創造の魔女は美少女人形と同調する ~こっそり安楽椅子冒険者をしていたら聖女に推挙されてしまいました~

malka

第1話 “二つの私の日常“

 マナが躍り、形を成す。

 きらきらきらめく、綺麗な宝石。つやつや優しい、シルクのドレス。ふわふわふんわり、毛皮のストール。

 み~んな、み~んな、私が生み出す、素敵のカタチ。


 私のたった一つの魔法。

 創造の魔法。

 でも、創れるのはお人形用だけ~♪


 マナから生み出す、素敵な夢。

 「ね、紗雪。次はこれを着てみましょう?」


 黒い髪を床に広げた、ぺたんこ座りの女の子。お日様の光を知らない、真っ白な肌の女の子。

 ふかふか絨毯に埋もれる、ほっそり華奢な女の子。それが、私。


「ナオ? いいけれど、ちゃんと集中して?」

 人形少女『紗雪』が、咎めるような声で、私の耳を震わせる。

 

「うん、集中してるしてる。だから、ほら、あんよを上げて」

 お膝の上のお人形少女。愛しい愛しい私の全て。ママが遺した、私の全て。

 今は私に合わせた等身大の少女姿。

 でも本当は、身長60㎝のお人形なんだよ♪


「ん、もう。今危ないところなんだから。貴女と現地のパスが切れたら、大変なのよ?」


 翡翠色の透き通る綺麗な瞳が、私を見上げる。ん、もう。そんな真剣な表情したって、愛らしいだけだよぅ。


「はいは~い。ガーターストッキングも、脱ぎ脱ぎ~。あ、パンツ、前に創ってあげた透け透けレースのだ」

「もう……ナオってば……」

「絶対に履かない! な~んて言ってたのに。紗雪ってば、むっつりえっちぃ」

「……」


 反応がない。『あっち側』に意識を集中しちゃった。つまんないの……。

 しようがないな~、私ももっと、ちゃんと集中しよっと。


 おにゃま着兼用のランジェリードレスを半脱ぎにした(させた)紗雪。灰銀色のとても長いツーサイドアップの女の子。

 こうしてお膝に抱っこしていると、身長156㎝の小柄な私と比較してすら、ちょうど顎下に頭がくる。ちっちゃかわいい紗雪をギュッと抱きしめて、大好きな髪をさわさわと撫で撫で。


 「「同調、深化」」


 私と紗雪、2人の声が重なる。

 さっきまで意識の片隅でぼんやり認識していただけの、ここではない場所へ、視界が飛ぶ。

 私の、短く、まあるく整えたお爪。薄ピンクのシアーカラー(透け感のある色)に、月とリボンの模様を入れたネイル。

 細い指先から、しゅるりと、零れ落ちる紗雪の髪の感触が消える。



 ◇  ◇  ◇



 ――無数の色とりどりの小さな光が星明りのように照らす、居心地のいい薄闇の部屋から一転。


 轟々(ごうごう)と炎が揺らめく。熱気が肌を焼く、チリチリとした痛み。ここは地獄か、炎の河か。

 視界の端を、虹色の輝きを帯びた”銀の髪”がよぎる。

 私の意識を宿した、もう一人の人形少女、ルナリスの。麗しい髪の輝きが、私の視界の端を流れる。

 

 くるりくるり、左手に扇、右手に刀。

 優雅にあらゆるマナを受け流し、魔法すら祓い退ける扇。マナを断ち斬り、触れる全てを斬り裂く、刀。

 全て私が”創造”した装備を身に纏い、舞い踊る私……ううん、ルナリスの姿。


 蕭々と紡ぐ鎮めの歌。

 深緋色の燃え盛る羽根に鎧われた巨大な鳳(おおとり)。特級モンスター”鳳凰”種に連なる一翼。

 煩わし気に、まとわりつく私を排除しようと、迫る巨大な嘴。


『あは、私達に夢中だね~?』

 声にならない声、意識の中で、呟く私。


 あたりに転がるのは、煤けた鎧姿の重装騎士達。すご~く立派で、お高そうな魔導鎧の騎士様達。

 そんなところで転がっていたら、本当に死んじゃうよ?

