異世界小動物(かわいい)

 翌日の放課後。

 ユウは、またしても捕まっていた。


「神名くん! 今日こそ本物!」

 開口一番、うきが宣言。

 その後ろで、まひるが満面の笑みを浮かべる。


「昨日のは準備運動。今回はガチ」

「……お前らさぁ」


 ため息をつく間もなく、左右から「「ほら行く!」」と腕を引っ張られる。

 目標は――うさぎ小屋。


「七不思議その二、“飼育小屋の怪物”!」

「この学園、実は“怪物”を保護してるって噂あるの。こっそり!」

「保護って、それニュース案件だろ」

「だから確認するの!」


 うきは得意げに胸を張る。

「先生の机の上に“予備鍵”って札付きで置いてあったんだよね。これはもう運命でしょ」

「それ、ただの犯罪の前兆だろ」

「連帯責任ね♡」


 銀色の鍵をひらひらと掲げるうきに、ユウは頭を抱えた。


 飼育棟は夕暮れに染まっていた。

 金網越しに並ぶ木箱、藁の匂い、耳をぴくぴく動かす白い影。

 うさぎたちは三人に気づくと、一斉にぴょんと跳ねた。


「ね、普通にうさぎしかいないじゃん」

「おかしいなぁ……昨日のSNSには“目撃者あり”って書いてたのに」

「どうせまとめサイトのネタだろ」


 まひるがしゃがみ込み、ケージの隅を覗き込む。

「……あ」

「どうした?」

「ほら、あそこ。いじめられてる……?」


 視線の先に、小さな影。

 うさぎたちに囲まれ、毛を逆立てて震えている。

 猫より少し小さく、背中に淡く光るひれのようなもの。

 目は金色に輝き、しっぽの先で光が瞬いていた。


「……なにこれ」

「……やば」


 そして――。


「「かわいすぎーーーーーー!!!」」


 二人の絶叫が、夕暮れの飼育棟に響いた。


「なにこれ! やばい! 語彙力なくなるくらいかわいい!」

「ねぇうき見て! 目が! 目がうるうるしてる!」

「魔法少女の使い魔みたい! ふわふわしてそう!」


 金網に張り付いて騒ぐ二人に、ユウは思わず数歩後ずさる。

「いや、確かに可愛いけどさ……これ、どう見てもヤバいやつだろ」

「飼う!」

「は?」

「飼う! 私が育てる! 絶対連れて帰る!」

「いいね! 名前どうする? “キララ”とか“ギャラクシー”とか!」

「待て待て待て! ダメだ! 即答でダメだ!」


「なんでよ! こんなかわいいのに! 見てよこの目!」

「未知の生物だぞ!? 感染症とかどうすんだよ! それにこれ、たぶんアーヴェリス(異世界)の生き物だろ!」


 まひるは唇を尖らせ、涙目でその小動物を見つめる。

「……でも、このままじゃ……うさぎさんたちにいじめられて、死んじゃうかも」

「……かわいそう」

 うきも、さっきまでのテンションがすっと消えていた。


「……だから、報告するんだろ」

 ユウは少し柔らかい声で言う。

「ちゃんと“保護”してもらうために。そっちのほうが安全だ」


 うきは渋々スマホを取り出し、市の異生物対応窓口に連絡した。


 職員が到着するまでの間、小さな生き物は藁の上で丸くなり、不安そうに「きゅぅ……」と鳴いて、光を弱めていった。

 まひるはずっとしゃがみこんだまま、金網越しに「大丈夫だよ」「怖くないよ」と話しかけ続けていた。


 その夜、SNSの片隅で新しいタグが生まれる。

 #第二の七不思議 #光るウサギの守護精霊


 ――こうして、一つの七不思議は“解決”した。

 けれど誰も知らなかった。

 あの小さな生き物が、後に“融合災区”の境界で初めて観測される“境界種”の一体だったことを。

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