005 反撃

※冒頭部分は作者による執筆



 三日三晩に渡ったアークブレイカーの改修作業もようやく終わり、俺たちはルーチェの部屋でコーヒタイムを取ることにした。


「ローゼリアソナー起動、観測範囲拡大」


ルーチェの言葉に呼応するように、部屋の壁に備え付けられている、やたらとデカい画面が輝く。


 中央から円が拡大していき、その拡大する円に合わせて赤い点がちらほらと明滅して行く。


 円はソナーの観測域を表していて、赤い点はおそらく敵だろう。


守護機ガーディアン・ドローンはまだ近くの宙域に潜んでいるようね」


「狙いはアークブレイカー……か」


「おそらくね。わざわざ次元の裏側に潜んで隠れているわ……この工房の周りを取り囲んでいる。改修が終わってこの工房を出たら、襲って来るわよ」


「ち……厄介だな……」


「レイ、本気で言ってるの?……誰がこの船を整備していると思ってるわけ?ちょうど良いじゃない。試し撃ち……してみたら?」


「おいおい……できるのか?」


「バカにしないで欲しいわね」


 ルーチェはふふんと鼻を鳴らして胸を張る。こいつは、なかなかに自身たっぷりだな。



※以下、AIによる執筆



 三日三晩に渡ったアークブレイカーの改修作業がようやく終わり、

 俺たちはルーチェの部屋でコーヒータイムを取ることにした。


 ルーチェの部屋は“工房らしからぬ豪奢さ”と“技術者の巣”が同居している、不思議な空間だ。

 壁いっぱいに貼られた配線図と、場違いなくらい高級な絨毯。

 繊細なガラス細工のオブジェの横で、巨大な工具箱が平然と鎮座している。


 ルーチェという女を、そのまま空間にしたみたいな部屋だ。


「ローゼリアソナー起動、観測範囲拡大」


 ルーチェの言葉に呼応し、壁の巨大スクリーンが淡く光る。

 円形の波紋が中央から広がるたび、無数の赤い点が瞬きだした。


 その動きは、まるで俺たちの周囲を囲む捕食者の群れだ。


守護機ガーディアン・ドローンは、まだ近くの宙域に潜んでいるようね」


「狙いはアークブレイカー……か」


「おそらく、ね。わざわざ次元の裏側に潜んで、露骨に“待ち構えている”って感じ。

 この工房の外周を、見事に取り囲んでるわ。改修が終わった途端に襲うつもりよ」


「ち……厄介だな……」


 ソフィアは両手を胸の前で組み、僅かに眉を寄せた。


「……守護機と真正面から交戦するのは危険です。

 アークブレイカーの再起動出力は十分ですが、彼らは——」


「ソフィア」


 ルーチェが軽く指を上げて遮る。


「心配いらないわ。“準備”は済ませてあるから」


「準備……?」


「そう。撃ち合いになるのが分かってるなら、対策を打たない方がおかしいでしょ?」


 ルーチェは胸を張って座り直す。

 金髪をゆるく結ったポニーテールが揺れて、ふと上品な香りが漂った。


 こういうところが育ちの良さを隠しきれていない。


「レイ、本気で言ってるの?

