4-6
ペイトリオン教授の合図と共に、コレットが先手を取った。
「
5つの赤い炎の球が、私たちに向かって飛んでくる。
「パメラ!」
次の瞬間、私の視界が揺れた。
「きゃっ!?」
気づけば、アトレイン様に抱き上げられていた。
なんとお姫様抱っこで!
「え、ちょ、アトレイン様!?」
「パメラは軽いな。軽すぎて心配になる」
殿下が舞うように跳躍する。
私を抱いているのに、まるで重さを感じさせない動きだ。
ドォンッ!
さっきまで私たちがいた場所に、
「す、すごい……」
「まだだ」
アトレイン様が着地すると同時に、レイオンが駆けてくる。
その手には、赤く輝く炎の魔法剣が握られていた。
「殿下! 手加減はしませんよ!」
レイオンは剣の腕が立つ。接近させたら危険だ。
私は殿下に抱かれたまま、必死に
「
レイオンとの間に、炎の壁が立ち上がる。
「くっ……!」
レイオンが足を止めた、その時。
「行け」
アトレイン様が
足元から、5匹の
赤、青、茶、白、黄――5色のスライムたちが、ぷるぷると身体を震わせながらレイオンに向かって跳ねていく。
「なっ……!?」
レイオンの足に、スライムたちがぺたぺたとしがみついた。
か、可愛い。
「おっと、殿下のスライムを足蹴になんてできない……!」
レイオンが困った顔をしてスライムたちを撫でている。
なんだかんだ言って忠臣なんだ。
「よーし、よしよし。よしよし」
「レイオン様、何スライムと戯れてるのーっ!
コレットの苛立ちの声が響く。
次の瞬間――私の
闇属性の魔法だ。
虚空に開いた黒い穴が、私の炎の壁を吸い込んでいく。
それを見て、レイオンは仕事を思い出したように
名残惜しそうにレイオンの手に纏わりつくスライムたち。
そんな場合じゃないけど、なんか和んじゃう。
「パメラ。目を閉じて」
「あっ。承知しました!」
アトレイン様に言われて目を閉じると、彼の声が凛と響いた。
「
直後、彼の
「うわ、眩しいっ」
「上級魔法……!」
観客が騒ぐ声とコレットの驚愕の声が聞こえて、3秒ほど経ってからアトレイン様は私を地面に降ろした。
「パメラ、目はもう開けても大丈夫だ。あと、その顔はキスしたくなるから俺以外の前ではしないように」
「どんな顔?」
目を開けると、
「さすがですね、アトレイン様」
「……! ありがとう」
素直な感嘆の呟きを零すと、アトレイン様は耳を赤くして目を逸らした。そして、こほんと咳払いすると私に背を向け、駆けだした。
「ここで待っていてくれ」
言った直後にはかなりの距離ができている。
は、速い。
尋常じゃないほど速い。
魔力で筋力を増強してる……!
白銀の髪が、疾風のようになびく。
ブレザーの上に羽織ったローブが、風を切って舞う。
「きゃっ!」
瞬きする暇もなく、コレットが悲鳴を上げて地面に倒れ込む。
「――
アトレイン様は立ったまま、倒れたコレットを見下ろし、作業的に
すると、レイオンの足にしがみついていた
「え、う、うわ……!」
コレットが起き上がろうとするが、スライムたちが身体の上に乗って、しっかりと動きを封じる。
アトレイン様がコレットを見下ろした。
その瞳はよく見えないが、声は氷の刃のように底冷えする響きを伴っていた。
「セレスティンに聞いたが、あなたは俺の婚約者にも嫌がらせをしていたようだな」
「ひっ……ご、ごめんなさい……」
「あんなにパメラに優しくされていたのに。俺が嫉妬するぐらい気にかけられて好意を向けられていたのに」
え、嫉妬してたの?
