07 こいつらトイレの話しかしてないな……

「やべ。もう7時半じゃねーか! もう家でないと」


 ルカのトイレトレーニングも終わってひと段落した時間。

 スマホをチェックすると、普段であれば家を出る時間になっていた。


「こりゃ朝メシ抜きだな」


 普段であればおにぎりを握っていくのだが、残念ながらそんな余裕は残されていなかった。

 壁にかけているユニフォームを羽織り、車のカギをポケットに突っ込んだ。


「つー訳でルカ。俺もう仕事だから、留守番頼んだぞ。昼メシ作りに一旦戻ってくるから、それまで大人しくしてろよ」


 口早に告げ、靴下を履く。

 うーん、親指が露出しているが、別のものと取り替える時間も惜しい。

 ま、クールビズってことで。


「んじゃいってきま――おごっ!?」


「ん!」


 玄関へ向かおうとルカに背を向けた所、ルカの両手にユニフォームを掴まれつんのめる。


「ん。連れてって」


「いやそうは言ってもな……畑に孫連れてく農家のじいちゃんとは話が違うんだ。上司にバレたら面倒な事になる。こっちは仕事なんだよ」


「ん……それじゃあ……たいよう、帰ってくるまで……ぼく……ひとりぼっち?」


「あー、まぁ、そういう事になるな……」


「んぐっ……ひっぐ……」


 ルカは両手で、向こうの世界の巫女服である大きなポンチョを両手で握りしめる。

 そしてまだ膨らんでいない喉から嗚咽を漏らすと、紫の瞳から大粒の涙が零れた。



https://kakuyomu.jp/users/nasubi163183/news/822139841235937780



「ひとりに……しないで……っ!」


「ルカ!? お前なんか透けてるぞ!?」


 俺は慌てて駆け寄り、ルカの肩を掴む。

 どうやら透けてはいるが、触れることは出来るようだ。


「ん……ひっぐ……」


 ルカは俺の胸元に飛び込んできて、首を左右に振って涙を拭う。

 今日は水難の相でも出ているのだろうか?

