第3話 罪と退学への決意
いや、もう朝でやらかした事の何もかもが酷かった。
……本当になんだ?私はなんでキスをした????
どうして勢いに任せて、何もかも滅茶苦茶にしたのか!!!!!――と私は自身に問いたい。
朝のHR終わりから私は、脳内反省会モード全開である。
今考えても凄いのだが、よく私は流れに身を任せて、あんな真似をやった上に、まぁまぁ悪くないオチをつけて月宮さんを自分の席に戻せたものだと思う。
とはいえ、この安寧が一時的なものでしかない可能性はとても高い。
私は彼女を刺激しないよう、クラス内から姿を消すのが、一番賢い選択のように思える。
それにしても、本当に私は最低でどうしようもない悪人だ。
やっている事はストーカーのファンが、アイドルに対して犯罪行為を行っているのと何ら変わらない。
「だけどキスは割と良かったんですよねぇ……」
またああいう機会あったら、無理矢理月宮さんに対してやっても良いと思えるくらいには、気持ち良かった。
とはいえ絶対にやらないし、どうせならシオンちゃん相手にやりたい。
というか――!
「いえ、でも! アレは私、そこまで悪くなくないですか!!?」
私は天を見上げながら言う。
「どうですか神様?!私は被害者ですよね!!!」
……そうだ!
私は被害者なのだ!
アレはどう考えても、月宮さんもだいぶ悪かった!
彼女は自分の声を使って私を操り、リアルの女の子に告白をさせるという、悪戯で済ませられないレベルの事をやらかしてくれたのだ。
もしも周りにクラスメイト達がいて、それが理由で私が退学する可能性があると考えてみてほしい。
退学後はきっと、その事で10年後までネタにされ、私は家から全く出ることが叶わない、ニートになるのが目に見えているというものだろう。
ならもう、そっちがそういう事をしてくるなら、こっちも倍々の百倍返しするしか無いと考えるのも当然だと思う。
月宮さんがあの洗脳スレスレのヤバすぎる事をするのなら、こっちは貴女を天野シオンちゃんとして見て、性的に消費しますよ――という話になるのである。
「それにしても、今考えても最推しがうちの同級生で、しかも出会いがフェスで偶然ぶつかったのが始まりとか、あまりに色々と狂い過ぎてます!!」
…………なので私は悪くない。
絶対に諸々含めても私は悪くない。
……悪くないとは思ってるけど、私のやってる事も世間一般的には、当然ラインを大きく飛び越えているわけである、
そういう思いもあって、朝のHR終わりから私は完璧に月宮さんと距離をとっている。
10分休憩になったら即教室から逃げ出し、トイレへ駆け込むという戦法で、なんとか月宮さんと話す機会を作らずに済んだ。
でも、こんな事をやっていても普通に考えたら、月宮さんが教師にキスの事をチクるだけで、私の学校生活は終了するはずだ。
別に学校生活が終わったところで、問題は無い。
……犯罪者として牢に送られなければ、本当に学校を辞める事になっても痛くはない。
退学後は私は家で家事をしながら、シオンちゃんのガチ恋を続けるだけだから。
だけどそういう状況になる気配は今のところない。
先生達が私に近づき、私を連行する気配がないのである。
私が月宮さんにキスをする直前、月宮さんは嫌がるように体を震わせていたので、普通に即通報されても全く違和感がないのだが……
「まぁ悪運が強いのは良い事なので、この状況に感謝するとしましょう」
スマホを開くと5時間目の開始の、5分前となっていた。
天野シオンちゃんは大好きだし、帰宅後もしっかり応援は続けるけど、今月宮さんと対面する度胸は私には無い。
彼女と対面して『実はシオンちゃんを自分だけの物にしたくて、性的に襲ってしまいました。すみません』――なんて、絶対に口が裂けても言いたくないし、謝罪したくない。
それをするくらいなら、退学してSNSも消して、世界からフェードアウトした方がまだマシに思えて来るのは、私だけだろうか?
