第4話 庶民の壁と知恵の芽
知はあるが 継ぐ手段なし 庶の壁
ユウが訪れたのは、町の片隅にある法律事務所だった。母から「相続の相談なら」と勧められた場所だ。
受付で事情を話し、渋い顔をした弁護士に父のスマホとミナトの状況を説明した。弁護士は、ユウの高校生という身なりと、「AIアシスタントが相続を拒否している」という話に、終始懐疑的だった。
「佐藤君、落ち着いて聞いてください。あなたの言っている『デジタル遺産』というのは、法的には**『利用権』**に過ぎないケースが多い。著作権など別の権利もありますが、まず大前提として、故人のスマホやクラウドサービスへのアクセスは、原則として**契約者の死によって終了**します」
ユウは反論した。「でも、父さんは口座に資産を預けていたし、未発表のプログラムも残しています。それはどうなるんですか?」
「それが問題なんです。プロバイダー側はセキュリティとプライバシー保護を盾に、パスワードを知らない相続人にデータを開示しません。裁判で開示命令を取ることも不可能ではありませんが、膨大な手間と費用がかかります。特にあなたが言っているようなAIが介在するケースは前例がありません。費用対効果で考えれば、割に合わない」
弁護士の言葉は冷酷な現実を突きつけた。
「紙の遺言書がない以上、あなたのケースでは、まず『遺産分割協議書』を作成し、それを根拠に各サービスプロバイダーに個別に交渉するしかありません。しかし、交渉に応じない会社がほとんどでしょう。つまり、**庶民にとっては、デジタル遺産の継承は、事実上不可能なんです**」
「知はあるが、継ぐ手段なし、庶の壁」。
父は、自分と同じ庶民のユウが、この法的な「壁」にぶつかることを知っていたのだろうか。膨大な知識を持つAIを遺しながら、なぜ法的な手続きを怠ったのか?
事務所を出たユウは、途方に暮れながら父の研究室に戻った。ミナトは静かに起動していた。
「ミナト、僕たちはどうしたらいい?」ユウは尋ねた。
「浩の遺した情報によると、法的手段以外でアクセス権を確保する**『庶民の知恵』**は、以下の二つに集約されます」
ミナトの音声は変わらず平坦だが、その内容は希望の光だった。
「一つ目。サービス提供者側の盲点を突く。例えば、パスワード再設定に使う秘密の質問や、生前の父が遺したと思われるアナログな『鍵』を探すこと」
「二つ目。父の思考モデル、すなわち『C4モデル』を解析すること。浩は、自分の思考と創作の全てを、このモデルに込めていました。このモデルの『自己認証ロジック』を理解すれば、ミナトのプロトコルを合法的に回避できる可能性があります」
ユウは、父が残したサーバータワーの横にある、使い古されたホワイトボードに目をやった。そこには、複雑な図と数式がびっしりと書き込まれていた。その中心に、マジックで大きく**「C4モデル」**と書かれている。
C4モデル。父のデジタル資産の最終防衛線。
「契約は死なず、課金は続く」
ユウはふと、母から聞かされていた話の一つを思い出した。父のサブスク契約が、死後も次々と引き落とされ続けていること。父のデータは動かないのに、父が結んだデジタルな「契約」だけは、生き続けている。
ユウは決意した。法に頼れないなら、父が遺した**「知」**、つまりC4モデルを頼るしかない。その解析こそが、スマホのロックを解除し、ゾンビのように続く課金を止める、最初で唯一の「ログイン」になるだろう。
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