 誰がこの船を整備していると思ってるわけ?」


「……ってことは、“試し撃ち”ってやつか?」


「そういうこと。良い機会じゃないの。

 あんたの新しい船——いえ、“本来の姿を取り戻した船”の、ね」


「おいおい……本当にできるのか?」


「バカにしないで欲しいわね」


 ルーチェはふふんと鼻を鳴らす。

 こいつ、昔から自信家だったが……今回のはその中でも格別だ。


「ソフィア、レイ」


 ルーチェが椅子の背にだらしなくもたれかかったまま指で画面を示す。


「見てのとおり、奴らは“待ち伏せ”してる。

 でも裏を返せば——動きを予測しやすいってことよ」


「つまり?」


「こっちから撃ち抜けるってこと」


「撃ち抜く……って……守護機をか?」

 俺は思わず訊き返した。


 守護機ガーディアン・ドローン

 アーク級艦の執行存在を破壊するためだけに造られた、異常な存在。


 あれを真正面から「撃つ」なんて、正気の沙汰じゃない。


「アークブレイカーは“攻撃艦”じゃないぞ。戦えるとはいっても——」


「レイ。黙って聞きなさい」


 ルーチェが珍しく“お嬢様の声”で言い切る。

 凛として、言い逃れを許さない声音。


「あなたね……三日間ぶっ続けで私とソフィアが何してたと思ってるの?」


 ソフィアが控えめに手を挙げた。


「レイ。ルーチェさんは……その、私が伝えづらいことも全部やってくださいました」


「伝えづらいこと?」


「……アークブレイカーの、封印部の解除です」


「……は?」


 ルーチェがくいっと親指を立てる。


「そういうこと。

 “アーカイブ文明が恐れて封じた出力”——解放しておいたわ」


「お前……正気か?」


「もちろん。でもね、そのままじゃ使えないの。

 だから私が“扱えるように”調整したのよ。

 あなた専用に、ね」


 背筋に冷たいものが走った。


 そんなことが——できるのか?


「……ルーチェ。もしかしてお前——」


「え? 何?」


「アーク級艦の……設計思想、理解できてるのか?」


 ルーチェは一瞬だけ目をそらし、

 次の瞬間、わざとらしくコーヒーを啜った。


「……さぁ、どうかしらね?」


 ごまかしている。

 だが、黙っていても分かる。

 この女は、俺が知らない“とんでもない秘密”を抱えている。


 それでも、今は追及している場合じゃない。


「……で、試し撃ちってのは、どうやるつもりなんだ?」


 ルーチェはニヤッと口の端を上げた。


「簡単よ。

 工房を出る必要なんて、どこにもないの」


 その言葉に、ソフィアが目を丸くした。


「ルーチェさん……まさか、転送カノンの……」


「そう。“直接射出”。

 守護機が隠れてる次元層に、こちらから砲撃を“送り込む”のよ」


「次元層越しの砲撃!?

 そんなことできるのか!?」


「できるようにしたのよ、レイ。

 徹夜で、ね」


 ——バチンッ!