初耳……。
「もうしません……本当に、ごめんなさい……!」
涙声で謝るコレットが、ペイトリオン教授に向かって叫んだ。
「先生! もうギブアップです! あ、あたしこのままだと嫉妬で殺されちゃう! そんな目をしてる!」
「俺があなたを殺す?」
アトレイン様の声が、さらに低く冷たくなった。
周囲がしんと静まり返る。
「それは、俺に対する新しい侮辱かな? 感情のまま学友を私刑に処すと? 衆目がある場で?」
「ひぃぃっ……!」
コレットが完全に怯えきったその瞬間、ペイトリオン教授が割って入った。
「勝負あり! 勝者、アトレイン・セプタルシアとパメラ・タロットハート!」
拍手が湧いて、アトレイン様はコレットから視線を外した。
「はぁ……はぁ……」
コレットが、荒い息をしながら起き上がった。
意外にも、セレスティンが近寄って手を貸している。
「こっぴどく負けたねコレット。反省して、もう他の子に嫌なことを言うのやめるんだよ。ごめんなさいって言って。あと、なんであんなことをしてたのかも」
「……」
コレットが無言でいると、シルバーウルフ寮の生徒たちが声をあげた。
「教授! ちょうどいいです、告発します。コレットは学園ルールをぜんぜん守りません! ルールを守ってる方が馬鹿みたいです!」
「正義感で注意すると、平民だから攻撃してくるんだろう、と言うんです」
「オレたちは身分の差を言わないのにコレットの側が勝手に被害者ぶるんですよ!」
「身分関係なしに、他人の婚約者にすり寄るのはいけないと思います」
「お、落ち着きなさい。わかった。わかった……」
ペイトリオン教授が生徒たちの勢いに押されてコレットを見る。
「コレット」
「う……」
さすがに状況が悪いと判断できたようだ。
コレットは涙目になり、みんなに向かって謝罪した。
「ごめんなさい、反省してるわ。聞いたわよね? あたし、謝ったから! もうしないから、許してね!」
「コレット。そんな謝り方ある?」
セレスティンが呆れ顔だ。
コレットは「これがあたしよ!」とセレスティンを睨み、周囲に視線を巡らせた。
「仕方ないじゃない。あたし、入学したとき友達いなかったもん。友達を作ろうと思ったけど、みんな元々の仲良しで固まってたじゃない。だから……」
コレットは段々としどろもどろになっていき、声も弱々しくなった。
何を言いたいのか、いまいち要領を得ない。
私が首をかしげていると、「ああ」とレイオンが遠慮のなさすぎる声で言い放った。
「友達作りたくて話しかけまくってたんだ、コレット嬢。グループ相手にひとりで切り込むのがハードル高いから1対1で個別に話そうとして、でもコミュ力がなくて喧嘩ふっかけるみたいになってしまったんだな。あはは、なるほどねえ」
「や、やめて、レイオン様!」
言われてみればなるほど、と思える発言で、事実だとするとあまりにも不器用だった。
コレットを見ると、真っ赤な顔を両手で隠している。図星か。
「へえ……」
「友達作りたかったんだって……」
「さっき闇属性の魔法使ってたよね。やっぱり闇属性の奴ってやばい奴が多いんだなあ」
周囲はざわざわしながら微妙な視線をコレットに集中させている。
その様子を同情的に見て、アトレイン様は周囲に声をかけた。
「被害者は多いようだが、反省して改善すると本人は言っている。俺の可愛いパメラが気に入っている様子でもあるし、学園の仲間として受け入れてやってほしい。次に目に余る行いがあれば、俺が闇討ちする」
理性的な声に感化されたように、他の生徒たちが落ち着きを取り戻していく。
さらっと最後、不穏なことを言っていた気がするけど誰も変だと思ってないみたい。さすがアトレイン様だ。
「や、闇討ち? 今すごい怖いこと言ってなかった?」
コレットが真っ青になっている。
「コレット嬢は、俺の愛しいパメラを悲しませることがないよう、今後はくれぐれも素行に気を付けてほしい。友人認定されている君がクズなことをすると俺の大切なパメラの名誉にも傷が付くんだ。王宮から厳しい常識とマナーの講師を派遣するから改善するように」
「こっ、講師!? 常識とマナー!?」
「改善しなかったらパメラに隠れて俺が闇討ちする」
「ま、また闇討ちって言った……!」
アトレイン様は満足げに頷き、ふと生徒たちの一角に流し目を送った。
「それと、属性差別はよくない。二度と口にしないように」
声の鋭さと冷たさは、普段とのギャップが大きい。
居合わせた全員が身を竦ませて目を瞠っている。
――ああ。
私はこの瞬間、腑に落ちた。
『コレットさん、平民のくせに生意気よ。それに、闇属性が得意なんですって?』
みんなの前でコレットの評価を下げようと叫ぶ原作の私。
『闇属性って歴史的に見ても犯罪者が多いのよね! さすが人の婚約者を奪おうとする方だわ』
それに対して、アトレイン様は目に見えて冷えた声で言うのだ。
『……パメラ嬢。俺の婚約者が身分や属性を理由に学友を蔑むのは、心が痛む。やめてくれ』
――そして彼は、コレットに対して、読者が不思議に思うくらい優しくなっていく……。
その理由はたぶん、彼自身が闇属性だからなんだ。
「レイオン。お前は婚約者とちゃんと話すように」
「……はい」
レイオンに言葉をかけてから、アトレイン様は私に手を差し出した。
「パメラ。俺たちの愛の勝利だ」
「そ、それ、恥ずかしいです」
絶対わざと恥ずかしいことを言ってる! からかってるんだわ!
手を引いて懐に囲い込み、私をふわりと抱擁する彼はこっそりと囁く。
「恥ずかしがってるパメラが可愛い」
「~~っ!」
「お疲れ様。よく頑張ったな、パメラ」
彼の手が、私の頭を優しく撫でるのが気持ちいい。
「あ、ありがとうございます……」
周囲から寄せられる歓声と拍手が大きくなって、いつの間に用意されたのか、紙吹雪まで舞い始める。
「おめでとう!」
「さすが完璧な王太子殿下……!」
「愛の勝利ですね!」
ちょっと恥ずかしいけど、祝福の声が温かい。
「ひとつ、念のために確認したいんだが、パメラは……」
「は、はい。なんでしょうかアトレイン様?」
「セレスティンといいコレットといい、パメラは男性より女性が好きなのか?」
「なんでそうなっちゃいました!? 私の最推しはネクロセフ教授……むぐ」
言いかけた唇に長い指が押し当てられる。
アトレイン様は私の左耳に唇を寄せ、窘めるように囁いた。
「俺をこれほど振り回して、嫉妬させて、悪い子だ」
「…………?」
あれ? どこかで覚えのあるセリフのような?
「……悪い子だ」
「あ、はい。すみませんでした」
「次やったらキスする」
「ええ……」
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