 「こ、これが、”銀の姫”」 「馬鹿な……聖王国最高峰たる、我ら聖王騎甲団の目をもってしても、動きを追えぬだと」

 余計なこと言っているより、動けるなら、這ってでも離れないと。あ……魔力も力も尽きて、重すぎる鎧で身動きできないのか。ま、私たち以外の、それも人間の事なんて、どうでもいいや。


 「居場所へ……お戻り」

 深窓の令嬢と呼ぶにふさわしい、透き通った声が私の喉を震わせる。

 いつも微笑を絶やさないのに、凍れる美貌。なんて呼ばれる事もある美少女顔。

 鮮やかに色づくサクランボ色の唇が、一瞬途切れた歌を、紡ぎなおす。


 高まるマナに虹色の陽炎が身体から立ち上る。この身はもはや、疾風よりも早く。

 より強く『繋がる』、相対する鳳の『心の核』。

 あたりかまわず、溶岩のブレスを吐き散らす緋炎の鳳。その存在の中心、『心の核』へと歌を届ける。


 存在の根幹、魂の宿る場所、『心の核』。心臓に寄り添うようにある、綺麗な宝珠。


 モンスターにあれば『魔石』、人間にあれば『心の核』。

 どっちも同じものなのに、人間達は勝手に区別して呼び分ける。

『貴方たちとも、心の核を共鳴させられるのにね』内心でまた呟く私。


 神楽を捧げる巫女のように、純白の、薄布を重ねたドレスをひらりひらり翻し、刀と扇を手に舞い踊る。

 興奮に瞳を濁らせた巨体の突進飛行を、翼を用いた薙ぎ払いを、怒れる嘴の噛みつきを。

 紙一重で舞い、流し、いなす。

 余波だけで、魔法の補助なくば身じろぎする事すらできない、重装騎士達の鎧姿が視界の外まで、軽々と吹き飛ばされる。


 こんな美少女一人、跡形残さず消し飛ばしうる暴威に晒されながらも、鳳を傷つけないようにそっと優しく。けれど、その圧倒的暴力に屈しないように、流れる水のごとく静々と……。

『心の核が、怒りと混乱で満たされてる。可哀そうに』

 慰撫するように、ひたすら歌い聞かせ、舞いなだめ、受け流す。


 「GRyuu……?」


 やっと理性の色が鳳の瞳に戻ってきた。

 巨体の動きが止まる。灼熱の地面を溶かすブレスが止まる。

 じっと私を見つめる瞳には、深い理知の輝き。

 首を左右に幾度も振ると、バサリ! 拡げられた大翼。とんでもない風圧に押し流されそうになったけれど、鳳は大空へと舞い上がる。その瞳にすでに敵対の色はなく、身体を包んでいた凶悪な炎も収められている。


 戦意喪失、戦闘終了。



 「お、おぉぉ!」「あの動きでなぜ身体を保てる!」

 「あふれる尋常ではないマナ、何百人分の魔力なんだ……!」 

 「銀の姫!」「銀の姫、万歳!!」

 「特級冒険者、銀の姫様に万雷の喝采を!!!」

 あ、いや、そういうの結構です。


 内心でそう思うけれど、この身体では言えない。優しい微笑を無表情の上に貼り付けたまま、軽く手を振る。


 喝采を上げる重い鎧に身を包む騎士達の後ろから、この地獄のありさまの中にあって、身綺麗なままの上級士官服を身に纏う、白馬に乗った金髪青年がてこてこ近寄ってくるのを、吐き気をこらえて意識の外へ追いやる。



 「……まだ、です」

 微かに虹色に輝いているはずの、蒼銀の瞳であたりを見渡す。


 上空をゆったりと旋回した鳳も、急降下してくる。

 「そこ」

 

 意識の外を潜り抜ける、舞の独特な足さばき。間合いを詰めた岩陰に、刀を一閃。

 「な!?」

 噴き上がる鮮血と若い男の声。

 斬り裂かれた胸元から噴き出す血しぶきを、ゆらりゆらり、避けた私。重傷ではあるけれど、後遺症も残さず癒せる、綺麗な斬線。


 急降下した鳳の嘴が、倒れるフードに覆面の人影を地面に縫い留める。乱暴に懐を漁った鳳が、大切そうに咥え上げたのは、深紅の宝珠。

 振り向くと、そっとその宝珠をレースの長手袋に包まれた、私の手の中に託す。

「いい……の? きっと、貴方の大切な……」

 鳳の心を乱し、操る魔導具に加工はされているけれど、感じる圧倒的な生命力と炎の熱を帯びたマナは、鳳凰種のそれ。きっとこれは彼の番か、あるいは……。


 逡巡する私をしり目に、既に再び大空へと舞い上がっていた鳳。

 去り際に私に軽く会釈をしたのは……気のせいじゃないよね?