 スクリーンの赤点のひとつが、いきなり激しく明滅した。


「……ん?」


「どうした、ルーチェ」


 ルーチェは真剣な目で画面を凝視した。


「敵の動き……変わったわ」


 ソフィアが端末を素早く操作する。


「……ルーチェさん。

 守護機一体のエネルギーシグネチャが、急速に上昇しています」


「まさか……気づいた?」


「気づいたって、何にだ?」


 ルーチェは息を呑んだ。


「私たちが——“反撃できる状態”だってことよ」


 その言葉と同時に、画面の赤点がひとつ、俺たちの方へ急接近を始めた。


 最初の“敵襲”だ。


 赤点のひとつが、急激な加速を見せていた。

 スクリーン上で、ほかの敵影を置き去りにするように、ひときわ鋭く俺たちへ迫ってくる。


「……来たわね」


 ルーチェが指先でテーブルをトントンと叩く。

 その仕草には、怯えよりも、獲物を見つけた狩人の“待ち侘びた”空気があった。


「ソフィア、軌道予測」


「はい——敵は高次元層からこちらへ位相をずらしながら接近中。

 通常空間に干渉できる転位点まで……残り二分三十秒です」


「二分半……ギリギリね」


 ルーチェは長い髪をポニーテールごと払い、ぐっと椅子から立ち上がった。


「レイ、ソフィア。準備するわよ」


「準備って……どこへ?」


「工房の中枢よ。アークブレイカーを、“こちら側から”操作するの」


「こちら側から……?」


 ソフィアが困ったように微笑んだ。


「レイ、ルーチェさんは工房全体をアークブレイカーとリンクさせて、外部から制御できるように改造したんです」


「は?」


「だから、工房の中枢ターミナルからでもアークブレイカーの転送砲を起動できます」


「いやいやいや……そんなの、簡単にできる技術じゃないだろ……」


「簡単じゃないわよ? 三日寝てないもの」


 ルーチェが肩をすくめ、扉に向かう。


「あんたはただのんびりコーヒー飲んでりゃよかったの。

 さ、急ぐわよ。二分半なんて一瞬なんだから」


「わ、分かった……!」


 俺とソフィアは、ルーチェの背中を追って部屋を飛び出す。


 工房の廊下はどこもかしこも、見たことがない機器で埋め尽くされている。

 しかも、ルーチェはその全部を迷いなく使いこなし、

 ときどき高貴な育ちを思わせる優雅な動作を挟んでくる。


 荒っぽい口調のくせに、立ち振る舞いが妙に気品があるのだ。


(こいつ、本当に何者なんだ……?)


 ずっと昔からの付き合いだけど、核心には一度も触れられたことがない。


 考え込む暇もなく、ルーチェは工房中央のホールにたどり着く。

 そこには巨大な球状のデバイス——

 まるで“脈動する星核”のような装置が静かに浮かんでいた。


「リンク・ノード起動」


 ルーチェが静かに命じると、球体が青白い光を放つ。


 とたんに周囲の床や壁に刻まれた光条が輝き、

 工房そのものが“意識を持ったように”目覚めた。


「ソフィア、出力は?」


「転送砲——相転送射出フェイズ・カノンのエネルギー充填、56%……63%……上昇中です」


「敵の転位点まで、あと一分三十秒」


 ルーチェは作業台に片足を乗せるようなラフな姿勢で、パネルに指を走らせた。

 けれど、その指さばきは異常なほど洗練されている。

 同時に、時折 “お嬢様の所作”が漏れ出すような柔らかさが混じる。


 矛盾しているのに、自然。


 本当に不思議な女だ。


「レイ、こっち」


 ルーチェが顎で合図を送る。


「これ、何だ?」


「アークブレイカーの副座席インターフェイス。

 本当は船内にあるものだけど、工房に“引き写し”しておいたのよ。

 あなたの反応速度で、射角補正して欲しいの」


「俺が……?」


「あなた以外に誰がいるの?」


 その言い方、やけに迷いがなかった。


 俺は椅子に座り、触れたこともないはずの操作系に手を置く。


——キィン。


 指先が吸い込まれるように機能を理解し、

 視界に多層の情報が流れ込んだ。


「っ……!」


「大丈夫、レイ?」

 ソフィアが横で心配そうに問いかける。


「ああ……これ、多分……俺、扱える」


「当然よ」


 ルーチェは得意げに言いながら、転送砲の最終ロックを開始した。


「だってそれ、あなたの神経パターンに最適化したんだから」


「お前……俺の何を知って……」


「あとでね。今は戦闘よ」


 軽くいなされた。


 その瞬間だった。


「ルーチェさん、敵——転位点到達!

