第46話 ΑΙΔΗΣ/ハーデス

 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ!

 あり得ない! あり得てたまるか!

 俺は最強! 最強なんだぞ!

 最強だからなにしてもいいんだぞ!

 なのにパンチ一発でぶっ飛ばされるなんてギャグだろう!

 ふざけるな!

「クソ、クソ、クソ!」

 ラオは腹部より細かな結晶を散らばらせながら、よろめき歩く。

 最強のはずだ。

 最強のはずだと、譫言のように呟きながら薄暗き通路を歩く。

「力だ。もっともっと強い力がいる、いるんだ!」

 力がなければ生きられない。

 力のない感染者は排除されるのみ。

 確かに覚えているのは六歳の記憶。

 レベル二を発症させた時、両親は涙を流して抱きしめてくれた。

 抱きしめ、移動都市の外に連れ出された。

 車に乗ってドライブだと流れゆく景色に胸を弾ませた。

『ここで待ってなさい。すぐ迎えに来るから』

 故障しているからと腹部のギアを外された。

 代わりに食料と水を渡された。

 純粋な子供は親の言葉を信じて待ち続けた。

 何日も何日も待っていた。

 来なかった。

 食料と水が尽きた。

 身体の各所に結晶体が析出してきた。

 Vギアを外されたことで抑制効果を失い、症状を悪化させていた。

 迎えなど決してこないと絶望を悟ったのは怪物になる直前だった。

「こんなところに子供がいるなんて。たまには外を散歩するものね」

 一人の女性に救われた。

 すでに人としての姿はなく、Aギアなる装置のおかげで怪物になろうと人の意識を保ち活動できた。

 助けられたら助けなさいと両親に教えられ込まれたが、女は見返りを求めなかった。

 ただ、両親に会いに行きなさいと、移動都市の現在地を教えてくれた。

 なんで迎えに来ないのと理由を問いただすために向かった。

 だが出迎えた両親は化け物だと叫び、我が子を拒絶する。

 捨てたはずなのに、生きているはずがない。

 薄々感じていようと、直に聞きたくはなかった両親の言葉。

 気づけば爪を振るい、両親を結晶体に閉じこめていた。

 子供と同じ怪物になった両親は都市の自警団により駆除された。

 あっけなかった。

 再び家族一つになれると思ったのに悲しかった。

 女はラオを迎えに来てくれた。

 おかえりと抱きしめてくれた。

 あの人間たちがしなかったことをしてくれた。

 仲間を増やしなさい。

 強くりなさい。

 女の、母の助言だった。

 母はラオの行動を特に咎めなかった。

 好きにすればいい。

 たまに研究を手伝ってくれればいいと、ラオは自由に暴れまわった。

 強い力は強い。

 力がある。

 強い力を得られるのに治療する奴らの行動原理が理解できなかった。

 好き放題暴れているうちに同じ仲間ができた。

 同じように家族に捨てられ、拾われた仲間。

 時折ケンカはするけれど、家族以上の絆が自ずと芽生えていた。

「ルイとシク奴、最近、会わないけど、元気にしているかな」

 時間経過と共に苛立ちが冷める。

 一人ではあのストームなんとかに勝てない。

 だから家族の力を借りて、いつぞやみたく三人でボコボコにする。

 最後に三人揃ったのは二ヶ月前。

 元気に余所の都市で暴れているだろうと心配はしていなかった。

「くっそ、腹が痛い。ギアにもヒビが走っていやがる。ママに頼んで身体共々治してもらわないと」

 殴られた腹が酷く痛む。

 窪地のようにへこみ、亀裂を身体に走らせる。

 動く度に細かな結晶体が散らばり落ちる。

 殴られた際の衝撃がAギアにも伝播し、亀裂が枝分かれを増やしていく。

 小爪ほどの大きさであるが、このAギアは怪物でいながら人の意識を保全させる要の装置。

 なければ瞬く間に怪物に身体の主導権を奪われると、母は注意深く言っていた。

「ママ、いないのか?」

 探そうといつもいるはずの研究室にいない。

 何の研究かは知らない。

 難しすぎて子供にはわからない。

 ただいつもは硬く閉じられている扉が開かれている。

 危険な研究をしているから入らないようにときつく言い含められていた。

 家族二人は好奇心で入ろうとしたが、不義理だとラオは止めていた。

「ママ?」

 扉の先にあるのは階段であり、奥底から重低音がする。

 一歩一歩、薄暗き階段を下りる。

 開かれたままの扉をくぐり抜けた時、広がる光景に声を失った。

「なんだよ、これ」

 見上げるまでの巨大な像があった。

 目測でおおよそ一〇〇メートル。