――という色々理由が込み込みのアレが関係して、私は時間を見ながら、秒単位で行動を計算した。
誰にも話しかけられず、誰の視線にも引っかからないように。
そうしてまるで影のように教室へ戻る。
椅子に腰を下ろした瞬間、チャイムが鳴った。
まるで私の着席を合図に鳴り出したかのような、完璧なタイミングだった。
息を詰めていた胸がようやく解かれる。
これは時間ギリギリというより、もはや神業の領域だろう。
やがて、終業のチャイムが鳴る。
私は即座にペンをしまい、ノートを閉じ、鞄のチャックを引いた。
その手際はもはや逃走犯のようだと、自嘲気味に思う。
とりあえずは一秒でも長くここにいたくない。
足音を忍ばせ、気配を消し、出口まで一直線――。
だが、運命は往々にして無慈悲だった。
「藤崎さん、一緒に帰らない?」
背後からかけられた声に、心臓が一瞬で跳ね上がった。
……誰、だっけ。
朝、適当に相槌を打っていた誰かだったと思うけど。
顔は分かるが、名前が出てこない。
脳裏を掻き回すような焦りを押し殺し、私は作り笑いを浮かべた。
「ご、ごめんなさい! 今日はすぐに帰って……病院に行かないといけなくて」
口が勝手に動いた。
咄嗟に出た言い訳にしては、なかなかの出来だと思う。
そして、ほんの気の迷いで月宮さんの方を見てしまった。
――彼女は、こちらを見ていた。
その瞳の奥に何が映っているのか、読み取れない。
でも確実に「見られている」というだけで、胸の警報が鳴った。
……気まずい。
この空気、耐えられない。
「あ〜、朝に言ってたね。じゃあまた明日!」
名も知らぬ女の子の軽い声が、まるで救いの手綱のように響いた。
その瞬間、私は深く頭を下げて逃げ出した。
教室を出てからは、もう記憶が曖昧だ。
廊下を駆け抜け、階段を飛び降り、玄関で靴を履き替え、校舎を飛び出す。
背後に誰かの気配を感じた気もしたが、振り返らなかった。
ただ、逃げるように駅へ向かって走り続けた。
---
日が傾く夕方16時10分。
「ふぅ……ここまで走れば安心ですね」
ここは駅のバス停。
私はベンチに座り、バスが来るのを待っていた。
ターミナル駅なので人通りはありえないほど多い。
つまり月宮さんが私を探し出すことなど、絶対に無理なのだ。
「いや〜、今日は色々ありました」
座る前に買っていた水のペットボトルを取り出し、それを飲みながら呟く。
「もうやってしまった事は仕方ありませんが、性犯罪者として捕まらない事を、神様に祈るばかりです」
ペットボトルを持ちながら、両手を合わせて適当にお祈りする。
……今日は本当に酷かった。
月宮さんに学校へ行くよう嵌められたばかりか、もうまともに登校できるレベルを超えてしまっている。
明日から普通の顔して学校に行くなど、無理な話だろう。
そんなことを考えている間に、バスが来た。
今日は時間よりも早い。
やっぱり悪運だけは強いらしい。
これに乗ってしまえば私の勝ちだ。
バスから降りる人が全員降りて、乗車用の扉が開く。
最後の天国への扉——。
その扉が開いた瞬間、私は一つの完璧な答えを導き出した。
「よし!、帰ったらお母さんに退学の相談をするとしましょう! 決まりです!!!」
私はもう絶対にブレない。
学校を辞めて中卒になることに恐怖しない。
これからはニートライフを存分に満喫するのだ。
明日から絶対に学校なんか行ってやるものか。
ついでに月宮さんの連絡先をブロックすれば、大人気Vtuberと一般通過ガチ恋オタクという関係に元通りだ。
問題は、唯一の友達を失うことになることだけど、相手は実はシオンちゃんだったのだ。
もはや友人扱いしていい相手じゃない。
余裕でぶっちぎりの天上人で、私は地を這いずる蟻だ。
そう思えば、泣き喚くでもなく自然と現状を受け入れられるというもの。
私が一切関与しない月宮さんの人生に、光があることを祈るばかりである。
そう息巻いて立ち上がり——一歩踏み出そうとした瞬間だった。
突然、視界が暗闇に落ちた。
そして耳元で、囁くような声が聞こえてきた。
「
「…………はい」
言われた通りに元の位置へと座り、そしてバスは私だけを置いて出発した。
……どうやら私だけ地獄行きになるらしい。
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