第16章:参入障壁の無効化
第16章:参入障壁の無効化
街の地下水路。
そこは、冒険者ギルドの光(カネ)と秩序(ルール)が届かない、暗く、湿った「異界」だった。
水路を流れる絶え間ない「水音」が、あらゆる物音をかき消し、空気は「カビ」と「古い石」の匂いで満たされている。
だが、その一角は、異様な「熱気」を帯びていた。
「キギ! キギギ!(次! 攪拌(かくはん)完了!)」
「シュワァ…(溶解度、最適化…)」
ゴブリンたちが、レオンから教わった「作業工程(プロセス)」に従い、大釜で『鉄カブトガニ』の甲殻を『スライム酸』で溶かしていく。
その作業は、廃倉庫(だいいちこうじょう)でのそれよりも、遥かに効率化(・・・・・)されていた。
「水路(ここ)はいい」
レオンは、その光景を冷静に見つめていた。
「『水資源(リソース)』が無限だ。冷却も洗浄も、コストゼロ(・・・)で実行できる」
彼が昨日、ゴブリンたちに命じて運ばせたのは「設備(アセット)」だけではなかった。
マルサスが「緊急討伐依頼」で買い占めた、Sランク冒険者たちの『獲物(鉄カブトガニ)』の山。
アレックスたちが金貨300枚で「廃倉庫」を襲撃している間、レオンは金貨105枚の「売上」と、市場(マルサス)から「タダ(・・)」で手に入れた大量の『原材料』を、この地下工場に運び込んでいたのだ。
「マルサスの『損失』は、金貨405枚ではない」
レオンは、帳簿に新たな数字を書き込んだ。
「彼が買い占めた『原材料費』も、すべて俺の『利益(リターン)』に転換された。彼は、俺の『工場』の『運営資金(オペレーティング・コスト)』さえ、自ら支払ってくれたわけだ」
サラは、その「悪魔的(デモニック)」なまでの合理性に、もはや恐怖すら感じなかった。
ただ、目の前で起きている「現実(リアル)」を、受け入れるしかなかった。
「レオン様…でも、これ(ポーション)を、どうやって…」
サラが尋ねる。ギルドを通さなければ、商品は売れない。
「『流通(ディストリビューション)』こそが、彼ら(ギルド)の最大の『参入障壁(バリア)』だった」
レオンは、完成した『レオン・ポーション Mk-Ⅱ』の瓶を手に取った。
「だから、その『障壁』そのものを、無効化(むこうか)する」
翌朝。
ギルドホールは、異様な静けさに包まれていた。
マルサスは、二階のテラス席から、険しい表情で一階を睨みつけている。
彼の「緊急討伐依頼」は、もはや何の機能も果たしていなかった。
アレックスたち『紅蓮の斧』は、昨夜の「空振り(・・・・・)」以来、ギルドの隅で、死人のような顔で酒を煽(あお)っている。
(どうする…? あのテイマーは、どこへ消えた…?)
マルサスは、焦燥感に爪を噛んだ。
「お、おい! 見ろ! 外だ!」
その時、冒険者の一人が、ギルドホールの「外」を指差して叫んだ。
冒険者たちが、堰(せき)を切ったように、ギルドホールの「出口」へと殺到していく。
マルサスも、アレックスも、何事かとテラス席から身を乗り出した。
ギルドホールの「目の前(・・・・・)」の広場。
『ギルド』という「既存市場(マーケット)」の、真ん前。
そこに、一つの「露店(ストア)」が、出現していた。
「さあさあ! 話題の『レオン・ポーション』! なんと今日から『Mk-Ⅱ』にバージョンアップだ!」
「回復力はそのまま! 魔力(MP)までちょっと回復する、Fランク冒険者の新常識!」
「お値段、据え置き! 一本、銀貨一枚だ!」
昨日まで『レオン・ポーション』を「買っていた(・・・・・)」側の、Fランク冒険者たち。
彼らが今、目を輝かせながら「売る(・・)」側に回り、自ら「販売員(セールスマン)」として、声を張り上げている。
レオンは、ギルドという「流通(プラットフォーム)」を捨てた。
彼は、自らの「顧客(カスタマー)」を、「流通網(ネットワーク)」そのものに変えたのだ。
「な…」
マルサスは、言葉を失った。
ギルドという「建物(システム)」が持つ「権威」と「独占性」が、今、目の前で崩壊していく。
「馬鹿な…」
アレックスが、よろよろと立ち上がった。
彼が昨日、金貨300枚で守ろうとした「秩序(オーダー)」は、今や、広場の「露店」によって、嘲笑(あざわら)われていた。
Aランクも、Bランクも、Sランクの『紅蓮の斧』でさえも。
冒険者たちは、もはや「ギルド(マルサス)」の顔色を窺(うかが)う必要がなくなった。
彼らは、ギルドの中にある「高価で質の悪い(マルサス)ポーション」を無視し、ギルドの外にある「安価で質の高い(レオン)ポーション」を買い求めるために、雪崩を打って広場へと走っていく。
ギルドホールから、人が消えた。
昨日まで、この街の「経済(マネー)」と「権力(パワー)」の中心だった場所が、今、無価値な「空箱(デッド・アセット)」と化した。
アレックスは、その「空っぽ」になったギルドホールの真ん中で、立ち尽くした。
彼の「Sランク」という『戦闘力(バリュー)』は、今、この「新しい市場(ニュー・マーケット)」において、何の価値も(・・・)生み出していなかった。
サラは、静まり返った自分のカウンターから、その光景を見ていた。
そして、広場でFランク冒険者たちに囲まれ、静かに指示を出す、あの「追放された男」の背中を。
(あの人(レオン)は、戦士(アレックス)でも、商人(マルサス)でもない)
サラは、震える手で、自分の「職員証(ライセンス)」を握りしめた。
(あの人は、『市場(ルール)』そのものを創り変える、『革命家(イノベーター)』だ)
彼女の「価値観(ギルドの常識)」が、完全に崩壊し、再構築された瞬間だった。
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