追放されたビーストテイマー、ミクロ経済学で市場を独占する 〜Fランクモンスターの「比較優位」を活かしたら、ギルドの非効率な利権構造をぶっ壊してしまいました〜
第11章:資源の枯渇(サプライ・ショック)
第11章:資源の枯渇(サプライ・ショック)
第11章:資源の枯渇(サプライ・ショック)
翌朝。
サラがギルドホールに足を踏み入れた瞬間、昨日までの熱狂が、冷たく、貪欲な「熱」へと変質していることに気づいた。
ホールは、昨日とは比べ物にならないほど混雑していた。だが、その中心にいるのはFランクの新人たちではない。
金(カネ)の匂いを嗅ぎつけた、歴戦のBランク、Aランクの猛者たちだ。
彼らの視線は、一点に集中していた。
中央掲示板の、一番目立つ場所に張り出された、真新しい「緊急討伐依頼(クエスト)」の羊皮紙に。
「見たかよ、あの依頼!」
「『鉄カブトガニ』一匹、銀貨30枚!? 正気か!?」
「『ロックリザード』に至っては銀貨50枚だ! あんな雑魚モンスターが、だぞ!」
掲示板には、マルサスの幹部がギルドマスターの許可(・・・・・)を得て掲示した、異常な高額依頼が並んでいた。
それは、レオンのポーションの「原材料」二種に対する、市場価格の三倍以上(・・・・・)の買い取り価格だった。
「薬師組合が、なんか新しい武具でも開発するのかね?」
「知るかよ! 金(カネ)は金(カネ)だ! Fランクの連中がポーションで浮かれてる間に、俺たちは『本物』の稼ぎと行こうぜ!」
その声に、サラはハッとして振り返った。
掲示板に群がる人混みの中に、見覚えのある赤毛があった。
「――『紅蓮の斧』、アレックス・ウォーカー…!」
レオンを追放した、Sランクパーティのリーダー。
彼が、Bランクの仲間たちと、下卑た笑みを浮かべて依頼書を剥ぎ取った。
「フン。あんなテイマー崩れがFランク素材で小銭稼ぎしてる間に、俺たちはAランクの仕事でデカく稼ぐ。これが『格』の違いってやつだ」
「へへっ、違げえねえ!」
「行くぞ野郎ども! 雑魚を狩り尽くして、今夜は高級娼館(・・・)だ!」
アレックスたちは、レオンのポーションには目もくれず、マルサスがばら撒いた「金(エサ)」に飛びつき、意気揚々とギルドを飛び出していった。
サラの全身から、血の気が引いていく。
(ああ…! これが、組合長の…!)
マルサスの戦略は、単純にして苛烈だった。
レオンの「生産ライン」の根幹である「原材料」を、レオン自身(・・・)が絶対に太刀打ちできない「価格」で市場からすべて買い占め、物理的に枯渇させる。
これは、経済戦争(エコノミック・ウォーフェア)だ。
そして、その「兵士」として、皮肉にもレオンの元リーダーであるアレックスたちが、喜々として動員されている。
サラは、銀貨の入出金を記録するはずだった帳簿(ログブック)を握りしめ、ギルドを飛び出した。
息が切れるのも構わず、街外れの廃倉庫(ファクトリー)へと走る。
「レオン様! 大変です!」
サラが、工場の扉を蹴破るように開けると、そこは静まり返っていた。
昨日まで、ゴブリンたちの「労働歌」と、スライムの「溶解音」、瓶詰めの「リズミカルな音」で満ちていた空間が、不気味なほど静かだ。
レオンは、腕を組み、空になった「原材料置き場」の前で佇んでいた。
テイムされたモンスターたちも、仕事がなくなり、不安そうに主人の周りでもぞもぞと動いている。
「レオン様…ギルドが…」
「見たよ」
レオンの声は、感情を排したまま、平坦だった。
「今朝、ゴブリンを素材採取(西の海岸)に向かわせた。だが、すでにアレックスのパーティが『現場』を押さえており、ゴブリンたちは追い返された」
「そ、そんな…」
サラは、その場で膝から崩れ落ちそうになった。
「昨日、あれだけ売れたのに…! これでは、もうポーションが作れません! 私たちが昨日稼いだ売上金(キャッシュ)など、薬師組合の資金力(アセット)に比べたら…!」
マルサスの圧倒的な「資本力」による、完璧な「供給(サプライ)停止」攻撃。
レオンの「ブルーオーシャン戦略」は、たった一日で、座礁(ざしょう)した。
「…どうするんですか」
サラの声は、絶望に震えていた。
「マルサス様に、謝りに行きますか…? 私が、ギルド職員として仲介すれば…」
「なぜだ?」
レオンは、ゆっくりと振り返った。
その目は、絶望も、焦りも、怒りさえも浮かべていなかった。
あるのは、昨日までと同じ、冷徹な「分析」の光だけだった。
「なぜ、って…だって、もう…」
「マルサスの戦略は『合理的』だ」
レオンは、まるで他人事のように、指を折りながら解説を始めた。
「第一に、彼は俺の『生産関数(プロダクション・ファンクション)』を正確に分析した。俺のポーションが『鉄カブトガニ』と『ロックリザード』という二つの『生産要素』に依存していることを見抜いた」
「第二に、彼は『価格競争(ダンピング)』という愚策(・・)を選ばなかった。彼我の『資本力』の差を理解し、彼が絶対に勝てる『資源買い占め(リソース・ウォー)』を選択した。見事な攻撃だ」
「分析してる場合ですか!?」
サラは、思わず叫んだ。
「私たちは、負けたんです!」
「いや」
レオンは、静かに首を振った。
「彼は、一つだけ致命的な『計算ミス(ミステイク)』を犯している」
「…計算ミス?」
サラは、涙の滲む目でレオンを見上げた。
レオンは、不安そうに自分を見上げる、Fランクのモンスターたち――ゴブリン、スライム、そして檻の中のカブトガニたち――を見渡した。
「マルサスは、俺の『原材料(マテリアル)』は枯渇させた。だが、俺の『生産設備(ファクトリー)』そのもの(・・・・・)は、まだここにある」
彼は、サラに向き直った。
「彼は、俺の『生産ライン』を止めた(・・)つもりでいる。だが、彼は忘れている。俺の『専門』は、ビーストテイマー(・・・・・・・)だということを」
「…え?」
「受付嬢さん。彼は、俺が『鉄カブトガニ』と『ロックリザード』にしか価値を見出せない(・・・・・・・・・)と、思い込んでいる」
レオンの口元に、Sランクパーティにいた頃には見せたこともない、獰猛(どうもう)な笑みが浮かんだ。
「彼は、市場(マーケット)から『資源』を奪った。ならば、俺は『市場(マーケット)』そのもの(・・・・・)を、新しく創ればいい」
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