第4話:急ぎ馬車を走らせて




 車輪が回る。

 それはもう、行きの三倍ほどの速さで回るまわる。

 折角これを機に買い替えたものであるのに、こんな乱暴な運転をしていてはすぐに車輪は勿論、雑多な石や砂粒が跳ねて車体を確実に傷つけていくことだろう。


 精緻なレリーフも艶出しの光沢も全てが台無し。

 残価設定型だったら論外の、あまりに荒々しい運転。

 当然乗り心地も悪くなるわけで……、御者兼庭師の男はクビ?

 


「―――もっともだ、もっと急いでくれヨーゼフ」

「旦那様ァ!? しかし、これ以上はお車が……、新品のお車が!! 私の憧れの新式車がァ!」

「車などまた買ってやる。それより急げ」



 まぁ、命令してんの僕なんだけどさ。

 もはや命乞いの域に達している御者……馬車に魅せられ、馬車を運転する事こそ趣味のいかした男がこれ以上はイヤイヤと叫び涙まで流すも、それを無視して急がせる。

 全て、留守を任せているヴァレットから大急ぎで送られてきた手紙によるものだ。



「まさか、こうも急いで帰還する事になるとは思わないだろう……。実に残念な話だ。君たちを暫し公爵家の者たちと交流させる良い機会だったのに……なぁ?」

「ザンネンデスー」

「イヤー、ザンネンダナァー」



 折角の大都市観光だったのに。

 アルベリヒやフントも楽しみにしてくれてただろうに。

 ヴァレットが居るから大丈夫だろうと高をくくっていたのに、異常事態発生で直ちに戻らねばとは。


 しかも、発生したのは僕達が公爵領へ出発したすぐ後。

 入れ違いの様なものらしく。


 向かう先は領主館のある都市―――ではなく、南部に位置する村。

 直接向かう程の緊急事態なのは当然として……初めて聞いたときは、他国が宣戦布告でもしてきたのかと戦慄を覚えたものだが。

 


