第2話 恋の連投バトル

 てかさ。

 あの人、ほんとマメ。

 いや、「マメ」って言葉で済ますの失礼かもしれん。

 藤原兼家さま、DM(=ふみ)連投型の上級男子。

 しかも一通一通の破壊力がエグい。


 最初のうちは、正直びっくりしてた。

 こっちはまだ心の整理もできてないのに、毎晩のように届く。

 香付き。筆跡きれい。技術高い。

 もう「恋の営業メール」レベル。


 でもね、ウチ、返事が追いつかんのよ。

 文が来るたびに女房たちが大騒ぎ。


「また来ました! 恋の波、第三波です!」とツバメ。

「DMストーム状態ですね」冷静に、マコが言う。

「返信が遅れると既読スルー扱いになりますよ?」ノノのあの笑い方。


「わかってるけど、そんな毎日筆走らせられる!?」

「恋文筋が鍛えられます!」

「トレーニングか!」


 そんな感じで、しばらく既読スルー気味だった。


 でも、あの人、諦めない。

 次に届いたのがこれ。


 >>おぼつかな 音なき瀧の みづなれや ゆきくへも知らぬ 瀬をぞ尋ぬる

 ——藤原兼家


 〈あなたからの返事がないのは、まるで音を失った滝のようだ。行方も知れぬ水音を、ただ探している〉


 いや、詩人すぎん?

 「返信遅くてごめん」って、こんな比喩で書くしか手が無くない?

 てか滝の音とか使われたら、こっちも罪悪感MAX。


 マコが肩越しにのぞいて言った。

「これは……完全に恋のやつですね」

「恋っていうか、ストリームですけどね!」ツバメが続ける。

 ノノがうっとり。「滝って、求愛比喩の上級形ですよ」

 いや、分析班おるのなんなん。


 で、返事を迷ってるうちに、また次。


 >>人知れず いまやいまやと 待つほどに かへりこぬこそ 侘しかりけれ

 ——藤原兼家


 〈人知れず、今か今かと待っているのに、返事が来ないのは寂しさが募ってしまうよ〉


 来た。寂しさアピール。

 これ、返信催促の和歌版。

 今で言えば「昨日のLINE、見たかな?」的なやつ。


 父がその文を見て、笑った。

「これはたいしたもんだ。あまり真面目くさって答えぬように」

 で、父、代筆を頼んで返事出しちゃった。

 本人じゃないのよ。代理返信。

 やめて父、恋の代理店みたいにならないで。


 でも兼家さま、嬉しそうに受け取ってまた文。

 もう完全に文バトル開戦。


 >>濱千鳥 あともなぎさに ふみ見れば われをこす波 うちやけつらむ

 ——藤原兼家


 〈渚に残る千鳥の跡を見つめている。あなたの心を越える波が、わたしをさらうかもしれない〉


 海きた。比喩が壮大。

 滝からの海とか、スケールアップが早い。

 読んでるだけで波の音聞こえるし、心がざわざわしてくる。

 静かな夜だったのに、胸の中だけ高潮。


 ノノがぽそっと言う。

「もう惚れてますね、完全に」

「いや、どっちが?」

「両方です」

「やめて」


 そして次の文。これがまた反則。


 >>まめやかなるやうにてあるもいと思ふやうなれど、このたびさへ無うばいとつらうもあるべきかな

 ——藤原兼家


 〈真心はあるのです。ただ、今回も返事がなければ、あまりにも辛いことです〉


 この一文読んだ瞬間、なんか泣きそうになった。

 圧でもなく、情でもなく、ただただやさしい。

 「本気」って言葉、使わなくても伝わるやつ。


 ……恋って、怖いね。

 最初は軽い冗談みたいに始まるのに、

 気づいたら胸の中で深呼吸してる。


 ウチ、文を抱えたまま、少し外を歩いた。

 風が冷たくて、香の匂いが遠くで残ってた。

 静かな海に一粒の石が落ちたみたいに、

 心の奥で小さく波が立った。


 それから少しして、届いた新しい文。


 >>いづれとも わかぬ心は そへたれど このたびは先に 見ぬ人のがり

 ——藤原兼家


 〈心はあなたに添えているのに、返ってきたのは誰の筆とも知れぬ文字。見たこともない人の手紙では、あなたの思いが伝わらぬではありませんか〉


 ノノが笑った。

 「これは……『代筆やめて』ってことですね」

 マコが頷く。

 「そう。『あなた自身の声を聞かせて』と」

 ツバメが感動気味に。

 「つまり、『本音モード突入』!」


 あの人は、本気で文を交わしたかったのだ。

 心を、手で伝えたかったのだ。

 そして、その思いは少しずつ、私の中にも波紋を広げていった。


 そんな、他愛のないやり取りを重ねるうちに、

 月日は流れ、空気が秋めいてきた。

 恋はいつの間にか、日常になっていた。


 ある日、届いた文には、どこか挑むような響きがあった。


 >>しかの音も 聞えぬ里に 住みながら あやしく逢はぬ 夢もみるかな

 ——藤原兼家


 〈鹿の声も聞こえぬ静かな里に住んでいるのに、不思議とあなたに逢えぬ夢ばかり見る〉


 夢――その一文字で、胸の奥が熱くなった。

 あの人の夢に、自分が出てくるなんて。

 それはもう、恋の宣戦布告。


 私は、筆を取った。

 今度は、代筆も使わずに。

 自分の言葉で、まっすぐに返した。


 >>高砂の をのへわたりに すまふとも しかさめぬべき 夢とは聞かぬを

 ——ウチ


 〈たとえ高砂の丘に住もうとも、夢が覚めぬほどの想いなど、私は聞いたことがありません〉


 マコが目を見張った。

 「ついに自筆!」

 ノノが頬を赤らめる。

 「これは、恋の『初返信』ですね」

 ツバメが拍手した。

「夢で逢って、現実で返す――最高の展開!」


 その夜、外は風がやんで、虫の音が澄んでいた。

 空には雲ひとつなく、月だけがやさしく浮かんでいた。

 あの人も、同じ月を見ているだろうか――

 そう思っただけで、胸の奥がふわりとあたたかくなった。


 文のやり取りは、もはや恋そのものだった。

 書けば、届く。

 読むたびに、世界が少しだけ光る。


 ――あの頃のウチは、まさに恋の真ん中にいた。

 筆をとるたびに心が跳ね、

 返事を待つたびに時間が止まった。

 言葉ひとつで、世界が変わる。

 そんな奇跡を信じていた。

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