第3話:ステゴロ縛りな転校生

 校庭での惨劇が終息した直後、俺は校長室に呼び出された。


 まあ、あれだけの惨劇を引き起こしたのだ。無罪放免で済むとも思っていない。


「怪物に刺されたオニマル先生、ジーク君含め、負傷者は合計37名です」


 鳥の翼のような黒い羽根を持つ銀髪の女教師が被害記録を読み上げる。

 堕天使だろうか。


 …この学校には本当にいろいろな種族がいる。


「その程度で済んでよかった、と言うべきでしょうね…」


 ため息をついたのは、校長席に座る、金髪で耳が長い青年。

 間違いなく種族はエルフ。

 若いのは見た目だけで、実年齢は3桁だろう。


 しかし、37人も怪我したという事態を『その程度』と呼ばなければならないあれは、何なのだろうか。


「何か聞きたそうですね。私たちは先生ですから、生徒からの質問はいつでも歓迎ですよ」


 柔和に微笑むエルフの校長に促され、俺は口を開いた。


「さっきの、吐き気がするような虹色の不定形生物は、なんなんですか」


 その質問は、どうやら校長の想定内だったようだ。


「『世界の裏側の色』。そう呼ばれている怪物です。1体1体は、落ち着いて対処すれば学生の君が対応可能な程度の強さですが、真の恐ろしさは、空間に裂け目がある限り世界の裏側から無尽蔵に現れることです」


 まるで何かの授業の説明であるかのように、校長は流暢に説明した。

 『世界の裏側の色』。なるほどあの気色悪い色合いを表現するには適切な表現だ。


 説明に納得した俺を、校長は静かに見据えた。


「問題は、空間の裂け目がなぜ校庭に発生したのか、ということです。通常、『世界の裏側の色』が通り抜けられるほどの空間の裂け目となると、空間自体が不安定な迷宮の深層や、転移魔術がごく短時間に狭い範囲で何度も使用されるような負荷が空間にかからないと発生しないはずなのですが…」


 まくしたてるように説明しながら俺を射抜くその視線は、間違いなく疑念を宿していた。


「校長先生…」


「セレス先生は黙っていてください」


 責め立てるような校長の態度をたしなめようとした女教師のほうを見ようともせずに遮り、校長は俺を見据えている。

 そして俺自身、隠すつもりも嘘をつくつもりもない。


 知る限りのことを、なるべく正確に答えるために、一度深呼吸をして状況と認識を整理する。


「あの4回に共通するのは、攻撃の意思を持って木刀を振ったことです。最初は木刀が呪われているのかと思いましたが、恐らくは…俺が原因だと思います」


 俺の答えに、校長は首を横に振った。

 どうやら、納得できない答えだったらしい。

 それはそうか。斬撃で空間を斬るなどという荒唐無稽、誰が信じるかという話だ。


「私が聞きたいのはもっと詳しい話です。入神の域にある剣技で空間を斬るに至った剣聖は知っていますが、彼が作る空間の裂け目は滑らかな線が一つ空間に走るだけでした」


 だが、校長の返答はそういうレベルではなかった。


「今回の空間の裂け目は、まるでガラスをハンマーで念入りに砕いたようなありさまでした。君は、ただ腕力で空間を破砕したとでもいうつもりなんですか、クロウ・アレスターくん」