 守護機一体、こちらの時空層へ出現します!」


 スクリーンに、ひとつの赤点が眩しく爆ぜるように表示される。


 次の瞬間、大気の震動のような波が工房の外壁を打った。


「来たぁ!」


 ルーチェが叫ぶ。


「レイ、照準始めて!!」


 俺は操作球に両手を添え、意識を集中させる。


 敵は一体。だが距離は近い。

 この静穏な宙域に、異物として急速に滲み出る異常エネルギー。

 全身が鳥肌を立てるような“殺意の圧”を放っていた。


 だが——だからこそ、狙いやすい。


「転送砲出力——100%!」


 ソフィアが声を張る。


「フェイズ・カノン——射出可能です!」


「レイ!」


「分かってるッ!」


 俺は敵影の中心に照準を合わせ、

 込み上げてくる直感に任せて操作系を握り込んだ。


「——撃てッ!!」


 ルーチェが叫び、ソフィアが起動コードを重ねる。


「相転送射出——発射します!!」


 工房全体の光が一瞬だけ消え、

 次の瞬間、世界が裏側から破裂したような閃光が走った。


 転送砲が放たれた。


 光は空間を——いや、“空間そのものを”巻き込みながら、

 守護機へと直進してゆく。


 その一撃は、ただの砲撃ではなかった。

 アーカイブ文明の執行すら沈める、異次元の“断罪の刃”だ。


「……よし。これで——」


 視界の赤点が、ひとつ、音もなく消えた。


 倒した。


 だが。


 ソフィアが小さく息を呑む。


「ルーチェさん……周辺宙域の反応……」


「分かってる。

 一体撃ち抜いたのを合図に、残りが——」


 スクリーンに、赤点が一斉に動き出す。


「——全部、襲ってくるわよ」


 新たな戦いの波が、工房ごと俺たちに迫りつつあった。


「来る……! 全部、こっちに!!」


 ソフィアの声が震えた。

 スクリーンの赤点が一斉に形を変え、包囲網のように俺たちの座標へ収束していく。


 数は十、いや二十以上。

 さっきの一体とは比べものにならないほど、広域から“同時に滲み出る”ように転位してくる。


 守護機の群れだ。


「どうする、ルーチェ!? このままじゃ……!」


「決まってるでしょ。——工房ごと突っ込むのよ」


「は!?」


 聞き返す間もなく、工房の床が震えた。

 いや、“工房が浮上している”——!?


「ルーチェさん、慣性制御リングが起動しました!

 工房ユニット、外部装甲展開!」


「いい子ね、ソフィア。加速ルート、出して」


「了解!」


 ソフィアの指が踊るたび、天井のパネルが開き、

 巨大なスラスターの起動音が工房全体に響き渡る。


「おいルーチェ! お前……工房を……船にしたのか!?」


「正確には“戦闘艇に変形できる工房”よ。

 ほら、女の子の部屋がひとつくらい変形したっていいでしょ?」


「基準がおかしい!!」


 叫びながらも、俺は副座席インターフェイスにしがみつく。

 アークブレイカーの遠隔リンクも、工房の動きに合わせて振動している。


 そして——


「来るわよ」


 ルーチェが一歩前へ出た瞬間、

 工房は流星のような加速で包囲網に突っ込んだ。


 視界が白く伸びる。

 衝撃はほとんどない。慣性制御が完璧すぎるのだ。


 だが、その静けさとは別に——


 外では、守護機たちが凶悪な殺意を帯びて移動していた。


「レイ、照準補正お願い!」


「分かった!」


 俺は瞬時に感覚を切り替え、

 迫りくる一体目を捉える。


 その瞬間、アークブレイカーの“主砲”とは別の感触が繋がった。


(……あれ?)


 工房の中心、星核のような光球が脈動する。


「ルーチェ。これ……アークブレイカーと連動してるのか?」


「そりゃそうよ。“本体を呼び起こすため”の鍵だもの」


「呼び起こす……?」


 問いただす前に、

 工房が放つ多重シールドが一体目の守護機を弾き飛ばした。


「ソフィア、第一波——突破!」


「次の集団、三時方向から来ます!」


「レイ、そっち任せる!」


「任された!」


 操作系に触れた瞬間、

 アークブレイカーの武装イメージが脳内に一気に展開する。


(……理解できる。

 これ……俺、初めて触るのに……!)