 朝からぐっしょりだ。


 ルカの震える肩を優しく掴んでやると、少しずつルカの肉体は濃度を取り戻していった。


「そういや昨日の銭湯でも、こんな状態になってたな……」


 異世界の巫女であるルカの体は、魔力でできている。

 そして幸福を感じると魔力が蓄積していく。

 しかし逆に不幸を感じると魔力が抜けて、存在そのものが消滅してしまうウサギ体質であるとも。


「分かった分かった。連れてくから泣きやんでくれ……」


「ん」


 ようやく泣きやんでくれたものの、目元は赤く腫れていて、小さな鼻の穴からは鼻水がこんにちはしている。

 ティッシュで優しく目元を拭ってやり、別のティッシュを鼻に添え、「ちーん」させる。


「よくよく考えたら上司に怒られるよりも、お前を1人にさせとく方が不安だ」


 いきなり異世界に連れてこられ、唯一頼れる大人がいきなり姿を消したら不安にもなるだろう。

 それにまあ……多分職場にガキ連れ込んでも上司にバレることはねーだろ。


「でも俺はこれから仕事だから、大人しくしてるんだぞ」


「ん。分かった」


 という訳で、ルカを連れて改めて玄関を出る。

 ボロアパートの駐車場に停めているスズキエブリイを、リモコンキーで開錠する。



 ――キュンキュン。

 ――ピィ。



 よく言えば可愛い、悪く言えば間の抜けた音と共にロックが外れる。

 ルカに助手席に座るように案内する。


「ん。昨日お風呂入りに行った時、似たやつが動いてた。馬なしで動く馬車みたい」


 キョロキョロと、興味深そうに車内を観察するルカがバックミラーに映る。


「これはたいようの馬車? もしかしてたいよう、お金持ち?」


「残念ながら生まれてこのかた貯金が50万超えたことがない貧乏人だ。これは貧乏人でも買える車だ」


 まあ、これは社用車だけどな。

 もし自分の車が買えるものなら、レクサスに乗ってみたいものだ。

 こんなボロアパートにレクサス停めたら盗難を疑われそうだけども。


 埃の被ったキーシリンダーに鍵を突っ込みエンジンをかける。

 キュルキュルと、毎度不安になる音を立てながら、付き合って数年になる相棒も目を覚まし、ゆっくりと走り出した。


「おお~」


 ルカはガラスに額を押し付けるようにしながら、右から左へと流れていく景色を眺めていく。

 完全に機嫌は直ったようだ。



***



 車を走らせ数十分。

 なんとか始業時間ギリギリに現場に到着した。


 液晶に7:57と表示されているスマホのLINEアプリを立ちあげる。

 友だちリストに鎮座するどう考えても〝友達〟ではない〝職場〟の2文字をタップ。


「ウス。日比野っす。現場入りました、今から始業します」


 通話口の向こうから聞こえてくる、まだ眠そうな上司の返事を確認してから、通話を切る。


「ん。たいようの仕事、なに? 料理人?」


「残念ながらそんな大層なもんじゃねぇよ」


 昨日のオムライスが気に入ってくれた故の言葉かもしれないが、あれは21世紀の品種改良によって美味しく生産された食材達のおかげであり、俺の料理スキルが高いからではない。


 味の素も使ってるしな。

 あの白い粉かけときゃだいたいうまくなる。


「俺の仕事は――トイレ清掃員だ」



***



 トイレ清掃員。

 トイレのゴミを捨てて汚れを掃除する仕事。


 にも関わらず、清掃員そのものがゴミとか汚物みたいな扱いを受けるのは、なんともままならない世の中だ。

 弱者男性の味方であるはずのVtuberからもバカにされる始末だから……。


 ぶつくさ文句を垂れても仕事が終わる訳ではないので、口ではなく手を動かす。

 洗剤を吹きかけた布巾で、洗面台を磨く。

 そんな俺の後ろ姿を、ルカが静かに見守っているのを、正面のガラス越しに確認する。


「退屈だろうが我慢してくれよな」


「ん」


 トイレ清掃員の朝は早い。

 朝8時に始業開始。

 そこから弊社と契約している現場トイレを、1日に4か5件くらい回り、1つずつ丁寧に掃除していく。


 だいたいは駅のトイレや公園などの公衆トイレ。

 たまにオフィスのトイレを掃除することもある。


 ちなみに渋谷にあるような、有名デザイナーが手がけたようなお洒落トイレを担当することはない。

 弊社が受け持つのは、どれだけ丁寧に磨いてもアンモニア臭が完全に落ちることがない、年季の入ったトイレばかりだ。


 とはいえ、俺はこの仕事を結構気に入っている。

 この仕事の良い所は、誰とも会話しなくていい所だ。


 現場に直行直帰なので、会社に出社する必要もないし、接客業でもないので客の相手をする必要もない。

 1人で黙々と作業していれば金が貰えるのは、俺の性に合っていた。


「ふぅ。まずは一件」


 作業開始から1時間程で、清掃が完了する。

 ゲロがぶちまけられているともうちょっとかかるのだが、馴れればこんなもんだ。


 ちなみに現場は他のスタッフと持ち回りで回しているので、手を抜くと同僚に「こいつちゃんと仕事してませんよ」とすぐに上司にチクられ評価に影響する。


 底辺同士の相互監視と密告により、弊社の評判は守られているのであった。

 自分で言ってて悲しくなってきたな……。


 いやね……出社なしの1人作業だと、やっぱ手を抜くやついるんだわな、これが。

 それを上に報告しない訳にはいかないんよ。

 サボった同僚のケツを拭かされるのは俺だから。



 トイレだけにね。



 という訳で――トイレ清掃員編、後半に続く!


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【あとがき】

初の評価を頂戴しました(しかも★3つ!)。ありがとうございます!!


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創作活動の原動力とさせて頂きますm(__)m

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