第7話:やはり厄災は来るらしく
最上位……或いは、S級冒険者と称される存在。
現状、大陸ギルドに所属する冒険者の数は数万、或いは数十万ともされているけど、中でその位階に位置している者たちの数はたったの12人しかなく。
その実力たるや、最早個、そして人の枠組みすら逸脱した怪物たちだ。
本来上位冒険者が複数人で対処すべき厄災の魔物、或いは上位の魔族を単独で撃破。
単騎にして小国の軍事力を軽く凌駕する力。
通常ではまずありえない……理を逸脱―――否、魔素というこの世界の理そのものに適合した、かつて人間であった者たちの成れの果ての存在とも言える、真なる化け物たち。
………。
この目の前の存在もそうなのだ。
最上位冒険者……【厄災】レニカ・アーシュ。
若干15歳……この世界における人間種の成人年齢で最上位冒険者に到った怪物。
火、水、風、地……全ての基本属性魔術を上位レベルで行使、掛け合わせ、繰り出される暴力はまさに自然災害……厄災の如し、と。
こうして直接お目にかかったのは初―――何なら、最上位冒険者に出会った事すら初めてだが、あまりに次元が違うというのが肌で理解させられてしまう。
僕より30センチ程も低い身長ですら、何の安心感も得られない。
そんなモノ、目の前の少女が指を軽く振るうだけで逆転するだろう。
次の瞬間には貴族の身体が塵芥に吹き飛んだとて、何らおかしくはないのだから。
………。
……………。
―――うん。
ねぇ、本当に意味わからないんだけど。
確かに、何かしらの厄災が起きるとは思ってたよ?
帝国滅ぶかもって言ったよ?
でも、エルシードに忠誠を誓う最上位……八英雄が一人たる【天弓奏者】の名前だけで恐狂としている所に、もう一人最上位冒険者……本当に【厄災】連れてくるのは絶対におかしいよね。
それは流石にレギュレーション違反だよね?
帰って? てか帰れ。
って面と向かって言えたらどれだけよかったか。
「さて―――下がれ。フント、ヨーゼフ」
「……し、しかし!!」
「ですが旦那様!」
「客人と語らうのに、そう多くの人員はいるまいて。アルベリヒだけで十分だ」
やめろアルベリヒ、こっち見んな。
私も出て行きたいですみたいな顔すんな、何で「嘘だろ」みたいな衝撃受けた顔だ。
あぁ、元冒険者の彼の事だ。
最上位がどれだけの物だか、逸話なり何なりで僕よりもよく知っている事だろう。
「他の者たち、あの兄妹らにもこの空間に近付かぬように伝えろ。―――行け、命令だ」
「「……ッ!」」
跨ぐらから刺激臭のある体液を垂れ流しつつも、今に万歳突撃でも敢行するかと思われた臣下たちを制して下がらせれば、彼等はまるで今生の別れを惜しむかのように走り出し。
その足音がなくなるころ、ようやく僕は少女へと目線を合わせる。
「失礼しました、客人。そちらのソファーに掛けてください」
「……………」
「―――左様ですか」
立ったままでいい、と。
不動のままの空色の瞳から少女の意思を汲み取り、すぐに諦める。
無理やり動かせるわけもないのだから、早々に諦めるしかないのだ。
「では……。レニカ・アーシュ殿とお見受けしますが。このような辺境の地へどのようなご用件でしょう」
聞いておいてなんだけど、要件は分かっている。
ここ最近で起きた変化など、アレくらいだしな。
……だが、エルシードの使者ならまだしも、最上位冒険者レニカの基本情報にエルフとの繋がりなど無かった筈だ。
まさかとは思うが、
そうだとしたら、それこそ化け物同士の戦争になるんだけど。
もしそうなら勝手に戦え、できれば帝国の外で。
―――問いかけども返事はなく。
座っている僕はともかくとして、傍らに立っているだけのアルベリヒはいつへたり込んでもおかしくない状況。
僕とて、執務机で隠れているからいいものの、いつまき散らしてもおかしくない状況だ。
あと腰抜けて立てねぇ。
「誰だ」
と……彼女が無言を貫く中。
突然に、半開きになっていた扉の向こうがノックされ、開く。
「旦那様。お飲み物をお持ち致しました」
「あぁ、ご苦労」
ヴァレット、もう少しなんかあるだろう?
ってかお前彼女が来た事知ってたな?
だから三人分のお茶取りに向かいやがったんだな?