 まるで昔から体に染みついていたかのように、

 砲塔・ブレード・補助推進の全てが直感と一致した。


 その“異常さ”に気付いたのは、俺ではなく——


「……やっぱり」


 ルーチェが、ほんの少し、寂しそうに微笑んだ。


「レイ、あなたは本当に……」


「ん? 何か言ったか?」


「いいから撃って!!」


 怒鳴られた。

 問い詰めるのは後だ。


 俺は意識を跳ね上げ、

 迫る三体の守護機へ照準線を重ねる。


「——行けェッ!!」


 工房側の副砲が一斉に輝き、

 真空の中で網のように広がる高密度粒子が守護機を飲み込んだ。


 一体、二体、三体——沈黙。


 だが。


 赤点はまだ消えない。

 むしろ、増えている。


「こいつら……終わりがないのか!?」


「終わりはあるわよ」


 ルーチェがまっすぐ前を向く。


「アークブレイカー本体を呼び戻して、

 守護機の転位層そのものを焼き払えばいい」


「呼び戻すって……そんなことできるのか?」


「できるわよ。

 だって——あなたが“鍵”なんだもの」


 ぞくり、と背筋が震えた。


 ルーチェの声は、優しくて、でもどこか決定的で——

 俺だけの知らない“答え”を知っている響きだった。


「準備するわ。

 アークブレイカーの完全起動手順——開始する」


 ソフィアが息を呑む。


「ルーチェさん、本当に? それって……!」


「ええ。隠してても仕方ないでしょ。

 レイには全部、向き合ってもらわないと」


「お、おい、待て。

 向き合うって……何に……?」


 ルーチェは振り返らなかった。


 ただ、前を見て。


 工房中央の星核のような光球へ、そっと手を伸ばした。


 次の瞬間——


 光球が静かに割れた。


 そしてそこから、

 金色に輝く“巨大な影”が輪郭を現し始めた。


 あまりの存在感に、息が止まる。


(……あれが……アークブレイカー……!?)


「行くわよレイ。

 あなたの“本当の役目”に——」


 ルーチェが振り返り、

 まっすぐ俺を見つめた。


「ようやく、辿り着いたんだから」


 光が弾け、暗い工房の中央に“それ”はゆっくりと姿を現した。


 全長二十数メートル。

 黄金を基調にしながら、ところどころ白銀のフレームが絡みつくように走り、

 背面には翼ともフィンともつかない粒子発光が揺れている。


 機体名——アークブレイカー。


 俺がこれまで乗っていた船体は、

 どうやら“外装ユニット”にすぎなかったらしい。


「……これが……本体……なのか……?」


「ええ。アークブレイカーの“人型コアフォーム”。

 守護機と戦うための、本来の姿よ」


 ルーチェの声は静かだったが、

 その沈着さの奥に“昂揚”が微かに滲んでいる。


 ソフィアも、どこか感極まったように息を詰めていた。


「レイ……すごい……。

 この反応値……今まで一度も……」


「ソフィア?」


「まるで……レイを待っていたみたいに……!」


 その瞬間だった。


 脳の奥に、閃光のような映像が、唐突に流れ込んだ。


 知らない景色。

 巨大な機構塔。

 白い演算ホール。

 赤い警報灯。

 無数の守護機が、降り注ぐように空を覆う。

 その中心で、俺——いや、“俺に似た何者か”が叫んでいる。


(ここ……どこだ……!?)


 胸が苦しくなる。

 視界が歪む。

 息ができない。


 駄目だ……この記憶、俺……知らないのに……!


「レイ!!」


 誰かが俺の肩を掴んだ。現実に引き戻される。


 目の前で、ルーチェが強く俺を抱き止めていた。


「しっかりしなさい! あなたは“今のレイ”よ!

 昔の断片に引きずられちゃ駄目!!」


 震えていた。

 ルーチェの手も、声も。


「……わるい……ちょっと……」


「謝らなくていいわよ……。

 でも、目を離さないで。あなたがいないと——本当に起動できないの」


 ルーチェは俺の手を取り、

 光のコアへと優しく導いた。


「触れて。

 アークブレイカーは、レイが触れることで……はじめて魂を灯すの」


「……魂……?」


「比喩じゃないわ。本当に“魂”よ。

 アーカイブ文明の機体は、操縦者の精神そのものを演算核に重ねて駆動する……

 つまり、あなたなしじゃ、あの子は歩けないの」


 歩けない——

 その言葉が妙に胸に刺さった。


 俺は深く息を吸い、

 震えの残る指先で、光球の中心へ手を伸ばした。


 指が触れた瞬間、

 光球がふっと呼吸するように脈動した。


 そして“声”がした。


——レイ……レイ……

——また……会えた……


 柔らかい、けれど遠くで反響するような女性の声。


 聞いたことがある。

 絶対に、どこかで。


(誰だ……誰なんだ、お前は……)


 返事をしようとした刹那、

 アークブレイカーの全身が金色に爆ぜ、工房の天井を揺さぶった。


「リンク開始……!