「うむ―――アルベリヒ。ここからは先に走って向かってくれ。そして、その難民たちは村の広場に集めるように、と」

「は、畏まりましたァ! そらもう全力疾走で……うォォォォ、らァァァ!!」



 ……駆けていく。

 いつもだったら最高に嫌な顔をしながら走っていく筈の騎士は、馬車の内部から躍り出るのが早いか、気合も十二分に見えなくなる。

 恐らく法定速度の自動車より速い速度だ。



「さて……。今は街道とアノール領の治安に期待するしかないな」



 結果、護衛は一人……戦いの経験など殆どない形ばかりの衛士だけとなり、完全無防備だ。

 来た時よろしく野盗……後はハグレの魔物などに襲われない事を祈るのみだね。

 最悪、固有術式に派手なエフェクト(効果はお察し)の魔術をセットして追い払うっていう選択肢もあるけど。



「ご安心ください、旦那様」

「フント?」

「旦那様はアノール領の希望……必ずや帝国中に名を轟かせる御方。もしもの時は、私が命に代えても……ッ!!」

「抜くな抜くな、しまっておけ」



 震える手で短刀に手を掛けるな。

 頼むからすぐ命かけようとするのやめてもらっていいかな。

 僕が小さい時からの付き合いとはいえ、どうして僕の家の家臣団ってこんな極端な手合いが多いのかな。




   ◇




「……まさか、本当に―――」

「夢でも見てるのですかね……」



 そこから数時間。

 やがて辿り着いたアノール領南部のアルバ村には、収穫前のコーツ麦が長大な畑となって何処までも広がっていたが。

 そんな、いつもの田園風景の中で明らかな異質は、まさに村の中央に集められていた顔の知らぬ者達。

 その数は、目算で30あまり……。


 帝国は広大だ。

 難民というだけならば資金繰りが難しくなった村からの夜逃げとしてはよくある話で。

 また、他の国からの流入というのも風の噂によく聞くため、只の難民というだけなら僕もここまで焦りはしなかったのだけど……。



 ボロボロの服、焦げ跡……傷だらけの手足。

 ―――そんな彼等の耳は、一様に僕達より長かった。



 アトラ大陸には多くの種族が存在する。

 大陸の大部分を支配する、ある種の覇権種族である人間種……それ以外は、人間視点では亜人と呼ばれて。

 その中でももっとも希少な種族の一つ―――半妖精種エルフ。

 まさか、その姿を目にする事になるとは。


 増してや、一度に数十人も目撃する事になるとは。

 一団で僕の領に現れるとは。


 頭の中で何度も戦慄し、混乱せども。

 それを表に出すわけにはいかず。



「皆の者、待たせたな」



「―――――おぉ!! レイクアノール様だ!!」

「「領主様!!」」

「伯爵さま。よくぞおいでくださいました……」



 真っ先に駆けよってくる村長。

 そして慕ってくれている彼等の歓声で心を満たしつつ、馬車から降りた僕は難民らの前へ立つ。

 先んじて到着し村人たちをなだめていた様子のアルベリヒもすぐさま僕の背後に回り。



「敵対心は読み取れません。大人しいものでしたよ、私の下半身と違って」

「ご苦労、暴れん棒。……さて」


「…………ッ」

「帝国、貴族……、さま?」



 いや、滅茶苦茶に怯えてるんだけど。


 まるで今からサラダバーの皿にでも並べられると思っているような顔だ。

 いや、菜食だからってそれ自体は野菜じゃないんだけどさ。

 そもそもエルフがベジタリアンっていうのも人間種の勝手な先入観―――ヴァレット曰く雑食らしいし。


 ともあれ震える彼等……男女比は半々、やや男が多いかといった異種族の前に立つ。



「アノール領を治める、レイクアノール・ユスティーアだ。このような辺境の地へ、君たちがどのような考えの元やってきたのかは、ゆっくりと聞きたい所だが」



 まさしく未知との遭遇。

 双方の間には信頼など微塵もなければ、一秒ごとに感情が変化する。

 第一印象こそが大事なところで。



「まずは、休息が必要だろう。村長オルナー」

「はい、領主様」

「食料と水、清潔な布を買い取らせて欲しい。勿論相場のまま……いや。調理の手間を含め、多少割り増しで構わん」

「金銭と引き換えなどとんでもありません。彼等の人数分、すぐにご用意いたします! 食料は麦粥むぎがゆで宜しいでしょうか?」

「充分だ。一つ要望があるのなら、やや水の割合を増やしたものを用意してもらえるのならなおいいだろう」

「すぐに。皆、聞こえたな!」

「「―――――」」



 エセ名君気持ちいい……!

 今に掛け声とともに動き始める村人たち。


 これが支持率100パーセントの、力ぁ……!

 まぁ実際は、そんなモノがなくても彼の反応は当然なんだけどね。

 今現在の彼等は僕が領主として着任してから発令した政策の幾つかによって備蓄は十分……勿体ぶる理由がなく、いまこうしておけば後々村の嘆願も有利に働くし。


 こっちの話が付いたのなら、次こそ彼等だ。

 幸い、こちらの言葉はちゃんと通じるらしく……先程聞こえた彼等の言葉もまた、帝国を含めた多くの人間国家が共有している言語。



「「……………」」

「身体を清め、粥で腹を満たすのが良いだろう。身体を壊さぬよう、少しずつ……。じき、都市から増員が来る。それ迄の間、君たちに期待する事は二つ。まずは身体を休めること。そして代表者を。対話の為、話を纏めて私と対話する者を選出して欲しい」



