時守しずくとの再会
本人の適正と希望を受けて、新しい班編成が発表された。
ユウは戦闘班。
美月は医療班。
そして――別のリストの末尾に、見覚えのある文字列が刺さった。
第三研究支援班 時守しずく
「……え?」
声が先に漏れた。自分でも驚くほど小さく。
講堂の隅。
淡い灰色の制服の少女が、手を後ろで組んで立っていた。無表情。
けれど彼女のまわりだけ空気が薄く、霧が輪郭を曖昧にしているように見える。
視線が絡む。
しずくは一拍置いて、静かに頭を下げた。
「……こんにちは、神名くん」
「お、おう……ここで会うとはな」
「世界は狭い、ですから」
「いや、狭すぎるだろ」
軽口のつもりだったが、彼女の顔は微動だにしない。
沈黙が、余計な意味を勝手に孕む。
「……君、なんでこっちに?」
「あなたについてきたんだよっ」
抑揚ゼロで、内容だけは爆弾みたいな台詞を静かに落とす。
ユウの反応が半歩遅れた隙に、しずくは視線をそっと逸らした。
「そういえばお前、この前――」
「ところで神名くん。訓練所の食堂、カレーばかりですよね」
「……は?」
「私はもう、スパイスの香りで日付がわかるようになりました。異世界の方に大好評で、供給が安定しているそうです」
――きれいに逸らされた。完全に。
しかし、その目の奥は笑っていない。
“言えない事情”へ糸が伸びているのを、彼女自身がわざと切っているような静けさだった。
その夜、“歓迎会”と称した簡易パーティーが開かれた。
ジュースとスナック、そして安定のカレー風味ピラフ。
音楽は少し大きく、灯りは少し暗い。
莉音がマイクを強奪して歌い出し、鷹真が止めながら笑う。
美咲は紙コップを配り、直人は無言でゴミ袋を替えている。
「ねえ、しずくさんも呼ぼ?」
美月が囁き、壁際へ顎で合図する。
灰色の影――しずくは他の班と距離を置き、紙コップの縁に指をそっと添えていた。
「おーい、時守さん!」
ユウが手を振ると、しずくは小さく首を傾げ、こちらを見る。
「ふふふ。あなたが来てくれるのを、待っていたんだよっ」
相変わらず“間”の読みづらい言葉選び。罪悪感ゼロの顔。
「『待っていたんだよっ』ではない、が……」
言いながら、胸の奥がむず痒い。
あの病室で、一瞬だけ見せた“知っている目”。
思い出すたび、自分の中で勝手に意味が積み重なっていく。面倒くさい。
「ひゅー、ひゅー、熱いね~!」
背後から間の悪い口笛。美月だ。頬がにやけきっている。
「え、二人って付き合ってるの!? ここで再会!? それとももうカップル成立!? ユウってそんなに手が――」
「大声で人聞きの悪いことを言わないでください」
ユウが眉で制止するより早く、莉音が全力で食いついた。
「え、マジ? 公式? 非公式? 第三研究支援班ってそういう制度あったり――」
「ちゃ、茶化しちゃだめですよ! 二人の空間なんですから、はい解散解散!」
美咲が慌てて腕を広げるが、声が裏返って逆効果。
「助けてくれ、鷹真、直人」
「はいはい、若人、落ち着いて~」
鷹真がやさしく空気を押し戻し、
「――本当に恋人ではないんですか?」
直人の純粋な直球が、最後に刺さる。
この班、まともなのは誰一人いないのかもしれない。
ユウは深くため息をついた。
隣で、しずくは無表情のまま。
紙コップの縁を、小さく円を描くようにゆっくりなぞっている。
癖か、合図か、それとも――。
笑い声。音楽。
あたたかいのに、どこかに冷たい継ぎ目の残る夜。
――不穏は、音を立てないで席を取る。
しずくの灰色の瞳だけが、暗がりでかすかに光っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます