目をキラキラとさせ、俺の手を引っ張りながら店内を練り歩くと、お眼鏡にかなった品を見つけたようだ。


「あー、こ、これかあ……」


 しかし、これは――――



***



「ありがとうございました~」


 店員さんに見送られ、自動ドアを抜け外に出る。

 店内のエアコンで冷えた体を、これからますます暑くなるであろう、6月の生ぬるい風が通り過ぎていった。


「ん。軽いし、涼しいし、動きやすい」


「まぁ、そうなるよなぁ……」


 ルカは上機嫌にステップ踏みながら、敷地内の駐車場の横断歩道――その白い部分のみをぴょんぴょんと渡っている。

 そんな現在のルカの恰好は……白いワンピース+麦わら帽子だ。


https://kakuyomu.jp/users/nasubi163183/news/822139841359847631


 令和の現在では絶滅危惧種に指定されている、ヒマワリ畑にいる美少女スタイルである。

 ワンピースはルカが自分で選んだものだが、麦わら帽子は俺が選んだ。

 これから暑くなるからね。


「まぁ、本人が気に入ってるならOKか……多様性って言うし」


 ルカは腰を締め付けられる感触を嫌ってボトムスの類いを着ようとしない。

 となると……必然的にレディースファッションになってしまうのは、仕方のないことと言えた。


「ん。たいようも同じの、買えば良かった」


 夕陽をバックに、白いドレスが映える褐色の肌を夕焼けに照らしながら、ルカは笑顔でそう言った。


「俺が着たら通報されちゃうよ」


 ルカが男なのにこの恰好が許されているのは、見た目だけはどこに出しても恥ずかしくない美少女だからだ。


 一方俺が着たら一発アウト。

 駆けつけたお巡りさんに対して、「いや多様性なんで!」と押し通すには分が悪すぎる。


「んっ!」


 その時だった。


 一陣の強烈な風が吹く。

 いたずらな風は、夏物の薄手のワンピースの裾をはためかせると――――








 ╰⋃╯< コンニチワ








 ――――チンチラしてしまうのであった。



https://kakuyomu.jp/users/nasubi163183/news/822139841359865291


「だ、誰も見てないよな……!?」


 慌ててルカに駆け寄り、めくれ上がった裾を引き下げる。

 ふぅ……幸いなことに目撃者は俺以外にいない様子だ。


「ルカ、やっぱパンツも買うぞ」


「や」


「〝ん〟って言え!」


「や!」


 このままではいつかマジで逮捕されてしまう。


 俺が。

 児童虐待あたりの罪で。


「頼むよぉ……パンツ履いてくれよぉ……」


「ん。外から見えないものを、身に着ける必要性が感じられない」


「さっき見えてただろ!」


 トイレトレーニングの次はパンツトレーニングかよ。

 世話のかかる同居人の存在に、胃がキリキリとさせられるのであった……。

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