第2章:樹海とBBQ

ホームセンターで、一番立派な七輪を買った。 重かった。 陶器と土の塊は、見た目以上にずっしりと腕に食い込んだ。


「……真希、お前、本気かよ」


健太くんが、ドン引きした顔で私を見ている。


「本気だよ。キミは、これを抱えた女に、駅前で捕まったんだ。この重さを、私も知る」


私たちは、電車とバスを乗り継いだ。 ニュースで報道された、あの『樹海』へ。


健太くんは「俺、マジで帰りたい」と百回くらい言ったが、結局、ついてきた。 彼も、キミの死に、納得がいっていない一人だったから。


バス停を降りると、空気がひんやりと変わった。


「……うわ。マジで『出そう』」


「……怖くないの?」


「怖いよ。でも、キミは、こんな場所に、あの女と来たんだ」


私たちは、遊歩道を歩いた。 報道によると、二人は遊歩道から少し外れたベンチで、BBQをしていたらしい。


「……あった。あそこじゃない?」


古びた木製のベンチ。そこだけ、少し開けている。 一年前、ここで、キミとあの女が、七輪を囲んだ。


「……健太くん。火、起こせる?」


「……俺、キャンプとかしたことねえよ」


「キミは、手際が良かったって、ニュースで……」


「……それは、あの女(美佳)だろ。昔、親とキャンプ行ってたんだと」


また、私の知らないキミの過去。私の知らない、あの女の過去。


私たちは、持ってきたBBQ用の木炭と着火剤で、ぎこちなく火を起こした。 パチパチと、炭が爆ぜる音。


「……何、焼くんだよ」


「……スーパーで、一番高い肉、買ってきた」


あの日、キミたちが食べたという、A5ランクの和牛。 網の上に乗せると、ジュワアアア、と、この世の終わりみたいな場所に、不釣り合いな、天国みたいな音がした。


「「……うま……」」


健太くんと、私の声がハモった。


「……なにこれ。めちゃくちゃ、美味い……」


「……結のやつ、死ぬ前に、こんな美味いもん食ってたのかよ……」


その時、健太くんが、ぽつりと言った。


「……なあ、真希。これって、本当に『脅されて』来た奴が食うメシか?」


「……え?」


「こんな……こんなに美味そうに、肉焼いて、食ってたのか? あいつら」


「…………」


私の仮説が、揺らぎ始めていた。 脅されて、無理やり連れてこられたなら、こんな最高級の肉、味わう余裕なんてないはずだ。 キミは、あの女と、本気でBBQを「楽しんで」いた?


「……それだけじゃない」


健太くんが、リュックから、こっそり持ってきたものを取り出した。 極太の、登山用ロープ。


「ホームセンターの防犯カメラに、映ってたんだと」


「……ロープ?」


「ああ。二人が、店のど真ん中で、これ持って、綱引きしてたって」


「……綱引き?」


「意味わかんねえだろ? 俺もわかんねえよ」


綱引き。 BBQ。 七輪。 キミと、あの女。


わからなかった。キミが、何を考えていたのか。 ただ、わかったことが一つだけあった。


キミは、私の想像していた「被害者」とは、少し、違うのかもしれない。

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