 剣で空間を斬った例を示し、それと今回の差異を丁寧に指摘し、わざわざフルネームを呼んでまで問い詰めてくる校長。

 俺が原因、ということはすでに確信しており、そのうえで、俺の何が原因か、俺はどうやって空間を壊したのか、というのが、校長の聞きたいことらしい。

 だが、知らないことは答えようがない。


「そんなもん、俺のほうが聞きたいですよ。俺が知っているのは、木刀を使うとああなったことと、素手なら問題なかったことの二つだけです」


 校長は、瞑目して深いため息をついた。

 どうやら、校長にとってもこの状況はかなり面倒らしい。


「…少し、調べてみる必要がありそうですね。セレス先生、午後の授業すべてクロウくんを公休扱いにしてください」


 校長はそう言うと席を立ち、校長室を出て外から俺に手招きした。


 場所を変えて話す必要があるということか。


「失礼します」


 俺は堕天使の女教師に一礼して、校長室をあとにした。



「魔力隠蔽の技術を学んだことはありますか、クロウくん」


 俺を先導して廊下を歩きながら、校長が振り向かずに訊ねてくる。

 おそらく校長の頭の中には、俺がやらかした空間の破砕という事態を実現する仮説がいくつも浮かんでいるのだろう。

 恐らく、魔力隠蔽がどうのというのも、様々な可能性からありえないものを除外し、検証する価値があるものを選び取るための質問だ。


「ありません」


「転移魔術の心得は」


「ありません」


「爆裂魔術を学んだことは」


「ありません」


 俺の予想にたがわず、校長は振り向く様子もなく、矢継ぎ早に質問を投げてきた。

 思いついている可能性を、片っ端から潰しているのだろう。


「ふぅむ…では、何か強い感情を抱いたことは」


「あります」


 校長は足を止めた。

 …ビンゴ、ということだろう。


「…それは、どんな感情ですか」


 質問が、その性質を変えた。

 何かの経験があるか、という質問の並列から、特定の経験を深堀する直列へ。


 そしてそれは、俺が恐れている可能性の補強になりうる可能性に収束していく。


「憤怒、憎悪、怨嗟…」


 校長は息を呑んだ。

 どうやら、校長にとっても、最悪の結論になりつつあるようだ。


「…後悔はありますか?」


 おそらく最後の質問。

 怯えにも似た苦しさを滲ませたその声色に、優しい嘘をつきたくなったが。


「自分の手で殺せばよかったと、そんな後悔なら、毎晩」


 気の迷いを振り払い、俺は正直に答えた。

 今優先すべきは、下手な気遣いよりも真相の確認なのだ。


「…なんということだ…」


 校長は、編入試験の時にも使った魔力計測器がある部屋の戸を開けながら、かぶりを振ってため息をついた。

 かなり絶望的な結論らしい。


「俺の魂が汚染され、変質している、とかですか」


「魔力計測器で裏を取ってからにしましょう。不確かなことを言いたくありません」


 俺の質問には答えず、校長は魔力計測器を起動した。


「やはり、平常時は下の上、よくて中の下…クロウくん、目の前に、憎い相手がいると想像してみてください」


 校長に言われた通り、俺は前世の祖母と父親の顔を思い浮かべてみる。


 …つい、その幻影の首を締め上げ、怨嗟の言葉を叩きつけたくなってしまった。

 直後、魔力計測器はけたたましい警報音を鳴らして緊急停止した。


「…一番当たってほしくなかった可能性です…」


 原因を突き止めたらしい校長は、悲しそうに目を伏せた。


「クロウくん、君が持つ憎悪と、殺せなかったことの後悔は、君の魂に必殺の誓いを刻んでいます。もう二度と、殺し損ねることが決してないように」


 必殺の誓いか。なるほど言い得て妙だ。


 もし、前世の祖母や父親が今、目の前に現れたとしたら…。

 俺は、今度こそ絶対に、選択を誤ることはないだろう。


「その誓いは君の意思に呼応し、攻撃の一刹那、君の魔力を計測不能なまでに引き上げます。ここまで無法な威力の必殺の誓いは初めて見ました。よもや空間を破砕するほどとは」


 説明を終えた校長は、最後に、俺への処分を言い渡した。


「クロウくん、武器術及び攻撃魔術の授業すべてを免除しますので、それらを決して使わないでください。武器や攻撃魔術は、その性質上、殺意の行使を補助する、という概念的な性質を持ちます。それは、必殺の誓いの威力をも高めてしまう。おそらく、素手は大丈夫でも木刀では空間を破砕してしまう理由はそこにあります」


 それはせっかく転生したファンタジーな剣と魔法の世界で、剣も魔法も禁止された瞬間だった。

 剣も魔法も殺すためのものだから、募らせた怨恨と殺意ゆえに俺が使うと世界が壊れる可能性があるということのようだが…。

 世界、脆すぎだろ。


「つまりステゴロ縛りってことですか」


 せっかくファンタジーな世界なんだから聖剣とか魔剣とか、あと魔導書とかに興味があったんだが…。


 校長はため息をつきながら、首を横に振った。


「拳も、今はまだその威力に至っていないだけかもしれません。君は手加減というものを学ぶべきです。素手で世界を引き裂くような存在は、魔王とか、魔神と呼ばれる、人類の天敵ですから」


 拳すらも危険らしい。

 今すぐ英雄候補生学園を退学して別の職業を目指したほうがいいんじゃないだろうか、俺。

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