 精神同調率——急上昇!」


「ソフィア、解析は!?」


「同期パターンが……異常です……!

 ルーチェさん、これ、レイの脳波と完全一致……むしろ……先に反応してるのは機体側……!」


「“覚えていた”というわけね……」


「ちょ、待て! 何を覚えてたってんだよ!?」


 ルーチェが振り返り、ゆっくりと息を吸う。


「レイ。

 あなたはね——昔、“この機体を動かしていた”のよ」


「…………は?」


「記憶は消えてるでしょうけど。

 守護機と戦っていたの。

 アーカイブ文明の崩壊戦争の末期でね」


 脳裏にまた閃光が走る。

 白い演算ホールの記憶——さっきより鮮明だ。


「ま……まさか……」


「本当のことよ」


 ルーチェは悲しそうに微笑んだ。


「あなたは……“最後の操縦者”。

 アークブレイカーのたった一人のパイロットだった」


 その一言で、肺の奥に冷たい衝撃が突き刺さる。


「待て待て待て……!

 俺がそんな大それた……!」


「否定しても、繋がってしまったものは本物よ。

 ほら、アークブレイカーが……あなたを呼んでる」


 視界の端で、アークブレイカーの巨影がゆっくりと膝をついた。

 王の帰還を待つ騎士のように。


 そして外では——


「ルーチェさん! 守護機、大群接近!

 このままでは……!」


 ソフィアの悲鳴が、緊迫を再び現実へ引き戻す。


 赤点が工房を覆い尽くすように接近していた。

 時間はもう、ない。


「レイ」


 ルーチェが俺の手を握る。


「選んで。

 逃げてもいい。

 でも……戦うなら、私たちは全力で支える」


 俺の答え?


 決まってるだろ。


 目の前で、誰かが俺を待っている。

 ソフィアも、ルーチェも。

 そしてアークブレイカーも。


 失いたくなんか、ない。


「行くに決まってんだろ……!」


 俺がそう言った瞬間、

 アークブレイカーの瞳が金色に輝き——


 その巨体がゆっくりと、俺のほうへ手を伸ばした。


 アークブレイカーの伸ばした掌が、ゆっくりと俺の胸元へ触れようと近づく。


 巨大なはずなのに、不思議と怖くはなかった。

 まるで昔から知っている誰かに手を取られるような——そんな感覚だった。


「レイ、転送制御に入ります。

 コクピットコア……“アルカ・ノード”へ直接リンクさせます」


 ソフィアの声が、耳の奥に穏やかに響く。


「位置固定……精神同調率、78……82……臨界値接近……!」


「レイ、心を落ち着けて。

 あの子は、あなたが怖がったら一緒に揺れちゃうわよ」


 ルーチェの手が、そっと俺の肩に触れた。


「……平気だ。行く」


 その瞬間、黄金の掌から光が溢れ、

 俺の体はふわりと浮き上がった。


 空気も重力も消え、

 ただ、温かい光だけが包み込む。


 次の瞬間——視界が一変した。


 足元には透明な足場。

 周囲には球状の空間が広がり、

 いくつもの光の帯が滑らかに流れていた。


 中央には、浮遊する円環構造物。

 その中心に、脈動する白いコア。


「ここが……アークブレイカーの……」


「ようこそ、レイ」


 背後から、あの声が聞こえた。


——また会えたわね。


 振り返ると、光の人影があった。


 輪郭は滲んでいて顔はよく見えない。

 だがその姿には、どこか懐かしさがあった。


(……誰だ……本当に……俺は……)


「レイ、心配しなくていいわ。

 あなたが覚えていなくても……私は覚えているから」


 光の人影は、柔らかく笑ったように見えた。


「あなたの名前を呼ぶたびに、胸が温かくなる……。

 きっと、ずっと昔から……」


 言葉の途中、世界が大きく揺れた。


 赤い光が空間に走る。


「レイさん!

