第9話 ご飯はしっかり食べましょう
現在の時間は、四時間目の国語。
教室の空気は昼前特有のぬるい眠気で満ち、チョークの音と紙をめくる音だけが規則的に響いていた。
私は教科書でスマホを隠し、片耳イヤホンで授業を受けながら先生の話を聞く。
言ってなんだけど授業を受けるとなったら、体育の時間を除いて基本的にこのスタンスだ。
先生の授業なんてまともに聞くだけ無駄だ。
ちなみにYouTu◯eで見ている動画は、もちろんシオンちゃんの配信アーカイブである。
本当に申し訳ないと思うけど、流石に夜中の0時以降まで彼女の配信を見続けることはできない、健康は大事だから。
なので残りは次の日に持ち越すのだ。
「二日後からは中間テストだぞ〜。駅前で遊んだりせずに、真っすぐ帰って勉強しろよ〜」
教師の気の抜けた声が教室を流れ、同時にチャイムが鳴る。
だらだらとした時間が終わった。
「うちの高校、赤点取ったら夏休み消えるらしい」
「マジかよ、他校は数日で済むって聞いたのに、ここそんなに厳しいのかよ」
「補習に付き合う先生はどんだけ暇なんだよ……」
あちこちから、愚痴とも悲鳴ともつかない声が湧き上がる。
そういえばもうそんな時期なんだ。
まぁ私は先生の話は聞いてないけど、勉強はバッチリなので問題ない。
ふと視線を横にずらすと、ロッカーの前で月宮さんが立っていた。
何人かの女子が彼女の周りを囲み、昼休みの空気にふさわしい軽い笑い声が弾ける。
「ご飯食べよ〜?」
「あっ、ごめん。先約がいるから、またあとで話そ〜」
その一言を残して、月宮さんは軽やかに周囲の友人達と思われる人達に手を振った。
手に小さなレジ袋を持ちながら、笑顔の余韻を残したまま、彼女は真っすぐこちらへ向かってくる。
私はスマホを机の中にしまいながら、少し早口で言った。
「友達の誘いを断って良かったんですか? いつも一緒に食べてるような感じがしましたけど」
「別にいいよ。ここのクラスは小学校から関わってる人が1/4くらいだし、ちょっと誘い断った程度で疎まれたりはしないかな」
あっ、そういう感じなんだ、ここ。
どうりで入学当初からみんな仲良く見えて、私は凄く疎外感を感じたわけだ。
……私は同じ中学の人がいない事を確認してこの学校を選んだので、疎外感云々は関係ないし考えたって意味ないけど。
「それに茜ちゃんは私が他の子を優先するの、嫌だもんね?」
「私は嫌なんて一言も言ってません」
「またまた〜」
悪戯っぽく笑いながら、月宮さんは私の手を引いた。
座っていた椅子がギィと鳴り、引きずられるように立ち上がる。
「一緒に弁当食べるんでしょ、場所はどうする?」
「他人に話しかけられないのなら、どこでもいいですよ」
そして鞄から弁当袋を取り出し、彼女の少し後ろを歩いてついてく。
月宮さんはスカートの裾を軽く揺らしながら、迷いなく廊下を進んでいった。
「じゃあ、中庭で食べよっか」
「えー……」
「今、どこでもいいって言ってたばかりなのに、なんで嫌そうなの」
「だって日焼けしそうですし、外から丸見えになっちゃいますし……」
「パラソル付きのガーデンテーブルだから大丈夫。早く席を取らないとすぐに埋まっちゃうから、もう少し急ご」
……まぁ、隣に月宮さんがいるなら別に良いかな。
彼女がいてくれるだけで、別にストレス面だけで言えばだいぶマシになるし。
「はいはい」
わざと気怠げに返しながらも、足取りは自然と速くなっていた。
---
昼の風が通り抜ける中庭。
鳥の鳴き声ゆるやかに響き、パラソルの影が芝の上に丸く落ちていた。
まだ誰も座っていないテーブルを見つけ、私と月宮さんは隣同士に腰を下ろす。
木製の椅子が小さく軋んだ音を立てた。
四人掛けのテーブルの反対側――私はそこに自分の弁当袋を置いて、さりげなく場所を塞ぐ。
他人が座る隙を与えたくなかった。
この昼の時間を、誰かに割り込まれるのは嫌だったから。
「おー、ちゃんとした弁当箱してるね。ちょっと中身見せてよ」
「まぁ良いですけど」
私は膝の上に弁当を置き、指先で蓋を外した。
途端にふわりと、油と焼き魚の香りが風に混じって広がる。
まず一個目の箱には、海苔をぴったりと貼りつけた白ごはん。
そして2個目のおかずが入っている箱には、まぁ無難に卵焼き・厚揚げ・ウインナー・鮭・ブロッコリー・ミニトマト……それと、私の大好きな漬物であるたくあんが少々と言ったところだ。
「……なんか、凄く美味しそう」
まるで見慣れない景色を見るように、月宮さんが小さく息をのんだ。
さらに彼女は袋から割り箸を取り出し、パキッと小気味良く割る。
って……
「割り箸……?」
「茜ちゃん、ウインナーと卵焼き、一個ずつ貰っても良い?」
「え、あっはい。それは良いんですけど、月宮さんの弁当は?」
「もちろんあるよ!」
そう言って、月宮さんが胸を張るように取り出したのは――コンビニのロゴが印刷された白いパッケージ。
中身はどこかで見たことのある「お肉たっぷり弁当」だった。
「私のはこれ!」
「…………」
……なるほど、コンビニ弁当か。
高校に入ってすぐ引きこもっていた私には、他人の昼食事情なんてほとんど未知の世界だ。
同い年の子たちって、こういうのを普通に食べてるのかな……?