「失礼、喉を潤したく。アルベリヒ、許す。お前も飲め」
「……ひゃい。失礼して―――、んがッ!? ……にぃぃぃぃい……っげ」
極めて平静を装い飲み下す。
……流石ヴァレット、きつーーーい茶葉をブレンドして出しやがったな。
カフェインは通常の数十倍、渋さも同じく。
下手なまじないよりずっと平静を保てる良いおくすりだけどさ。
「……………」
「えぇ、卓の上に置いたものが貴方の分です。毒などありませんし、そもそも効かぬでしょう? お飲みになって頂いて……」
「―――どこ?」
「何かをお探しで? 手伝い程度であれば侍従を……」
「―――――どこ!!」
…………。
あ、ヤバい。
このままだとマジで意識が刈り取られる。
あのツインテ、意識を刈り取る形をしてる。
これはもうダメかも分からんね―――にがっ。
意識を繋ぐ手段も、向こうからすればおちょくり優雅なティータイムに見えて喧嘩売ってるように見えるだろうし。
「どうやら、お探しのモノは確かなようだ。そして、私がそれを知っていると確信している。……それは何故?」
「知る必要、ない……」
「左様ですか」
良いだろう。
じゃあ返す言葉はこうだ。
「ならばこう言いましょう、レニカ殿。礼儀を知らぬものに出す情報はありません。そして、貴女が彼女等を狙う者たちと同じというのならば……、私は皇帝に仕える帝国貴族として―――やはり、何があろうと許すつもりはありません」
いやさぁ……。
マジで、秋のエルフ狩りした奴等ふざけんなよ。
正体が分かるのなら僕が直接、いますぐ殺したい所だ。
こちとら命張ってんのよ?
帝国なくなったら僕のエセ名君計画全部パーじゃん。
「今や彼女たちは我が領民。一度ふところに入ったのであれば。一度自分の手に乗ったのであれば、余さず救う。それが困難だとしても、出来得る限りの最善を尽くす。えぇ、我が家の家訓です」
「……………」
「付け加えれば私の代からの」
ゆえに。
「国の、我が民の―――領民の。彼等の生活は、彼等だけのもの。それを、薄汚い金の為、己の私腹を肥やす為だけにまた害そうというのならば。貴女がそれ等に依頼を受けたというのならば、私は死しても口を割るつもりはありません。それは、きっと他の貴族とて同じ」
だと思いたい。
皇帝陛下の名のもとに。
曲がりなりにも帝国貴族の出身であるアルベリヒが自殺志願者を見る眼で首振ってんのはオタ芸か何かだ。
「申し上げましょう、あなたの今のやり方は無駄……、という事です、レニカ殿。良いでしょう。殺したいのであれば殺すがよろしい。さて、髪の毛一本でも引き換えられればいいのですがね」
「……………」
「ヴァレット、どう思う」
「ほっほ。まぁ―――腕一本なら出来ましょうな」
良いじゃないか、流石は僕の執事。
丁度、死ぬ前に一度でいいからヴァレットの全力を見たいと思ってたんだ。
「さて。如何なさいますか? 一度、席に座り腹を割って話し合う。それか、手段はどうあれこの場から去る。二つに一つです」
「―――無理やり……」
「腹は割っても口は無理でしょうね。断じて」
………。
………。
「……シアは」
「……………」
「シア……、友達。ステラも、マルクも、リーンも、カリスも……」
「―――ほう」
「みんな……、友達。なのに守ってあげられなかった。向かった時には、皆居なくなって……全部燃えてた、誰も、居なかった」
………誰も―――か。
かなり下賤な話になるが、希少種族の肉体はその一片、髪一本、骨までも……全てが霊薬だと言われている。
無論証明された話ではなく、信じているのなど、碌な教育を受けていない者達ばかり。
ハッキリ、民間療法などより粗悪な、迷信染みた話だ。
だが、それでも金になる。
神に……藁にも縋る思いでソレを利用する者がいる限り、彼女たちは例え死した後すらその肉体を辱められる。
永遠に……世界からその痕跡がすべてなくなるまで、塵の一つまでも凌辱される。
本当に……これだから人間ってやつは。
髪が霊薬ってならエルフ専門の床屋でもやってやがれよ。
「―――左様ですか」
「……………」
「えぇ、よくお話しいただけました」
「……。お願い。会わせて……!」
………。
「アルベリヒ。ヨーゼフに、服を着替え馬車の用意をするように伝えてくれ。大至急だ。必要なら身体を清めさせ……」
「―――畏まりましたァ!」
「……せめて扉から出ていけ」
「窓ガラスを買い替える必要がありますな」
今に敬礼した男は彼女の横を通り抜けていくのが余程怖かったのか、二階である部屋の窓から身を投げる。
当然閉まったままのガラスも景気よく砕け散り―――どんだけ逃げたかったんだよ。
開けるという選択肢がなくなる程に思考力が落ちていたらしく。
最早サルだな、サルベリヒ。
「さて―――彼女たちの居場所。仮拠点へご案内します。……準備が出来るまで、お聞かせて頂けませんか。貴女の知る、彼女たちとの話を」
「………分かった」
席を勧めれば、ようやく少女はソファーに腰を下ろし。
なれば失礼がないようにと、僕も執務机をたち―――ヴァレットに支えてもらいながらどうにか歩き、対面のソファーへと腰を下ろす。
茶はなくなってしまったが、時間はある事だしマリアに淹れてもらうとしよう。
「ラメド産のジャムを使ったクッキーは? 今朝焼き上げたものです」
「……もらう。お茶も……ゴメン。カップ、割っちゃってた」
「ははっ、ご心配なく。安物です。代わりのモノをすぐに用意しますよ」
放出する圧だけで陶器を割るとは。
これも化け物染みた強さの証だな。
ともあれ、同じ目線。
ようやく、僕と厄災殿は同じ卓で会話を始めた。
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