迷路へ

 その日、訓練所の中庭には奇妙な建造物が出現していた。

 白い石壁が幾重にも連なり、外からは中の様子がまったく見えない。

 空中には、ゆらめく光の結界。

 看板にはこう書かれていた。


 ――《魔法迷路訓練場》


「……遊園地のアトラクションかな!?」

 莉音が目を輝かせる。

「行列の先で死ぬアトラクションですね」

 直人が冷静に返した。


 エリュナが演壇に立ち、説明を始める。


「本日の訓練は、“マッピング魔法”の実地演習です。魔力で地形を認識し、頭の中に地図を形成する――探索の基本中の基本。ですが、使いこなせる者は少ない。だからこそ、この迷路で練習してもらいます」


 訓練生たちはざわついた。

 迷路の高さは軽く三階建て。通路は狭く、上空からの偵察もできない。

 しかも壁の魔法構造が常に変化しており、地形が生きている。


「――制限時間は半日。チーム単位での脱出を目指してください。時間内に出られなければ、入り口に戻されます」


「戻れるなら安心じゃん」

 美月が笑う。

「……ただし、戻される時点で“全員気絶”扱いになります」

「え、それ全然安心じゃない!」


 笑いが起こる中、ユウたち6人のチームが呼ばれた。


 ◆ユウ

 ◆美月

 ◆鷹真

 ◆直人

 ◆美咲

 ◆莉音


 名前が読み上げられると同時に、魔法陣が足元で光った。


「うわ、なんか転送されるやつだ!」

 莉音が叫んだ直後、視界が白く染まる。

 次の瞬間、足元が固い石畳に変わっていた。


 ――中だ。


 天井のない迷路の中、空は灰色に曇り、風が音もなく流れる。

 あたりは静まり返り、遠くで水滴の落ちる音が響く。


「……うわ、思ったより本格的」

「構造物全体が魔法で構築されてるな」

 直人が壁に触れ、眉をひそめた。

「魔力の流れが一定じゃない。動的構造体……毎分少しずつ形が変わってる」

「ってことは、地図を描いても意味ないってこと?」

 美咲の言葉に、直人が頷く。

「だからマッピング魔法の練習なんですよ」


「よーし、なら実践!」

 美月が胸を張る。

「私、医療班だけど地図読むの好きなんだー!」

「根拠が弱い!」

 鷹真が即座に突っ込む。


 ユウは黙って周囲を見渡した。

 壁の向こうの“流れ”が、かすかに分かる。

 まるで空気そのものが形を変えるたびに、心臓の鼓動と同期しているような。


(……この感覚、前にも……?)


 視界の端で、壁がわずかに動いた。

 音もなく、通路がずれる。

 普通なら気づけないような変化――だがユウには見えた。


「おい、こっちの通路、さっきまでなかったぞ」

「え? ほんとですか?」

 鷹真が駆け寄る。確かに、記録魔導具には存在しない経路がある。


「ユウさん、マッピング魔法、使ってるんですか?」

「いや……ただ“分かる”だけで」


 その瞬間、壁の向こうで何かが“動いた”。


 ――ガコン。


「……え、いま、音したよね?」

「したね、確実にしたね?」

「しかも近くね?」


 美月が青ざめる。

 直人が冷静に言った。

「たぶん、警戒型の魔法生命体です。進路妨害の罠として出るタイプの――」


 ガッシャアアアアアアアアアアアアン!!!


 説明が終わるより早く、通路の壁が弾け飛んだ。

 黒い甲殻に覆われた魔法ゴーレムが、ぎこちなく姿を現す。

 目の代わりに青い魔石が光り、機械音のような唸りを上げた。

 そこにエリュナの声が通信魔法で割り込む。

『ゴーレムは訓練用なので、攻撃力は制限されてます。でも――攻撃を受ければ気絶扱いで入口送りです』

「おわああああ!? 説明が遅い!!」

 莉音が悲鳴を上げ、美咲が反射的に美月をかばう。

 鷹真は前に出て構える。

 ユウは咄嗟に拳を握った――


 その瞬間、空気が一瞬止まり、ゴーレムの動きが“遅れた”。


「……? いま、なにを……」

「いや、分かんない……勝手に……」


 エリュナの声が遠く、通信魔法から響く。


『観測値、異常。ユウさん、あなた、またやりましたね?』


「なにを!?」

『“空間認識の先読み”――あなたの魔力、どうやら迷路ごと“把握”しているようです』


 仲間たちの視線が一斉にユウへ向く。


「……お兄ちゃん、もしかしてチート?」

「そんなわけあるか!」

「じゃあなんで迷路が“お兄ちゃんの味方”してんの!?」

「知らねえよ!!」


 笑いと混乱と緊張が同時に爆発した。


 訓練開始から三十分。

 迷路は静かに、だが確実に、彼らの進路を“書き換え始めていた”。

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