第15話:復讐の騎士と転校生
課題が早く終わったからといって学校を抜け出してデートに出かけるなどという王族以外には許されないであろう所業に付き合わされた俺は、騎士ヴァンガードと合流して城に帰る王女シオンに同行する形で王城にお持ち帰りされた。
不本意ではあるが、好都合でもある。
自分のようにはなるな、などという騎士ヴァンガードのわけわからん言葉を理解するために、騎士ヴァンガードと話す時間が欲しかったところだ。
俺を城に泊めることについて国王陛下に許可を求めようと執務室に突撃していった王女シオンを廊下で待つ間、俺は隣に立っている金髪のイケメン騎士ヴァンガードに死線を向けた。
「ヴァンガードさん」
呼ばれた騎士ヴァンガードはいささか怪訝そうに、直立不動のまま首だけを俺に向けた。
「何かな?」
おそらく姿勢を崩さないほうがいいと判断した俺は、視線を騎士ヴァンガードから外して言葉だけで問う。
「あなたのようになるな、とは、どういう意味でしょうか」
視界の端で、騎士ヴァンガードがため息をつくさまがわずかに見える。
予想はしていたが、彼にとって決して楽しくない思い出の話になるらしい。
「…僕はね、大切な人を守れなかったんだ」
その言い草に、俺は思いあたることがあった。
オニマル先生と同じだ。
「『不屈の誓い』ですか」
オニマル先生が持っている『誓い』の名を口にすると、騎士ヴァンガードは感心したように息を呑んだ。
「へぇ、最近じゃ学園でも『誓い』のことを学ぶんだ」
騎士ヴァンガードの答えに、取り繕うようなものを感じたのは何故だろう。
取り繕うということは、何かを俺に隠す必要があるということであり、それは騎士ヴァンガードは信用に値しないことを意味する。
確信が持てない以上、俺はうかつに情報を開示すべきではない。
…嘘をついておこう。
あわよくば、うまいこと情報を引き出したいが、さてどうしたものか。
「そうですね。『必殺の誓い』というものもあると教わってます」
雑談のていを保ったまま、俺は、知っているもう一つの『誓い』の名前を口にする。
「そうなんだ」
面白いほど、その声は震えている。
ちらりと目線を向けると、騎士ヴァンガードは曲がろうとする肘を意志で押さえつけ、直立不動の姿勢を必死に保ってはいたが、その手がワキワキと落ち着かない動きを繰り返していた。
ノームの少女サーシャの言葉を信じるなら、騎士ヴァンガードは著しく動揺している。
「習った範囲だと分からないんですけど、大切な人を誰かに殺されたら、不屈と必殺のどっちの誓いが得られるんでしょうね」
それに気づかないふりをしながら、俺は話を続ける。
騎士ヴァンガードが『必殺の誓い』を抱えていることを半ば確信しつつ、会話を誘導する。
「守れなかった後悔か、そいつを許せない怒りか、どっちの気持ちが強いかによるんじゃないかな」
守れなかった後悔、と、そいつを許せない怒り、二つの言葉のどちらにより気持ちが乗っていたかを読み取ろうと試みる。
そいつ、という、近衛騎士が使うにはやや口汚い単語が混じる分、怒りが優位だろうか。
「そうですよね」
裏を読むことに集中しすぎたせいか、俺の返答はやや生返事じみたものになる。
「それがどうかしたのかい?」
だが、騎士ヴァンガードの質問も、こちらの懐を探るようなものではなかった。
本人はそのつもりだったのかもしれないが、少なくとも俺はその問いでは動揺しない。
「ヴァンガードさんはどっちなんです?」
決定打といえる問い。
答えるまでに、騎士ヴァンガードは数秒、沈黙した。
「『不屈の誓い』だよ」
その声色は、明らかに震えていた。
どうやら、『必殺の誓い』を持っていることを伏せておきたいらしい。
「そうなんですね。やっぱり、腹貫通されても平気なんですか?」
というわけで、『不屈の誓い』への知識を試す方向でブラフをかけてみることにした。
「いくら『不屈の誓い』といえど、そこまで便利なものじゃないよ」
ダウト。
こうも簡単にぼろを出してくれると、逆にこちらが相手の掌で踊らされている可能性を考慮しなければならなくなるが…まあいい。
「でもオニマル先生は平気でしたよ」
無邪気な学生の質問のていで、俺は騎士ヴァンガードに返す。
「え、学校の先生が腹貫通攻撃喰らうってどんな状況?」
なるほど、うまい話のそらし方だ。
「魔物から生徒を庇って、腹にブスっと」
俺は即答した。
別に話を逸らされても構わないからだ。
「す、すごいな…」
オニマル先生の不死身っぷりに引いている様子の騎士ヴァンガードに、俺は畳みかける。
「話ガラッと変わりますけど、騎士になる前って、ヴァンガードさんは何してたんですか?」
その質問は、ある意味でとどめだ。
この国の王女、つまりかなりの情報を把握できる人物に気に入られている俺に嘘を答えた場合、発覚するリスクが極めて高い。
よって騎士ヴァンガードは、少なくとも公式の記録と矛盾しない答えを強いられるのだ。
「大切な人を守れなかった、それ以上は答えたくないかな」
だが、ことここに至って、騎士ヴァンガードは実にうまい逃げ口上を口にした。
「そうですか。じゃあ、あなたのようになるな、という助言を活かすために、俺は何に気を付ければいいですか?」
俺は今までのことを、あくまで助言を取り入れるための質問であるとごまかしつつ、騎士ヴァンガードに確認するていで質問を重ねる。
これまでの、自分を追い詰めた問いが素直な学生の向上心によるものだと勘違いした騎士ヴァンガードは、少し考え込むようなそぶりを見せ、答えた。
「誰が大切な人なのかを見失わないことと、守れる強さを手に入れること、かな」
その答えには実感がこもっていた。
つまり騎士ヴァンガードは誰が自分にとって大切なのかを見失い、その隙に大切な人を襲われ、力不足によって守り切れなかった、そんな過去があるということだ。
あとでノームの少女サーシャに、伝説の英雄ヴァンガードのことを詳しく聞いてみよう。
そういうエピソードがもし彼女の記憶にあれば、ノームの少女サーシャは妄想少女ではなく、本物と考えていいだろう。
その確信が持てれば、俺はノームの少女サーシャから、この男の情報を…。
俺が今後の算段を考えていると、剣風が俺の頬を裂いた。
「さすがに悪い笑顔が出たね。何を企んでいるんだい?」
振り返ると、騎士ヴァンガードが抜刀してこちらに剣を突きつけていた。
…しくじったな。この土壇場でこんな初歩的な…。
「ただの自嘲ですよ。俺が大切な人だの守るだの、分不相応にもほどがある」
もっとも、悪い笑顔といわれても言い逃れる方法など俺にはいくらでもあるわけだが。
「…信じて構わないね?」
こちらを睨み据える騎士ヴァンガードに、俺は肩をすくめて見せる。
「いきなり剣を抜く人よりは」
騎士ヴァンガードは、舌打ちして剣を収めた。
どうやらこっちが本性らしい。
さて、この男が『必殺の誓い』を抱き、復讐のためにイケメン好青年の皮をかぶっているような複雑な復讐相手とは、いったい誰なのだろうか。
俺はノームの少女サーシャに尋ねるべきことを整理しながら、また直立不動の待ち姿勢に戻った。
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