第9話:発展のため捨てるもの
アノール領の中央都市……、都市?
………。
うん、都市。
一応領の中で最大規模の人口を持ち、歴史観溢れる大きな領主館が存在するのだから都市なのだ。
で、そんな領内唯一の都市であるハイブの大通りを走り、館の敷地に乗り入れる馬車。
最上位冒険者レニカの襲来から一週間ほどたったわけだけど、僕はまたしてもちょっとしたピンチっていうか胃潰瘍の危機に陥ったりしていた。
「もう嘘つかないで」
「頼む、本当にこれは黒歴史に近いもので―――」
「開けて見せて。見たら終わり。もう詮索しない」
それは詮索できるものがなくなったから只帰るだけなんよ。
もう丸裸にひん剥いてるだけなんよ。
……。
見ての通り、数日前からストーカーに付きまとわれて夜しか眠れない。
軽く自分をぶっ殺せるような化け物が四六時中後ろから付いて来るって、ちょっとかなりホラーだよね。
少し前から敬語で話すのも辞めちゃったよ。
流石の僕も万策尽きて、もうこれ見せるしかなくなっちゃったしさ。
「―――これ……、凄い」
「領の経営を投げ捨て、飢える民からも目を背け―――その上で、研究だけは黙々と続けていたからだ。見ての通り、その多くの結果は暖炉の燃料にもならない屑紙の資料だが」
案内したのは、屋敷の地下にある書斎―――かつて物置に使っていると話した空間で。
そこには床や天井、壁に到るまで様々な術式の痕跡が刻まれ、まるで悪魔召喚の様相。
更にはどこもかしこも古びた紙やらなんやらが散乱していて、もはや手の付けられない惨状。
地下ゆえに湿度もあるから、じめっとしててカビの温床。
数人いる侍従も、或いはマリアですらも……本来であれば入るべき人の手やしかし、ここの掃除はやりたくても出来ないのが現状だ。
僕にとっては忌々しい紙くずでも、使用人たちにとっては先代の領主たちが積み上げた家の財産らしい。
……ゴミ屋敷の住人の言い分みたいだな、まるで。
で、今回めでたくそのゴミ屋敷に踏み込んだ年頃の娘さんは嬉々としてそれらを漁り始める訳で。
「全部知らない理論。これの元を作った人……、凄く頭良い。発想も突飛。考え方からちょっと違う」
「最初に組み上げたのは真の天才だったからな」
「んーー、ん。この発想もなかった」
床に膝をつき、次々に移動。
手当たり次第に資料へ目を通していく冒険者は―――本当に覚えてるの? それで?
どんな記憶力よ。
「……どうだ。見ての通り、何の役にも立たなそうだろう?」
「私の身になるものは少ない」
ほらね。
この部屋に散らばった資料。
僕の固有である【
つまり、どれだけ頑張ってもその程度にしかならなかったという事で、最強の術師の一人として名を知られた彼女のためになる訳もなく。
事実、レニカ自身がいまそれを認めたが。
「けど、誰かの役には立つ。皆が使えるようにはなるかも」
「誰か……か。私のような同類をこれ以上増やしたくはない。こんな呪い、刻まれる方も困るだろう?」
「人の身体に刻むのがダメ。これだけ簡略化したなら、普通は人じゃなく物に刻むのが効果的。スクロールに出来る」
「―――スクロール」
それは一般的に知られた魔道具の一つだ。
僕の肉体と同じく、特定の魔術を紙などの媒体に封じ込め、魔力を込めながら髪を破るなり開くなりしてトリガーを発動させることで機能する。
速い話、魔力さえあるのなら誰でも超常の力を行使できるスゴイアイテム。
かつては古代の遺跡から出土するくらいしか入手方法がなかったけど、現代では採算度外視で希少な原料を揃えられれば生産する事が出来るアイテムで。
けど、当然に現代であっても高級品の……うん?
