特攻生徒会日誌 ―春の巻―

ネコ屋ネコ太郎

第0話 まだ春は遠く

春の気配がまだ遠い三月初旬。

ここは東京の離島にある国立宝華島特別高等専門学校。

その生徒会棟三階、生徒会執務室の窓からは、白い波と港のクレーンが見える。


生徒会長、北条栄一は書類の山に囲まれていた。

机の上にも、床にも、棚にも、整然と積み上げられたファイル。

整いすぎた光景の中で、彼だけが動けずにいる。


「どうした、会長?」

副会長の三島佳苗が、湯気の立つマグを差し出しながら問う。

「また、寝てないのか」


「新入生のリストを見てた」

栄一は疲れた声で答える。

「生徒会にスカウトする人材を探してるんだ。けど……なんかピンとこない」


「めぼしい子がいないのか?」

「そう。……なんか違うんだよな」

栄一の声には、どこか退屈そうな響きが混じっていた。


そのとき——天井板が音を立てて外れた。


「主〜! 調査不足でゴメンっ!」

逆さまになって現れたのは、会計の服部蘭華。

忍者装束の裾が蛍光灯にひっかかり、ゆらゆら揺れている。


「……また天井から来たのか」

「下から来るより早いっしょ! 忍者だけに」

天井にぶら下がったまま蘭華が答える。


「ファイルはこれ以上はいらない。書類増えるほうが問題だって」

「手書き大変だったんだよ?」

「だから手書きするなって言ってるの」

佳苗のツッコミに、蘭華は舌を出す。


その平和なやりとりを裂くように、廊下の奥からドタドタと猪のような足音が近づく。

「うるさいバカが来たね、主。入り口にマキビシ撒いとく」

答えを聞く前に、蘭華はすでに撒いていた。


ドアが勢いよく開き、

「アニキィィ! 大ニュースっス!」

と、会計補佐の藤堂元が突入してきた。

マキビシをものともせず、栄一の机の前に一直線にやってきた。


「……お前の足の方がニュースだろ」

「ちょっと痛いっスけど、気合いで何とかなります!」

「次はイノシシの罠にしておくわ」

蘭華がため息をつく。


「で、ニュースってなんだ?」

「今年の新入生にスッゲェ金持ちがいるって話、聞きました?」


そのとき、後方の机で静かに書類を整理していた書記・長崎日向が顔を上げた。

無言のまま、一冊のファイルを差し出す。


「会長、この娘の事だよ」


ファイルの表紙には、“鈴宮紅葉”の名。

それを受けとり一読する栄一。


「面白いけど、なんか足りないんだよね」

「会長の要求って高過ぎるって」


日向は苦笑しながらファイルを受け取ろうとして——

床に積まれた書類の山を崩してしまう。


——そのファイルに書かれていた名前は、

「高宮裕香」。


栄一も生徒会メンバーも、誰もその名前を見ていなかった。


佳苗が、湯気の消えたマグを手に、ぽつりと言う。

「春、まだ来ないね」


窓の外では、潮風が淡くカーテンを揺らしていた。

その風の中で、どこか遠く——

海鳥たちの声が聞こえる。


ここは、国立宝華島特別高等専門学校。通称〈特高〉。

後に特攻生徒会と呼ばれる彼らの物語は、まだ始まっていない。

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