もしくは時々“手作り弁当の日”を挟む、みたいな感じなんだろうか?
……いや、わからない。
想像もつかない。
「今日はもしかして時間が無かったから、コンビニ弁当で済ませた、とかですか?」
「? 私は毎日、昼食も夕飯もコンビニ弁当だけど」
「ま、毎日コンビニ弁当?!」
頭の中で何かがバチンと音を立てて弾けた。
彼女の発言は想像の斜め上どころか、もう天井を突き破って宇宙まで行った気分だった。
ヤバすぎる。
というか、心配すぎる。
そんな生活を続けてたら絶対どこかで倒れるはずだ。
たぶん普通に栄養が足りなくて終わると思う。
しかも、もし月宮さんが体調を崩したら――100%シオンちゃんの配信にも影響が出るはず。
いや、それは困る。
全人類が悲しむし、私も悲しむ。
だから、ここは……できることなら……
――うん、めちゃくちゃ口出ししたい。
全力で「野菜を食べてください」と言いたい。
でも、それを言った瞬間、なんか“お母さんムーブ”っぽくなる気もするし……。
うぅ……難しい。
この歪な食生活は、Vtuberとしての生活リズムのせいだろうか?
今は若いからアレだけど、夜遅くまで活動して、朝や10分休憩は友達達と話しながら学校で寝て、食べ物の栄養は偏ってて……そんなループを続けてると、食生活と睡眠不足の酷さから、いずれ健康に支障が――
「どうかしたの?」
顔を横に向けた瞬間、視界いっぱいに月宮さんの瞳があった。
息を呑むほど近い。
まつ毛の先が揺れて、頬の温度まで伝わってくる気がした。
……どうやら私は、思った以上に考え込んでいたらしい。
「えっと、その……」
一瞬、迷った。
でも、言わずにはいられなかった。
「月宮さん、弁当を交換しましょう!」
次の瞬間、私の身体は勝手に動いていた。
月宮さんの手元にあったプラスチックの弁当箱を奪うように取り上げ、自分の手作り弁当を押しつける。
「いきなり強引だね。それ、ただのコンビニ弁当だから、別にそんな変わった味とかしないと思うけど?」
「……別にコンビニ弁当なんかに、1ミリも唆られてませんよ。ただ月宮さんには私の作った弁当を食べてもらいたいなって思っただけです」
……というのは半分嘘だ。
彼女にはこう言ってしまったせいで、料理が出来る自慢をしてしまったように思えるかもしれないが、そういうわけじゃない。
私は人に料理を振る舞おうって思えるほど、自分の技術に自信があるわけではない。
それでも人並みに出来るとは自分で思ってるし、月宮さんに偏食生活をさせて、いつか来るかもしれない体調不良の心配をしなきゃいけないくらいなら、普通にこっちで食事を提供して健康を維持してあげたいな……と思っただけである。
でも、そんな裏事情なんて説明できるはずもなくて、代わりに口をついて出たのは中途半端な見栄のような言葉だ。
「え〜凄い!! このお弁当、自分で作ったんだね!」
「まぁ……普段、家の家事は私がしてますから、これくらいは出来て当然みたいなところはあります……」
「自作って分かってたら、茜ちゃんを操ってでも弁当を奪ってたよ!」
「それは本当にやめて下さい」
そう返した直後、月宮さんの顔が――まるで陽だまりを閉じ込めたみたいに輝いた。
瞳まできらきらして、まっすぐに弁当を見ている。
……重いな、プレッシャー。
家族以外に食べて貰うのが初めてなので、少しだけ胃がキリキリする。
もし相手が彼女以外だったら、普通にこの場から逃げ出しているくらい、ちょっと精神的にキツいかもしれない。
「弁当を交換してきたのはそっちなんだし、遠慮なく貰うけどいいよね?」
「はい……ど、どうぞ」
私は緊張しすぎて顔が若干精気が抜けるくらい力を抜かした状態で、彼女が食べ始めるのを見守っていた。
彼女がどんな反応をするのかが大事なので、私の弁当となった肉弁は二の次である。
月宮さんに不味い、これ以上食べれた物じゃないなんて言われた日には、不登校のラインを飛び越えて自◯したくなるだろう。
――そして箸を取る月宮さんの手の動きを、私は息を止めて見守る。
彼女はまず、卵焼きをひと口。
次にウインナー。
それから、海苔ごはんを箸でつまみ、噛んで――静かに飲み込む。
もはや、世界が止まったのように錯覚する瞬間だった。
自分の心境ながら馬鹿馬鹿しく思えてくるほどだ。
……やがて月宮さんは箸を置き、私の方をまっすぐ見た。
「美味しいよ、茜ちゃん!」
胸の奥が、どくん、と跳ねる。
「今まで食べたどんな料理よりも美味しい! ……なんというか、ちゃんと心のある人が、丁寧に作ったって味がする。毎日食べたいって思えるくらい良かった!」
その言葉と同時に、彼女が両手で私の手を包み込んできた。
……いや、大丈夫だ。
私はこんな褒め言葉で驕ったりしない。
月宮さんは私のメンタルが豆腐なのは承知で、私の今の感情を汲み取ってこう言ってくれてる可能性はあるのだ。
だから得意げになってはいけない……けど。
「あっ、茜ちゃん?!」
「その言葉を聞けて……私は本望です」
私は風に吹かれる塵のように、テーブルに自分の体を預けて倒れ込んだ。
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