―――そう、高級品なんだ。
「詳しく聞かせてくれ。そして作ろう。作って売ろう」
「……現金」
当たり前だろ。
領の発展を第一に考えている僕にとって、金儲けの話ほど乗りたくなる船はない。
マルチだのフィッシングだの美人局だのは流石に嗅ぎ分けられるけど、そんな美味しそうな話をはいそうですかと右から左に流せるほど今の僕は金持ちじゃないんだ。
お嫁さんとの結婚式とか、老後に孫とかへ小遣いをやる時とか。
お金があって困る事なんて絶対にないのだから。
お嫁さんいないけどさ。
「全ては領の為に……だ。―――うむ、やろう。触媒に用いるのはどのようなものを? そもそも、すぐに出来るものか?」
「研究に一か月は欲しい。あと、材料で―――」
一か月……あっちで言えば二ヵ月か。
むしろ短いわ。
魔族もまた半妖精と同じく長命種……ハーフである半魔でも、それに近い長寿ではあると聞く。
てっきり、数年とか数十年とか言われるのかと思ったが。
それなら問題は時間ではなく、資金や材料の調達になって来るか。
「紙はあんまり重要じゃない。ずっとしまっておくわけじゃないなら、只の植物紙でもいい」
「……いや、安全性が低い。それに、高級感や視覚的効果、見せびらかす際に誤って破れないようなものであるのが重要だ」
「……謎。こだわり」
「貴族というのはな? そういった部分こそ尊ぶのだ。プライドの生き物なのだ。ふんだくれるのだ」
冒険者である彼女はあくまで機能性重視。
貴族である僕はそれも大事だけど、見栄えとか質感とかの方が大事だよねと主張する。
そんな議論が一定続き。
「羊の革も勿論良いが―――魔物、特に蛇型などの革は? 元々薄く、加工すれば持ちやすく……、しかし破れにくい。水はけもよく、見栄えも良いと。劣化もしにくい筈だが」
「簡単に破れないと戦闘に使えない」
「戦闘に使う必要は無い。この研究は全て、一般の生活に使う事を前提として考えられたものだ」
……どう?
「……出来る、多分。魔物の素材ならもっといい。元々魔力が通ってたから式も刻みやすい。刻印と同じ」
刻印……、刻印魔術か。
物品、特に武器などに様々な魔術を込める技術。
スクロールとは違い安価で行え、大陸中に普及する一般的な技術。
武器や日用品まで、一度刻めば何度でも使えて利便性に優れる反面、基本的かつ初歩的な魔術などしか込められない、消費が大きく誰でも扱えるというわけではないデメリットもある。
ただ、それ等刻印を刻む技術者は【調律師】や【調整師】と呼ばれ、各国が認可するような資格であるから上手くやればどこででも食べていける職業だ。
通ってた学園でも専門の学科などが存在してたな。
「刻印……。調律師……か。モノの出来次第で、ひとまずは彼等が競合する商売敵になって来るわけだな」
「棲み分けできる。材料プリーズ」
「―――魔物の素材。……仕入れるとしよう。投資だ」
話す事数時間……大枠は決まってきたな。
なら、メインは。
「レニカ職人―――取り分の交渉をしようか」
「……八割で良い」
がめつぅ!?
なにこの女の子!? 真顔でとんでもないこと言ってんだけど!
「まて。発案者は確かに君だが、これら技術は私の家の保有する財産であるからして―――」
「私がいないとできない」
「……………」
「これ、恩返し」
「―――何処にその要素が?」
恩返しって言うならせめて半々くらいにしておけ、取り分は。
「……、ガッデム」
「?」
「分かった。交渉の余地もない。その条件で良い」
「貴族はプライドの生物?」
掘り返すな。
機会があるならやるだけ、僕のちっぽけなソレを投げ捨てることで大願に一歩近づくなら喜んでやるだけだ。
プライドなど肥料にしてやれ。
歴代の領主たちの成果を僕だけの糧として、僕だけが収穫して喰らうのだ。
「では、まずは都市に専用の設備を設える必要があるな」
「他の仕事?」
「当然並行してやる。睡眠など三時間もあれば事足りるさ。―――待て。レニカ? 君はもしや刻印も使えるのか?」
「学校出た。しょほてきー」
……出来んだ。
「ならば、農具などに強化刻印を刻みたい。今までは大都市にしか技術者がいなかったゆえ、そのような下賤な物に刻めるかと門前払いで叶わなかったが……。友達価格で行けるか?」
「要交渉」
「ガッデム……!」
「?」
やっぱがめつい!
だが……、だが、背に腹は代えられん。
折角来てくれた好機……冒険者たる彼女がいつまでもこの領に留まってくれると期待する事こそ愚かな事なのだから。
「新しい農具、街道の整理、……山積みだな」
「応援してる」
「どうも」
っていうか……。
「……。協力してくれるのはありがたいが、仮に夜逃げでもされればたまらんな。本当に冒険者稼業は良いのか?」
「もともと生活の為にやってた。シアたちと出会ってからは依頼受けてない。もう、働かなくて良い。
「……。彼女たちに援助をしているのも私なのだが」
「うん。レイクの稼ぎが養ってくれる」
恩返しどこ行った?
……。
とんでもない気まぐれ守銭奴用心棒を雇い入れてしまった―――って事で良いのか?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます