第11話 明日からの弁当は私が作ります!
私はその言葉を聞いて、自分がどれだけ無神経で最低で彼女の地雷を踏みまくっていたか理解した。
口にした事の悍ましさを理解し、もはや喉がつっかえを感じて吐き気を感じさえした。
これに故意である無しは関係ない。
……誠心誠意を込めて謝らないといけない。
友達を失わないために、唯一の私とお話ししてくれる彼女を傷つけたことに対する謝罪をしなければならない。
「あっ、やば。言い過ぎた――」
箸を持つ手が勝手に震えていた。
私はそれを振り落とすようにして地面へと落とす。
ブロッコリーと箸が乾いた音を立てて転がり、芝生に沈んだ。
そして立ち上がって、速やかに深く頭を下げる。
視界が揺れて、足元の地面しか見えない。
「ご、ごめんなさい!! 本当に、そんなつもりじゃなくて――!」
「……だいじょうぶだよ」
月宮さんは困ったように笑い、手をひらひらと振る。
「全然、本当に気にしてないから。お願い、席に戻って。ね?」
その声は穏やかで、でもどこか無理をしているように感じた。
私は喉が詰まったまま、ようやく言葉を絞り出す。
「私が恵まれてるばっかりに、こんな言葉が出てしまいました。だけど!友達を辞めたいわけじゃなくてっ!……その、これからはなんでも言う事を聞きますし、もし他に何か欲しい物があるならお金でも何でも――」
……焦りに任せて出た言葉は、自分でも何を言っているのか分からないほど滅茶苦茶だった。
そんな私の口走りを遮るように、月宮さんの視線がふと周囲を巡った。
昼休みのガヤガヤ、風の音、虫の鳴き声
「――あぁもう!」
誰もこちらを見ていないことを確認すると、彼女はすぐに私の手首を掴んだ。
次の瞬間、ぐいと体を引き寄せられる、隣に力づくで座らされた。
反射的に息が止まり、彼女の横顔が間近に迫った。
香水ではない、シャンプーの柔らかな香りが一瞬だけ鼻をかすめる。
そして――
月宮さんの右手のひらが、私の唇をそっと覆った。
「何でも言うことを聞くんだったら、今すぐ一回その口を閉じて」
時間が止まったみたいに、ほんの数秒の沈黙が続く。
彼女の言葉には『これ以上は止めて』という確かな圧があった。
そして月宮さんの指先が、私の呼吸に合わせてわずかに動く。
息を吸うたびに、その体温が私の唇を撫でた。
「…………」
「落ち着いた? 落ち着いたんだったらそのまま一度頷いて。確認したら手を離すから」
言葉の柔らかさに包まれて、私は静かに頷いた。
すると彼女はゆっくりと手を離す。
空気が頬を撫で、私は俯いたまま、唇に残る温もりを消すように小さく息を吐いた。
「はぁ……茜ちゃん」
月宮さんは深く息をつき、少し笑う。
「私は別に怒ってないから」
「…………すみません、でした」
「確かに、無理やり野菜を食べさせられそうになったのは、ちょっとだけイラッとしたけどね」
彼女はわざと肩をすくめて見せる。
「でも、それで友達を辞めたりするほど、私達の関係を浅くするつもりはないよ」
その言葉に胸がじんと熱くなる。
……ここで何も言わないのは違う。
無理やりでも会話を取り繕わなければいけない。
そう考えて、何か言葉を返そうとした瞬間、彼女の両手が私の頬に触れた。
「えっ」
驚く暇もなく、指先が私の頬をぐにっと押し、横に伸ばす。
ほんの少し痛くて、でもその痛みも別に悪くないと思ってしまった。
「笑顔になって」
彼女の声は、さっきよりもずっと柔らかい。
「……はい」
仕方なく、頬の筋肉を引きつらせて無理やり笑顔を作る。
月宮さんはふっと、今度は本物の笑顔を浮かべた。
「まだ罪悪感とか感じてるの?キスの時より、よっぽど反省しちゃってるじゃん」
「…………それはまぁ、話題を出したときに、月宮さんの雰囲気が別物に変わったので」
「あ〜……酷いなぁ、私」
ぽつりとそう言い、月宮さんは自分の両頬を両手でぐに、と抓った。
「なっ……!」