 巨体があっという間に点のように小さくなり、その先は国境沿いの火山地帯へ。


 「この者の処遇は、お任せいたします。……わたくしは、これで」

 ぱっぱら、ぱから。まだ暢気に馬で歩いてきている金髪の男へ、宝珠を大切に抱える手とは逆の片手で、綺麗なカーテシーを見せつける。


 ぽかんと間抜け面を晒す男を無視し、騎士達にこの、推定隣接する小国家群の工作員を押し付け、さようなら。


 空飛ぶ鳳もかくやの俊足で、その場を後にする。

 私の創造の魔法で生み出した装備は今日も絶好調。本来の身体能力はか弱い美少女な”銀の姫”ルナリスを、超人を超えた領域へと押し上げてくれている。


 刹那に後ろに置き去りにしていく風景を視界に収め。



 「同調、解除」



 ◇  ◇  ◇



 意識の全てを、元のお部屋に戻す。

 もう一人の私、ルナリスとの接続を完全に断つ。


 紗雪とは異なる、もう一人の人形少女。

 虹色のヴェールを纏ったように、輝く銀色の長髪。深い夜空の星々を宿したような、蒼銀の瞳の人形少女。

 それが、”銀の姫”ルナリス。

 紗雪の『繋がる』魔法で同調していた、私の半身。


 黒髪金眼と銀髪青銀眼の違いを除けば、私とうりふたつの顔立ち、体つきをした、人形少女。


 その美貌は、高い知性を宿した怜悧さと同時に、水晶のような透明感を湛え。長い銀の睫毛に彩られた伏し目がちで切れ長な、大きな眼に宿る蒼銀色の瞳は、深淵をたたえ見る者の心を吸い寄せ、惑わせる。

 今は故あって感情が抜け落ちた、無表情を繕う(つくろう)完璧に作りあげられた柔らかな微笑みを、常に浮かべている。

 私が創造した純白の薄布を幾重にも重ねたドレスに身を包み、その生地を優しく押し上げる胸元は、見る者の視線を吸い寄せる。性別問わず、誰もが思わず手を差し伸べたくなるような、庇護欲すら誘う小柄でほっそりとした体つきは、あまりにも華奢。とても特級冒険者なんて呼ばれる戦闘者だなんて思えない、容易く手折られてしまいそうな、美少女。



 「紗雪ぃ、ちゅかれた~」

 ぱたり。毛足のとっても長い、ふかふか絨毯に横になる。腕の中の、半裸にした紗雪と一緒に、こてん。

 「ナオったら、もう。って、ちょ、ちょちょ! な、なんで私半裸なんですか、え、えぇぇぇ!?」

 顔を真っ赤に紅潮させて、腕の中でじたばた。でも、非力で虚弱な私が怪我をしないように、すごく力を抑えてくれているのを感じる。優しいなぁ。


 けれど、そんなに暴れると。

「い、いやぁぁあ」

 ほら~、ね? すべすべお肌の感触をもっと堪能できる姿になっちゃった紗雪の、甘い悲鳴が耳に心地いい。

 普段はクールぶって、たまにちょっと意地悪な紗雪。でも、ちょっと攻めたり~、慌てさせちゃうと~この通り♪

 かぁわいぃ~。



 恥じらう彼女をそっと、私の目からも見えないようにぎゅ~っと、さらに深く抱きしめる。

 薄紫の透け透けランジェリードレス。『カッコ、半裸、カッコトジル』。な紗雪が、黒いゴシックドレスを着た私の、豊かな胸の中に隠される。






#### 後書き小劇場♪ ####

ナオ「ねえ紗雪、ルナリスの戦う姿、すっごくカッコよかったよね!? もっとみんなに見てもらいたいな~」

紗雪「はいはい。それなら、読者の皆様にお願いしましょう?」

ナオ「うん~? なにを、なにを~?」

紗雪「『面白い』、『続きが読みたいぞ~』と思っていただけたら、【作品フォロー】をお願いします、って」

ナオ「おぉ~! きらきらお星さまも増えたら、ルナリスの新しいドレスのデザインも浮かんじゃうかも♪ みんな~、よろしくね♡」






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カクヨムコン11期間中ですが『第33回電撃小説大賞』応募作の投稿を開始しました。こちらも、全精力を注いだシリアスファンタジー。

泣ける切ないお話。

切なくも最後は心が温かくなる。

そんな物語はいかがですか?


タイトル:宝石継ぎのレティシア ~聖女の遺言と、宝石花のゆりかご~

https://kakuyomu.jp/works/822139841183902481


『レティを泣かせないこと。愛してると言いなさい』

たった一つの言葉を、どうか、忘れないで。


世界を救った代償に、時間が逆行し、存在を失っていく聖女レナータ。

愛する彼女の最期を共にする、宝石継ぎの魔導人形セレスティア。


2人の最期の旅路をどうか、見守ってあげてください。

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