 守護機が……量子侵蝕クォンタム・イートを開始……コア空間へ干渉してきます!」


 ソフィアの声が頭上から響いた。


「守護機がコクピットに干渉!? そんなのありえないでしょ……!」


 ルーチェの驚きが続く。


 光の人影が俺を見つめ、静かに首を振った。


「また……来たのね。

 私たちを、終わらせに」


 光が彼女の背後に集まり、

 白い翼のように広がっていく。


「レイ、あなたの手を」


 差し出された手を、俺は迷うことなく掴んだ。


 触れた瞬間、世界が白く爆ぜた。


 同調率が跳ね上がる。


「同調率——120%!?

 ルーチェさん、限界値突破です!!」


「やれるわ……!

 レイ、そのまま“彼女”と繋がって!!

 アークブレイカー、フルアクティブモードに移行!」


 巨大な振動が足元から駆け抜け、

 視界が一瞬にして機体内部のHUDへ組み替わる。


 俺はすでに、アークブレイカーの“頭部”に座っていた。


 いや——座っているわけではない。

 “存在そのものが重なっている”感覚。


「レイさん、機体との融合完了!

 すぐ来ます!!」


 ソフィアの警告と同時に、

 外部モニターに凶悪な影が映り込んだ。


 守護機ガーディアン・ドローン——その第一陣。


 黒い外殻に真紅の光眼。

 鋭い四肢を蜘蛛のように広げ、

 空間のひずみから次々と出現する。


「くそ……数が多いな……!」


「いいえ、レイ。

 “今のあなた”なら、大丈夫」


 光の人影の声が耳元に響く。


「行きましょ。あなたの戦いを……もう一度」


「……ああ。行くぞ、アークブレイカー!」


 腕を振る。

 それだけで、巨体も同じように腕を振り上げる。


 光が奔り、金色の刃が形成される。


 守護機の群れが一斉に突進してくる。


「レイ! 来る!!」


「こっちだって——行くぞッ!!」


 金色の光刃が閃いた。


 守護機の一体が、触れた瞬間に真っ二つに裂け、爆ぜ飛ぶ。


 続いて二体、三体。

 斬撃が連鎖して火花が散る。


 ——覚えている。

 手が勝手に動く。

 この機体の感覚も、癖も、すべて。


 まるで“元から俺の体”だったかのように。


「レイさん、すごい……!」

 ソフィアの声が震えている。


「アンタ、ほんとに記憶喪失なの……?

 動きが前と変わらないんだけど……!」

 ルーチェも驚愕していた。


「俺にも分からねえよ……でも——!」


 背後から飛び込んできた守護機の刃を身を翻して避け、

 逆に肘打ちで頭部ユニットを粉砕する。


「“体が覚えてる”ってこういうことだろ!」


 その瞬間、光の人影が微笑んだ気がした。


——やっぱり、あなたは帰ってきた。


 守護機の群れが、次の波を形成する。


 黒い影が空を覆う。


 だが、もう怖くなかった。


「さあ、まとめて相手してやるよ……!」


 アークブレイカーの全身が金色に輝き、

 その光は嵐のように広がって——


 次の一撃へと、俺は踏み込んだ。



 踏み込んだ瞬間、アークブレイカーの脚部から金色の粒子が尾を引き、空間が歪んだ。


 常識的な質量じゃありえない加速。

 だが体が拒否しないどころか、むしろ“もっと踏み込め”と要求してくる。


「レイさん、エネルギー出力が限界を越えています……ですが……同期率が安定しています……!」


「まじで化け物みたいな機体だな……こいつ……!」


 見上げれば、守護機の群れ。

 黒い影が、重なり合って巨大な渦を作っている。


 その中心で、一際異質な“核”が赤く脈動していた。


「ルーチェ、あれは……!」


「“統率核機”——ガーディアンの中でも、群れを制御する中枢よ。

 あれを落とさない限り、延々涌いてくるわ……!」


「なら、狙いは決まったな」


 俺は両腕を構え、アークブレイカーの掌に意識を流し込む。


 すると、掌の前に光の粒子が凝集し始めた。


 白金色の球体が、低い唸り声を上げながら膨張していく。


「レイ……まさか、アレを撃つ気なの……?」

 ルーチェの声がひくく揺れる。


「アレ?」


零相崩解砲ゼロ・フェイズブレイカー——通常は起動に最低40%エネルギーが必要なのよ!