「気にしないで気にしないで。ちょっと心を入れ替える作業をしただけだから」
そう言って月宮さんはそのまま、私が落とした箸を拾い上げ、指先でそっと埃を払った。
そして、その箸でブロッコリーをつまみ上げる。
「ほんと、野菜って不味そうなシルエットしてるよね」
冗談めかした口調のまま、彼女はそれを口へと放り込む。
「待ってください!それだけは……」
月宮さんは私の制止を聞かず、そのまま目を瞑り、顔を不味そうに咀嚼しながら、無理やりお腹に押し込むように飲み込んだ。
「ふぅ……やっぱり美味しくないなぁ」
「どうして地面に落ちた物を食べたりするんですか。……体を壊しちゃいますよ」
「だってこのままじゃ会話する時に野菜がNGワード入りしそうじゃん。でも、そんなのって馬鹿げてるよね」
「…………」
「茜ちゃんは私を心配して、ここまで言ってくれたんだし、とりあえずはちょっとずつ食べていってみるよ」
そう言って月宮さんは笑ってくれた。
……本当に何をやっているんだろう、私は。
自分で撒いた災厄の種だというのに、それの処理を全部月宮さんにやらせて、もうこの話はこれでお終いムードである。
私は結局全て彼女頼りで、月宮さんが側にいなければ、外をまともに拝むことも許されない人間だ。
いまこの瞬間、それを再確認できた気がする。
久しぶりに自己嫌悪でどうにかなりそ――
「隙あり!」
「えっ」
反射する間もなく体ごと包まれた。
月宮さんの腕が私の背に絡みつく。
……私が思考に耽り脳内反省会をしている最中に、月宮さんがいつの間にか抱きついてきていた。
「やっぱり暖かいね。ちょうどいい温度してる」
囁くように言って、彼女はほんの少しだけ顔を擦り寄せてきた。
「ここだと目立っちゃうから、長く抱きつけないのが残念かも」
「あ、あの……どうして、いきなり……」
月宮さんは私の質問を無視した後、軽く身体を離し、まるで何事もなかったように制服の裾を整える。
「ねぇ、こんな事に一々思い悩んでたら、私と友達関係なんて続かないよ?」
「……うっ……」
「やっぱり罰とかあった方が心とか晴れたりする?」
「……たぶん、その方が後腐れなく付き合っていけると思います」
「へ〜、そうなんだ。なら罰を考えてあげよっかなぁ」
彼女は人差し指を唇に当て首を傾げた。
考えるふりをしているのに、その瞳にはもう答えを見つけたような光がある。
そして次の瞬間、いたずらを企む子どものように口角を上げた。
「そうだ!明日からのお弁当、毎日茜ちゃんが作ってきてよっ!」
「うぇ?!」
「だって、茜ちゃんは私の食生活を心配してくれたんでしょ? だったら監視も兼ねて、毎日作ってくれれば安心じゃん」
軽く笑いながら、彼女は頬杖をついた。
「でも野菜を入れるなら、ちゃんと美味しく食べられる工夫してね? そうじゃないと、学校行くの嫌になっちゃうかも」
――その言葉、その提案はまさに天啓であった。
私が月宮さんの弁当を作るのが贖罪になる。
それで喜んでくれるなら、是非もない。
そして今回は失敗してしまったけど、月宮さんには無理やり野菜を食べさせるのではなく、徐々に食生活を私の手でコントロールしする。
そうやって月宮さんの、未来の健康を繋いでいけば良いのだ。
うん。
ありだ。
彼女の食費分も、私のお小遣いから算出すればお母さんに怒られたりもしないだろう。
自分のお小遣いを彼女に直接渡して謝罪とするのではなく、こういう使い道ならば、私も喜んでやれるというもの。
「――って、これちなみに全部冗談だからガチで間に受けないでね。友達に弁当作らせるなんてマジでありえないから。というわけで別のに……」
月宮さんはそう言いながら、スカートのポケットから細長い黒い布を取り出した。
はちまきのようにも包帯のようにも見えるそれは、彼女の指先でくるりと揺れる。
けれど私の目はもうそこを見ていなかった。
私は咄嗟に、彼女の左手を両手で包み込んだ。
「いえ、私が月宮さんの弁当を作ります! というか作らせて下さい!」
