新しい人生
僕が転生した世界は、エリュシオンと呼ばれている。
穏やかで……静かで……そして、かつての世界のような憎しみとは無縁の地。
今の僕は十二歳。
新しい人生はごく普通だ。貴族でもなく、勇者でもない。
ただの一般人として、静かな日々を送っている。
でも……なぜだろう。
この生活が、たまらなく好きなんだ。
穏やかで、温かくて、笑い声に満ちている。
生まれて初めて、恐れのない日々を過ごせている気がした。
※※※
「シン!」
遠くから聞こえた、聞き慣れた声。
振り返ると、自然と笑みがこぼれた。
そこにいたのは、ルシア・ウメザワ――僕の姉だ。
十四歳の彼女は明るく、強く、少しおしゃべりだけど、誰よりも優しくて、いつも僕を守ってくれる。
「お姉ちゃん!」と僕は駆け寄る。
近くまで来て、ふと首をかしげた。
「ねぇ、お姉ちゃん。学院には行かないの?」
ルシアは一瞬黙り、頬をかきながら照れ笑いした。
「えっと……行ってないよ。だって、もう強いし!」
僕は小さく笑った。
「そうなんだね……」
でも心の中では、そっと呟いた。
(「なるほど……でも、僕は前世の力を抑えないと。信じられる誰かを、自分で見つけたい。」)
ルシアは少し首を傾げ、じっと僕を見た。
「シン、どうしたの? まさか……学院に行きたいの?」
答える前に、足音が近づいてきた。
父さんと母さんが笑顔で現れた。
「おお、シン! 学院に入りたいのか!」
そう言ったのは、父――オルネスト・ウメザワ。
強くて頼もしいけれど、いつも優しい父親だ。
母さんが僕の肩を優しく叩いた。
「まぁまぁ、それなら、もっと強くならなきゃね、シン。」
彼女の名はティアラ・ウメザワ。柔らかな笑顔がいつも心を癒してくれる。
僕は大きく頷いた。
「うん、母さん! 頑張るよ!」
父さんは腕をまくり、にやりと笑った。
「よし! なら今から特訓だ!」
「うん!」と僕も答える。
だけど、心の奥で小さく呟いた。
(「……少しは力を隠さなきゃ。怪しまれる。」)
※※※
父さんは僕に何かを差し出した。
それは、少し使い古された木の剣だった。
「ほら、これを使え。」
僕は剣をそっと握った。
懐かしい感触――ずっと昔を思い出す。
「準備はいいか、シン!」と父さんが叫ぶ。
庭の端では、母さんとルシアが僕たちを見守っていた。
ルシアは手を振り、母さんはいつものように優しく微笑んでいる。
僕は深呼吸して目を閉じた。
「準備完了です、父さん!」
父さんが素早く踏み込む。
その動きは鋭く、熟練の戦士そのものだった。
カンッ、カンッ、カンッ!
木剣がぶつかる音が響く。
僕は攻撃を受け止め、後ろに跳び、体をひねって蹴りを放った。
風が走り抜ける。
父さんは受け止めようとしたが、数歩後ろに押し戻された。
彼は立ち上がり、豪快に笑った。
「ハハハ! いいぞ、シン! 本気を見せてみろ!」
僕はしばらく黙っていた。
(「少しだけ……使ってみるか。」)
僕はスキル《存在消失(エクス・ヴェイル)》を発動した。
――ヒュウンッ!
風が渦巻き、僕の姿が一瞬で掻き消える。
「なっ!? どこへ行った!?」父さんが叫ぶ。
僕は彼の目の前に現れ、囁いた。
「ここですよ、父さん。」
父さんは驚き、そしてすぐに笑った。
「ハハハ! なるほど、才能があるな、シン!」
僕は剣を下ろし、小さく微笑んだ。
「今度、知り合いに話してみよう。王立魔法学院の護衛をしてる奴がいるんだ。君のこと、頼んでみるよ。」
目を輝かせた。
「本当、父さん!?」
答える前に、明るい声が割り込んだ。
「お父さん! 私も学院に行きたいー!」とルシアが走ってきた。
父さんは眉を上げる。
「え? 行かないって言ってただろ?」
ルシアは頬を膨らませた。
「あれは昔の話! 今は違うの!」
父さんは苦笑いした。
「はいはい、まったく元気な娘だな。」
母さんはただ優しく微笑み、その光景を見つめていた。
その目には、家族の幸せを見守る静かな喜びが宿っていた。
僕はみんなを見渡した。
胸の奥が温かくなった。
――ああ、これが、本当の「家族」なんだ。
※※※
数週間後――
僕とルシアは、ついにエリュシオン魔法学院に入学した。
父さんの知り合い、王立学院の護衛官の推薦のおかげだった。
学院の門前には、信じられないほど多くの人が集まっていた。
各地から集まった生徒たちの笑い声と足音が、春の風に溶けていく。
柔らかな風が僕の黒髪を揺らす。
壮大な校舎を見上げ、胸の鼓動が高鳴った。
――久しぶりに、緊張している。
「シン、早く!」とルシアが前で手を振る。
「うん!」と答え、駆け寄る。
受付には若い女性が座っており、笑顔で言った。
「では、こちらに手を置いてください。魔法属性を調べますね。」
僕は水晶のような大きなクリスタルを見つめた。
(「そういえば、前の世界ではこんな測定、なかったな……」)
ゆっくりと手を置く。
――瞬間、強い光が走った。
けれど、その内部に浮かんだ魔法紋は……『??????????』。
その場が凍りつく。
誰もが僕を見つめていた。
「な、なんだ今のは!?」
「記録が壊れたのか!?」
「あんな表示、初めて見たぞ!」
僕はただクリスタルを見つめたまま呟く。
「これが……僕の魔法、ですか?」
受付の女性が慌てて叫んだ。
「えっ!? それ聞くの!? つまり……あなた、魔法属性が“ない”のよ!」
(「は? 属性なし? そんなこと……あるのか?」)
ルシアが不安そうに僕を見た。
僕は静かに笑って言った。
「大丈夫、お姉ちゃん。きっと、これにも意味がある。」
※※※
結局、僕は「無属性」組として、後ろのクラスに配属された。
そこは、弱い魔法使いや落ちこぼれが集まる場所だった。
教室の最後列に座ると、いくつもの視線が刺さる。
嘲り、好奇心、無関心。
どれも、よく知っている感情だ。
そのとき、足音が近づいた。
金髪の少年が立ちはだかり、挑発的に笑った。
「おい、お前……魔法属性、ないんだって?」
僕は静かに答えた。
「うん、そうだよ。」
少年は鼻で笑った。
「へっ……平民のくせに生意気だな。俺と勝負しろよ!」
教室中の視線が一斉に集まった。
空気が、張り詰める。
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