退屈

 無名は、またひとつの世界を見送っていた。

 燃える大地も、崩れた空も、いまや退屈な模様のひとつ。

 彼女にとって、滅びは呼吸であり、再生はまばたきのようなものだった。


 ある世界では破壊神。

 ある世界では厄災。

 ある世界では、魔王と呼ばれた。


 名は変わり、形は変わる。

 けれど根は同じ――“拡張された無関心”。


 無限の空を渡るうちに、彼女はふと足を止めた。

 二つの世界が、ゆっくりと融合していく。

 一方は、理性の科学で造られた地。

 もう一方は、祈りの魔法で保たれた空。


 そして、それが混ざり合う。


「へえ。二つ、ね」

 無名は笑った。

 だが、それだけだった。


 彼女にとって、それは珍しくもない光景。

 この宇宙には三つの世界が重なった場所も、十重の現実が絡み合う地層もある。

 融合など、ただの確率の偏りにすぎない。


 退屈。

 数えるのも、もう飽きた。


 それでも、彼女は知っている。

 この退屈の先に、“ある種の答え”があることを。

 世界が壊れ続けたあとに残るもの――それを知るのは、彼女だけ。


 ……


 そのとき、遠くの世界で音がした。

 いや、音ではない。

 “命令”だった。


 無名が視線を向けると、灰色の空の下に一つの城があった。

 “魔王城”と呼ばれるにしてはあまりに静かで、塔は崩れ、旗は焼け、外壁は骨のように白い。


 だが、その中心には“動くもの”があった。


 装甲と仮面に覆われた巨躯。

 人とも機械ともつかぬ姿が、絶え間なく命令の詩を漏らしていた。


 ──第七領域、曇天、撃ち下ろしを可。

 ──黙示、機械花、リピートを忘却。

 ──空域:非対応。ミルラ、咲ク──。


 それは、意味を成さない。

 ただ戦略の断片がノイズのように重なり、世界を震わせる。


 無名は首をかしげた。

「言葉が、壊れてる」


 詩は止まらない。

 意味を失った戦略人格は、今も世界を命じ続けている。

 その命令が誰に届くのかも知らずに。


 やがて、廃墟の影から“魔将”がひとり生まれた。

 詩の音に合わせて形作られたその存在は、戦う理由も知らぬまま、ただ“世界を襲う”ようにプログラムされていた。


 無名は静かに息を吐いた。

「そう。これが、あなたたちの言葉の末路ね」


 彼女はそれ以上、何も言わなかった。

 その世界を去る前に、ほんの少しだけ振り返る。


 仮面の奥で、アズ=ヴァルハがまだ詩を吐き続けていた。

 無名の残した因果が、もはや彼女の知らぬ言語で、戦争を再生産している。


 世界は命令され続ける。

 意味のないまま。

 終わらない詩のように。


──第二章 了──


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