 七色の輝きから七晶石ゲミンニュウムの像だ。

 ただの芸術には到底思えない。

 天井の証明に反射する像が眩しく、ラオは目を細める。

 のも束の間、息をのむように両目を見開いていた。

「ルイ、し、シク……」

 像の腹部に家族の顔が二つ。

 いや二つだけではない。

 像には無数の顔がある。

 像そのものがイルクスの身体で構成されていた。

「なんで、お前たちが、おい! なんかいえよ!」

 呼びかけようと物言わぬ彫像のように返答などない。

「こらこら、ここには入るなと言い含めておいたのに、いけない子ね」

 声がする。

 背後から恩人の声がする。

 顔を上げれば浮遊装置の上でリリが悲しい目で見下ろしていた。

「ま、ママ、なんだよこの像は! なんでルイやシクがいるんだ!」

「なんで? こうして取り込んだから、だけど?」

 リリは抑揚のない声で告げ、証明するように指を鳴らす。

 天井からアームが動き出せば、虎の顔持つイルクスを掴んでいる。

 もがき暴れるイルクスだがアームから抜け出せず、そのまま像に接触すれば抵抗むなしく吸収される。

 像の接触部位に虎の顔が浮かび上がった。

「イルクスを合体し続ける実験よ。これが思いの外うまくいってね。かれこれ九九九体の吸収合体に成功しているの」

 ラオは耳を疑った。

 合体だと、吸収だと、恩人がイルクスを非人道的に扱っているなど微塵も思わなかった。

 化け物になろうと一人の人間として扱ってくれた恩人であり母のはずだ。

「エネルギー総量も安定値を維持しているの。初期の頃は一〇体吸収させれば大爆発したのに、Aギアがしっかり制御してくれているわ」

 愕然として立ち尽くすラオを横目にリリは浮遊装置の端末を操作する。

「これなら地球で存分に実験を行える。坊や、あなたは運が良かったわね。後少し数値が足りなければ吸収させているところだったわ」

「か、返せよ、家族を返せよ!」

 リリはラオが詰め寄ろうと、飛びかかろうと、のらりくらり、爪と言葉を浮遊装置で回避し続ける。

「完成した以上、あなたに用はないわ。Aギアの実働データは当の昔に取り終えている。今まで通り好き放題暴れたらいいわ」

 実質、放置宣言だった。

 あの時、捨てた家族の顔と声がラオの中で重なった。

 宣告受けたラオは涙流れぬ目から目尻を釣り上げる。

 怒りで肩と声を震えさせる。

「ふざ、ふざけるなあああ! 返せ! 家族をかえせえええ!」

「家族を求める愛、そのデータはもう収集し終えているの」

 眼前にラオの爪先が肉薄した瞬間、リリは指を一回鳴らす。

 パチンと乾いた音が響いた時、ラオは電源が切れるように動きを停止させる。

 そのまま重力に引き寄せられるまま床に落下した。

 鼻先から打ち付けようと痛がることも涙ぐむ声もない。

 爪を伸ばしたまま、物言わぬ彫像のまま固まっていた。

 リリはラオのAギアを強制終了させたのだ。

「あなたの家族はね、好奇心に負けて、入るなと言ったこの部屋に勝手に入ったの。あなたのようにしっかり私たちの言うことを聞いておれば、後一年、自由に生きられたというのに、残念。私たちはあなたのこと、かわいい息子と思っていたけど、残念、ああ、残念だ。うん、残念で仕方がない」

 リリは目は悲しみに暮れていた。

 理解できぬ家族愛をようやく理解できたはずだが、理解できぬ結果に残念だと悔恨を漏らす。

「観測してもダメ、実験もダメ、人間になろうとしてもダメ」

 軽い軽いため息。

 重くはない。

 間などない。

 子供の相手は、結果として気休めの代替行為でしかなかった。

 そもAギアを与えたのも手慰みではなく、単なる実験の一環でしかない。

 理性のないイルクスを外部制御装置で制御する。

 人間の意識を保全出来ている、と端からすれば見えるも、実際は、人間の意識をコピーデータとしてAギアで保存している、が正解である。

 一度、イルクスとなれば人間の意識や感情は消え失せる。

 消え失せる直前、Aギアにて意識をコピーしデータとして保全する。

 イルクスは人間として既に死んでいる。

 故に制御装置は、冥府の王を意味するΑΙΔΗΣハーデスギアと名付けた。

「人形の分際でラオを追い込んだのには驚いたけど、お人形遊びもそろそろ終わりにしましょうか」

 リリはゆっくりと振り返れば、扉から新たに入り込んだ異分子に目を向ける。

 ストームJたる人形と、腹に張り付くゴミ、そして忌まわしき人間の血縁者、ミカであった。

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