適性、あり

 しずくが帰ってから、どれくらい時間が経っただろうか……

 病室の時計の針が、静かに一秒ずつを刻んでいた。


 カーテンがまた開く。

 今度は白衣の人物と、見慣れない服装の女性が入ってきた。

 女性は、どう見ても異世界側の人間。

 革と布を組み合わせた儀礼服に、金属の装飾が編み込まれている。

 ただ、その雰囲気は兵士というより、研究者か神官のように見えた。


「神名ユウ殿……それと、ご息女も」

 女性は丁寧に一礼し、透明な板状の装置を取り出した。

 魔力センサーの端子に接続し、小声でなにかを唱える。

 淡い光が板の内部を走り、やがて空気の中に細かな粒子が舞い上がった。

 それはまるで、蛍のような、電子ノイズのような――現実と非現実の境を漂う光。

 粒子がユウの体を巡り、水晶板へと吸い込まれていく。


「す、すごい……魔法みたい」

 美月が感嘆の声を上げる。

「いや、魔法だよ」

 ユウは少し緊張が紛れた。


「……判定、出ました」

 女性が短く息を吐く。

 その声には、どこかためらいのような硬さがあった。


「あなたには、魔力適性があります。――かなり高い水準です」


 ユウの頭が一瞬、真っ白になる。

 目の奥で光が跳ね、現実が遠のいた。

「お兄ちゃん、やったじゃん! 異世界転生チート主人公じゃん!」

「お、おおう?」

 ベッド脇で美月が、ぱっと顔を輝かせる。

 その明るさが逆に、病室の空気を現実に引き戻した。


 だが女性は、笑わなかった。

 静かに視線を美月に向ける。


「いえ。正確には――あなたも、です」


「……え?」


「神名美月さんにも、魔力適性が確認されました。お兄様と同等の潜在値をお持ちです」


「え、ええええええええええええ!?」


 兄妹の叫びが天井に響く。

 蛍光灯が一瞬ちらついた。

 女性はそのまま、事務的な口調で言葉を続ける。


「詳細な適性分析は後日行います。――お二人とも、正式に“適性持ち”として記録いたします」


 あまりにも淡々と告げられたその言葉は、事実というよりも判決のように響く。

 ユウはしばらく声を出せなかった。

 美月も、信じられないように呟く。


「……うそ、わたしまで……?」

「夢じゃないよな……?」

 その小さな声だけが、静かな病室に残った。


 外では、救急ヘリのローター音が遠くに響いていた。

 まるで、この世界のどこかでまた、境界が崩れているかのように。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る