 今の残量で撃ったら、機体の稼働が……!」


「大丈夫だ、ルーチェ。

 “行ける”って、この体が言ってる」


「体って……アンタ……!」


「レイさん、発射まであと7秒……!」


 ソフィアの声と同期して、HUDの中央にカウントが表示される。


 7

 6

 5


 守護機たちがカウントに合わせるように突撃してくる。


 黒い波。

 金切り音。

 空間の歪み、ノイズ、圧迫感。


「レイ! 一度かわして距離を取るべきだわ!

 そのまま撃ったら包囲されすぎて——!」


「いや、この距離じゃなきゃ仕留められねえ」


 光球が震え、空間の色が変わった。


 4

 3


「レイ……!」


 光の人影が、俺のすぐそばに立った。


 かすかに触れる肩の温度。


「大丈夫。

 あなたが恐れない限り、私は……アークブレイカーは、あなたを失わない」


 その声が、頭の中にやわらかく響く。


 2

 1


「ゼロ距離で撃つ気!? レイ!!!」


「ソフィア、全周シールド最大展開!」


「了解!!」


 0——


「喰らえッ!!」


 光球が消える。


 いや——


 空間が、消し飛んだ。


 音も、重力も、色も存在しない“穴”が一瞬だけ生まれ、

 守護機の波をまるごと飲み込んでいく。


 零相崩解砲ゼロ・フェイズブレイカー直撃。


 統率核機の赤い光が、一瞬で白に塗りつぶされた。


 閃光。

 そして——静寂。



「……終わった、か?」


 光の欠片が宇宙に漂い、その隙間から遠い星が見えた。


 残骸はどれも黒焦げで、一つも動かない。


「レイさん、敵性反応……ゼロ。

 完全に沈黙しました」


 ソフィアの声が安堵で震えている。


「やりすぎだろ……アンタ……」

 ルーチェは呆れ顔で息を吐いた。


「まあ、助かったけどさ。

 こんな短時間で“フル起動”って……やっぱりアンタ、記憶喪失のフリしてたんじゃないでしょうね?」


「してねえよ。

 というか、俺にも説明してほしいくらいだ」


 俺は胸に手を当てる。


 まだそこに、光の人影の余韻が残っている気がする。


——あなたは、本当に忘れてしまったのね。


 あの声が、かすかに耳の奥で揺れた。


 そのとき、ソフィアが息を呑んだ。


「レイさん……ルーチェさん……新たな反応が……!」


「まさか、またかよ……」


「いえ……これはガーディアンではありません。

 高度なステルスコードを持つ、別種の機体……」


「別種……?」


 その言葉に、ルーチェの表情が一変した。


 驚愕と、焦りと……少しの恐怖。


「……来ちゃった……

 なんでよ……こんなタイミングで……」


「ルーチェ?」


「レイ、ソフィア……聞きなさい。

 あの反応……“私の家”の監視機よ」


 その声は、いつもの荒っぽさとはまるで違っていた。


 どこか、

 育ちの良さがそのまま滲み出たような——透き通った声音。


「家……?」


「そう。

 アンタたちには黙ってたけど……私はね、ただの工房主じゃないのよ」


 ルーチェはゆっくりと立ち上がり、

 アークブレイカーを見上げた。


「この星域で一番“面倒くさい一族”の——令嬢よ」


 次の瞬間、

 ステルスを解いた銀白色の艦影が、工房外の空間に姿を現す。


 その船は明らかに、ただ者ではなかった。

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