第6話 目撃者

現場の焼け落ちた呉服店前には、まだ通りの手前から規制線が張られ、制服警官と鑑識班、消防でごった返していた。焦げた畳の匂い、すすけた看板、瓦礫の隙間から立ちのぼる白い湯気がまだ消えきっていない。倉田は手帳を胸ポケットに入れ、鞄からカメラを取りだして色んな角度から現場の写真を撮った。

周囲には馴染みの報道陣もちらほら。

フラッシュが絶え間なく光るなか、倉田は警官の制止を軽く受け流しながら呉服店裏手の路地裏に入っていった。

現場の裏手にあたる細い通りには、この火事のもらい火で両隣の商店と裏の長屋の一部も焼けてしまっている。

この辺りは民家と小さな商店が肩を寄せ合うように並んでいる。

武蔵小山商店街の歴史は古く昭和12年に武蔵小山商店街商業組合として発足しその後、太平洋戦争などの歴史的困難を乗り越えて今日まで隆盛を続けている。

被害者の秋本氏は長年この武蔵小山商店街の理事を務め、その後は区議会議員も歴任しており、街の名士でもある。

名士だからだといって周りから尊敬されているとはかぎらない。

怨恨という説もぬぐいきれない。


倉田はそんなことを思いながら街を見回りつつ数人の人間に聞き込んでみた。

案の定、名士と言われる秋本氏をよく言う者は少ない。


商店街の理事時代の業者からの賄賂疑惑や愛人問題。

区議時代には区画調整にともなっての土地の買収。

まぁどれも噂の域はでないまでも倉田の想像以上によくなかった。

倉田の思いの中に『怨恨』という線が強くなっていく。


11時過ぎに倉田は呉服店の近くにある中華料理店で昼食を摂る。

注文したラーメン餃子を大急ぎで掻き込み、伝票をもって会計する。

ラーメン餃子を持ってきた店員ではなく、店の女将らしき女性がレジ前に出てきたからだ。


会計をしながら倉田は女将に尋ねる。

「すいません東都新聞の倉田と申します。昨夜の火事のことなんですが」

「怖かったわよ~こんな近くなんだもんね~火が移っちゃったらってね」

「それで・・・お亡くなりなった秋本さんのことなんですが」

「お二人とも亡くなったんでしょ~怖いわねぇ」

倉田の聞き込みがどうやら女将の野次馬魂に火がつけたようだ。

「新聞に殺されたって書いてたもんね!あ、ウチは毎朝でごめんね」

「いえいえ、それより秋本さんが恨まれてるって話を聞いたことって」

「あ~ウチは割りと仲良くさせてもらってたけど、色んな噂もあったしね」


女将の話では秋本氏自身もよく昼過ぎに食べに来たり、3人いる呉服屋の従業員も頻繁に来ていたらしい。

倉田は従業員の1人。村上という男の住所を女将に教えてもらうことに成功する。


「荏原2丁目・・・本郷アパート103」

商店街からほど近い住宅街にそのアパートはあった。

呼び鈴を鳴らすと30代半ばの男が出てきた。

「東都新聞の倉田と申しま・・・」

どうやら先客がいたようだ

中には見知った警視庁の刑事がいる。小野寺だ。

「おい悪いな先にお話し聞かせてもらってんだわ」

小野寺が特徴のあるダミ声で言い放つ

倉田は仕方なしに「すいません。また出直します」と家人に名刺だけ渡して本郷アパートをあとにした。


時間を潰すために、もう一度商店街に戻ろうとしたが倉田はアパート近くの公園でキャッチボールをする子どもに目をやると、そのまま公園のベンチに腰をおろした。


倉田には子どもが居る。

2年前に離婚した際に母親側に引き取られており、離婚調停での取り決めでは月に1度子どもと会う時間を主張したが、仕事の都合でここ半年ほどは会えてなかった。

結婚生活は5年ほどで破綻した。

原因は家庭を顧みず仕事追われる倉田に妻の方が三下り半をつきつけたのである。

妻の実家は大阪の老舗繊維問屋で当初結婚には猛反対だった。

結婚前から同棲を始めており、それを知った妻の父親が倉田のアパートに怒鳴り込んできたこともあった。

しかし妻のお腹に子どもがいるのがわかると父親は人目も憚らず大声で泣きながら倉田の手を握って「ありがとう」と何度も頭を下げた。


しかし今は、たまに用事で電話を掛けても居留守を使われることもあって、お互いに苦手意識が強い。

その息子も今年で小学校3年生。公園でキャッチボールしている子どもと変わらない年頃である。


倉田はカメラのフィルムを交換し、コートのポケットからタバコを取り出して火をつけた。

公園の隅に目をやると自転車にのった男が自転車に乗ったコチラにやってくる。

11月も終わりだというのにトレーナー1枚になぜかマフラーをしている。

男は倉田の座るベンチの隣のベンチの脇に自転車を止めてベントに座った。

寒そうにしながらポケットからタバコを取り出した男と目が合った。


倉田は「寒そうですね」と声を掛けると

男はバツ悪そうに「そうなんですよ、1枚しかないジャンバー汚しちゃって」

倉田は男の自転車の荷台に乗せた箱に目をやる。

「お魚屋さんこの近くなんですか?」

「あぁ商店街とこですけどね」

「じゃあ昨日の火事・・・」

「いやぁ昨日は大将から事前に休み貰って同郷の人間と飲み行ってて」

「いいですねぇ田舎はどちらなんですか?」

「岐阜の関なんですよ」

「おー関の孫六ですね。」

「久しぶりなもんで調子のっちゃって」

男は照れ笑いを見せる。

「じゃあ帰ってきて火事には驚いたでしょう」

「いや、火事が起こるまえには家に帰ってたんですがグースカ寝ちゃってて」

「じゃあサイレンにはビックリしたでしょうね」

男は後頭部を掻きながら首を捻って

「実は全く気づかなくて朝まで寝てたんですよね」

「寝てた?そりゃ凄い。ずいぶん消防車来てたらしいですよ」

倉田は思わず噴き出した。

「それで千鳥足で家に帰る途中に走ってきた奴とぶつかちゃって」

倉田はこの男の言葉に反応する。

「え、どこで?」

真顔になった倉田の顔に男は少し驚きを見せる

「あなたが男とぶつかった場所は?」

語気が荒くなる

「え、いや、たぶんあの火事の着物屋」の裏手の・・・

「時間は?」倉田はまくしたてた。

倉田は『目撃者だ』そう直感した。

「すいません、ちょっとここにいてもらってもいいですか?」

そう男に伝えると本郷アパートにいる小野寺の元に走った!

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