またカレー!?
――夜。
迷路訓練からの帰還を告げる鐘が鳴る。
疲労困憊の訓練生たちが、ぞろぞろと食堂へ流れ込んでいった。
照明はいつもよりやや暗く、静かなざわめきだけが広がる。
鍋の香り、スパイスの匂い。
そして――
「……また、カレーだ」
ユウが、思わずつぶやいた。
カウンターには、湯気の立つ鍋がずらり。
チキン、ポーク、ベジタブル――全部“魔力強化スパイス入り”。
異世界標準仕様。
トレーを持つ手が、なんとなく重い。
(いや、美味いのはわかってる。栄養もある。でもこれ、毎日食べるものじゃないだろ……)
隣の美月がにっこり笑う。
「お兄ちゃん、今日のは“特製カレーⅣ型”だって! 昨日より辛さ二〇%アップ!」
「もう“Ⅳ型”とか言い出した時点で戦闘糧食の領域だろ……」
彼らのテーブルには、やがて鷹真たちも合流した。
分断されていたチームが、ようやくそろう。
「……生きて帰ってこれて良かったです」
鷹真が深いため息をつき、スプーンを持ち上げる。
ユウもため息をつく。
「俺、今日何回“もうダメだ”って思ったかわからん」
「私、三回泣きました」
美咲が真顔で言う。
「わたし二回笑って三回転んだ!」
莉音が元気に言い、すぐに美月が続ける。
「お兄ちゃんは回、壁に怒鳴ってた!」
「それは反射だ!」
笑いが広がる。
あの迷路の不気味さが、少しだけ遠くに感じられた。
しばらくして、直人がふと呟く。
「……それにしても、訓練所のカレー、飽きませんね」
「いや、飽きてるだろ絶対」
ユウが即座にツッコんだ。
「でも皆、文句言わないじゃないですか。異世界産スパイスが高価だから、贅沢メニューだと思ってるんでしょうね」
「なるほど……」
ユウはため息をついた。
(たぶん、誰もが“もう飽きてるけど言い出せない”だけだ……“勇者候補がカレーに文句言うな”みたいな空気、あるし)
美月がルウをすくいながら呟いた。
「でも、こうしてみんなで食べると、なんかホッとするね」
ユウはスプーンを止めた。
確かに、味はもう覚えているはずなのに、今夜の一口は少し違う。
「……まあ、そうだな。飯があるってのは、生きてる証拠だ」
「え、急に哲学っぽい!」
「それな!」
「たぶん疲れてるんですよ」
鷹真が笑い、直人が静かに頷いた。
食堂のざわめきは次第に柔らかくなり、鍋の底から立ちのぼるスパイスの香りが、夜の空気に溶けていく。
外では風が吹き、訓練棟の灯がひとつ、またひとつ消えていった。
それでも、食堂の片隅では笑い声が途切れなかった。
――それが、今日一日を生き延びた者たちの、ささやかな祝福だった。
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