「え?」
「その罰なら私もスッキリできる気がするんです。お願いします!」
勢い任せに、私は彼女の手を掴んだまま深々と頭を下げた。
昼下がりの空気が、やけに静かに感じられる。
「……なんで私がお願いされる側になってるの?」
「私には他に出来る事なんてありません! だからっ……」
「茜ちゃんがそれで納得するなら……う〜ん、別にいいけど、そうなると昨日した約束とか無駄になっちゃうね。無駄になって良い話なんだけどさ」
「約束?」
「一週間学校をサボったら許さないってやつ。毎日作ってきてくれるんだったら、学校サボったり退学したりしないでしょ?」
「あ〜……」
……痛いところを突かれた。
別に私が弁当を毎日作るのは良い。
だが、そうなると渡し方が問題となる。
何故ならば月宮さんに弁当を渡すには、必然的に学校に登校して、直接彼女に弁当を渡さなければならないからだ。
私は彼女の家なんて知らないし、まず友達といえどVtuberがファンに自身の住所を教えたりはしないだろうから、家に直接行って渡すというのも不可能だ。
そして私が退学して学生じゃなくなれば、必然的に学校に入れるわけもないので、弁当を渡せなくなる。
……難しい問題だ。
だけど――!
「まぁ、私は退学を諦める気はありませんけど」
きっとどこかに抜け道はあるはずだ。
今、パッと思いつくものだと、駅前で行ってそこで渡すとかになるが、おそらくこれ以外にも方法ある。
だから弁当の件は追々考えていけばいいけど……
「は? …………聞き間違いかな?」
彼女の笑っていた目が細まり、周囲の空気が一気に張り詰めた。
私はこの変化を即座に感じ取り、反射的に両手で自分の口を押さえた。
……ま、まずい。
弁当をどう渡すかアレコレ考えていたせいで、つい口が滑ってしまった。
「いま、退学を諦めないってはっきり言ったよね?」
「言ってません」
食い気味に答えた。
自分でも驚くほど速く。
月宮さんは口角を僅かに上げ笑みを見せるが、目だけは笑っていなかった。
「じゃあなんて言ったの? 教えてよ」
「いやいやいや……」
……考えろ私。
打開策はあるはずだ。
ここで退学を諦めてない事を心の内に入れられてしまえば、これから月宮さんは弁当以外の方法で、私を学校に縛りつけようとしてくるかもしれない。
そうなると私は、本当に三年間を学校などという最低な環境で過ごす羽目になる。
だから考えるんだ私。
言い訳を……
そんな事を思考してる最中、ふと月宮さんが持っていた長くて黒い布が目に映った。
「その……黒いやつは何をするために、手に持ってるんですか?」
「え?」
月宮さんは瞬きを一つして、握っている黒布に視線を落とした。
細い指の間で布がかすかに揺れる。
「あぁ、これね。この布はいつでも茜ちゃんの眼を塞いで私の言うことを聞かせるために、昨日ダ◯ソーで買ってきた物だよ」
「は、はぁあああああああああっ?!?!」
「夏になると制服もしっかり夏用に変わるし、そうなるとネクタイも使わなくなるから、持ってこないしね」
「ま、待って下さい。普通に言ってること最低ですからね? 昨日アレだけやったのに、まだ懲りてないんですか!」
「だって面白いし。こんなの利用しないと損じゃん」
「いや、でも………………」
---
そうやって、やんのやんのと騒いでいるうちに、昼休みは終わった。
会話を逸らす事に集中したせいで、またもや昼食を摂ることはできなかったけど、その成果もあってなんとか話題を逸らせたはずだ。
貰った弁当は後で帰りにどこかで食べようと思う。
「――茜ちゃんが必死に話を逸らそうとしてるのが面白かったから、それに乗ってあげただけ」
「え?」
「私は今日のこと忘れてないし、忘れるつもりはないよ?」
「………………は、ははは」
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