 ………。

 そこからの動きはゆったりとしたもの。

 暫し、広場には穀物を煮炊きする湯気と、野菜などを切る音などがあり。

 出来上がった、重湯に近い水分多めの粥には好みによって卵も落とされた。


 毒がないと示すように同じ釜から飯を食う村人らにつられ、半妖精らもそれを少しずつ食べ―――と。

 その間僕は村長と当初の様子について話し合い。

 やがて、数時間が経過したころ。

 村長宅―――簡素ながらも村の中では最も大きな家の中で、僕は相手方の代表者と二人きりとなった。



「パトリシア・リアノールと申します、領主様」

「―――うむ、座ってくれ」



 ………。



 いや、ヤバいな。

 分かっていたが、トンデモナイ美人さんだ。


 半妖精族、と一括りに言っても彼等の特徴、髪色などは様々だったけど、この彼女はまさに典型的な……誰もが想像するタイプのエルフ。

 細い身体に、翠の瞳。

 背中まである長い金色の髪は拭いた程度ではどうにもならないゆえ汚れくすんでいるが、それでも誤魔化せない美形。

 唯一僕の中のエルフ像と違うところがあるとすれば、中々豊かな膨らみをお持ちな所。

 ―――天然のグルシュカ、といった所か。


 さて。

 圧を与えない程度に柔らかな表情をしているつもりの僕と、それでも震える女性。

 今の光景はまさに、最早捧げられるものが己自身しかなくなった村娘が仲間たちを護るために悪徳領主に手籠めにされる前フリ―――じゃなくて……。



 今、リアノールって言った? 言ったよね。

 ……。

 え、詰んだかも―――。



「……リアノール氏族」

「………!」

「いや、良い。パトリシア殿だな。先も名乗ったが、私はレイクアノール。この一帯を治めている」

「―――は、はい……」

「まずは、君たちが何を望んでいるのかを聞こう」

「わたし、は……。私たちは……」



「我々は……、故郷をなくしました」



「既に、この世界に私たちが生きる場所はないのかもしれません」

「……………」

「領主様……、レイクアノールさま……! 私にできる事ならば、どのような事も致します。どうか、仲間たちをお救い下さい!」



 要望、そして自分に用意できるものを述べ簡潔に話を締める。

 流石に代表者なだけあり話は速いな。


 とはいえ。



「……まず、解せない事がある。エルフとは、大陸の東側……その多くが、我々では及びもつかぬ人里離れた秘境で暮らしを営んでいると聞いている。そして、西側である帝国よりも東側の聖国の方が亜人に関しては寛容だ。何故、わざわざ帝国にある我が領へ?」

「ぁ……」



「それは……恐れながら……その」



 そんなに言い淀む?

 よもや、そういう事か?



「―――この地が、まことの辺境である故。聖国との間に隔てられた大森林含め、開発が行き届かず姿を隠すのに適していると考えての事か」

「……申し訳ありません」



 お前ん所田舎だから隠れやすいだろ―――とか、領主の前で言いたくないのは当然か。

 最悪取り敢えず皆殺しだ。

 ……これ以上はないと思ったが、更に怯えさせてしまった事は反省するとして。


 しかし……アレだな。

 三百年の寿命を持つ長寿種族だろう? 君ら。

 彼等の時間間隔が人間とまるで違うかつ、種族的な差異があるとしても、これは。



「―――パトリシア殿」

「は……はい」

「齢を聞いても良いか」

「……え?」



 違う、そういう意図じゃない。

 失礼だけど、聞いておきたかったんだ。

 断じてそういう意図じゃない。



「―――肆の月をもって、27才になります」

「……。そうか。あまり聞いている長命種の特徴と重ならぬ故、聞いてしまった。許してくれ」



 まさかの数歳差!!

 貴族ならとっくに結婚している年齢とは言え、エルフ基準ではまだまだ若輩も良い所だろう。

 こんな女性を対話の席に寄こすなんて、なんて骨のない男ども―――ではなく。



「年長者は、おらんのか」

「…………ッ」

「―――そうか。辛い事を聞いてしまったな」



 まさかの、彼女が最年長レベル。

 となれば、年長の者達は……まぁ、そういう事なのだろうな。



「話は分かった。パトリシア殿。辺境アノール領へよく来てくれたな」

「……領主様」

「一時的に、君たちを領民として受け入れよう。君の言う通り、アノール領には未だ開発の手が届いていない地が幾つかある。西部の影響ゆえ魔物も少なく、狩猟するに適した動植物も、幾らかの野草や果実もあるだろう」



「休むと良い。ある程度状況が落ち着き次第、新たな事を考えていく」

「―――は、はい! 有り難うございます!」



 ………。



「今のうちに、言っておこう。君たちを迎える事には打算が多分にある」

「……!」

「見ての通り、我が領の産業は農耕が主だ。そして伝聞では、半妖精は動植物の生育に造詣が深いという」

「―――ぁ」

「期待はできそうか」

「……。機会さえいただければ、出来得る限り全ての事を試してみるつもりです……!」



 いい返事だね。


 今のうちに、これからの方針を伝えておく。

 そうする事で、得体のしれない……何が目的かもわからず、どんな対価を要求されるかも分からないという状態から解放しておく。

 彼女たちの不安も多少は緩和できる筈だ。



 ………。

 ……………。



「――――あぁ、そうだとも」



 村長宅から出ていく後姿を見送り、呟く。


 降って湧いたこのチャンス。

 天星神の御許か、淵冥神の裁きか―――どのみち失敗すれば僕は破滅し、この地はのだから、この機械こそを最大限に利用させてもらうしかないだろう。

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