第38話 リリ、お前は今どこにいる?

<パイエオン>

 創業四〇年の中小企業でしかなかったが、Vギアの開発により、一大企業にまで急成長を果たす。

 各都市がワクチン開発や治療法を模索する中、世界で最初に虹死病イリーテムの進行を大幅遅延に成功した製薬企業。

 一方でVギアを医療補助器具として販売したため、パッシングが起こるのは必然。

 根治できずとも大幅遅延効果を発揮するVギアは、汚い言いようだが、高い利益を見込める確かな事実があった。

 各都市は命の独占だと批判すれば、民衆を不安で焚きつける。

 一台一台が安価であろうと住まう人の数=世界の命運を握られるのと同じ。

 世界を文字通り掌握できる。

 表に裏にと、<パイエオン>が独占していたVギアの設計図を入手せんとする。

 リバースエンジニアリングで内部構造を確認できようと、症状遅延の要となる量子フィルターはブラックボックス。

<大衝突>にて入手した技術は、外宇宙の技術だけあって不明瞭な点が多く、文字ですら未だ全容に至っていない。

 もっとも結果的に徒労と終わる。

 製造販売から一年も経たずして<パイエオン>はVギアに対する権利を放棄。

 設計図を公開する一方、虹死病イリーテム患者に対する無償提供を行っていた。

 企業とは利益を求めるものである。

 確かにVギアによる得られるであろう潤沢な利益は手放したことで喪失も同然。

 しかし、外界から吹き付ける微粒子をシャットダウンし移動都市内の衛生状態を清潔に維持する量子カーテン、体内に蓄積した微粒子を体外に排出するキレート剤、気温六〇℃を超える外界作業に必需品の温度調整式天幕などの権利は手放しておらず、企業運営を支え得る商品となっていた。

 ただ<ヒギエア>の経営母体でもあることから、所詮は利益目的の集団との批判は隠しきれずにいた。


 トレイラーを走りに走らせ早二週間。

<ヒギエア>キャラバンは移動都市が一つ<パイエオン>にたどり着いた。

 経営元だけに、移動都市サイズは<ヒギエア>と比較して巨大。

 大型空母を並列させた形は同じだろうと、サイズが違いすぎた。

「えらいピリピリしていますね」

 白亜のビルにホムラは足を踏み入れる。

 おのぼりさんよろしく周囲を物珍しく見渡した。

 ダブルは置物のごとく右肩に留まったままままだ。

 鼻先(?)を指でつつこうと反応はない。

 外見は二階建てビル。

 営業経営を行う部署があり、本質は地下。

 正確には移動都市の最下層にある。

 地下一〇階の空間には虹死病イリーテムに対する研究施設が設けられていた。

「今回の件、本社でも驚かないはずがないわ。それに他の都市が早速かぎつけてくる可能性もあるもの」

 いわゆる産業スパイが入り込んでいると、ミカの表情は険しい。

 Vギア公表時も非難があったのだが、各都市からの表だった声明はない。

<パイエオン>自体が黙しているからこそ、下手に口を出せば干渉だと逆批判を受ける。

「待っていたぞ、娘よ!」

 ロビーに厳つい声音が弾んで響く。

 肩幅の広い初老の男性が、目にも留まらぬ速さでミカを正面から抱きしめていた。

「よく無事に帰ってきてくれた! ケガはないか? ちゃんと食べているか? 誰かを救いたいのなら、まずしっかり食べることだ。医者が死んだら誰も救えないからのう」

「え、ええ、はい、お、お義父様もお元気で何よりで」

 厳つい顔で嬉しそうにミカを抱きしめる男性。

 ミカは困惑しながらも口元は緩ませている。

 ホムラは微笑ましそうに成り行きを見守っていた。

 ただホムラの視線に気づいた男性は、ミカを抱きしめるのも程々に、離れれば身を質して軽く咳払いをする。

「おっと、失礼した。君たちがホムラくんにダブルくんだね、娘から話は聞いているよ」

 身なりを正した男性は改めてホムラとダブルに向き合った。

「改めて私の名はカイ・ラングリド。ここ<パイエオン>代表であり社長をしている者だ」

「こちらこそ初めまして、ホムラ・トオミネです。こっちは相棒のダブル。おい、ダブル、挨拶ぐらいしろ、失礼だろう」

 ダブルは社長に目線を向けて会釈するだけ、返事もしない。

 無礼だと内心呆れながらもホムラは差し出された社長の手を握りしめる。

 見かけ通り、分厚い手だ。

 だが、優しい手だと直感する。

 握手もほどほどに、手を離したカイは顔を引き締めてから切り出した。

「ホムラくん、ダブルくん、長旅で疲れているところ大変恐縮だが、お願いがある。君たちの身体を調べさせて欲しい」

 自身の解明にも繋がるため、ホムラには断る要素はない。

 加えてEシステムについて解明できれば世界を救える期待感もあった。

「ミカさんにも言いましたが、解剖以外なら」

「おーなーじーくー」

 律儀に返すホムラと異なりダブルは棒読みだった。

 二週間前か、ミカの義姉リリが残した暗号を読み込んで以来、この様子である。

 曰く、今もなおブラックボックスの調査に絶賛処理を回しているため、意識処理が希薄になっていると。

 まだしばらくかかるため、気にしないようにとのことであった。

 追加で変身はできるので心配なくとの言葉も受け取っていた。

「そうか、ならば早速!」

 パンパンと社長は柏手を二回。

 次いで白衣と作業着の二集団が現れた。

 まずは作業着の集団がホムラの腰回りに集えば、工具を使ってJギアをベルトごと外す。

 基本、ギアは一度装着すれば延命装置の特性上、一生涯外せない。

 破損や故障などのトラブルが起こった場合の緊急時のみ専用工具で取り外すことができた。

 そのまま肩に乗っていたダブルは丁重な手つきでトレーに乗せられる。

 次いで白衣の集団がホムラを車いすに座らせる。

 ホムラとダブル、行き先の異なるエレベーターに乗せられ一時のお別れとなった。


「さて検査には時間がかかる。待っている間、ゆっくりお茶でもしようじゃないか」

 久方ぶりの義父娘の団らん。

 検査に運ばれた二人に微々たる不安はあるも、手荒く扱うことはないだろう。

「はい、お義父さま」

 話したいことがある。

 伝えたいことがある。

 リリの行方は俄然不明だろうと、出会えた人たちがいる。

 助けようとして助けられてきたと報告書ではない別なる形で伝えたかった。


「ふーむ」

 社長室にて、カイは端末を手に唸っていた。

 閲覧しているのは、現時点で解明しているホムラとダブルことストームJの検査データ。

 トップの権限で、お先にとばかり閲覧していた。

「全身変異と思ったが、これはパワードスーツに近い、いや例えるなら生体装甲と呼べばいいか」

 解析によれば、七晶石ゲミンニュウムのエネルギーを用いて、ダブルのシステムボックス内にあるスーツデータを物質化させている。

 強化外骨格に近いが、無機と有機の狭間にある物質ときた。

 一方で合点が行く。

 電撃を用いた戦闘が行えるのも、生体装甲が絶縁体の役目を果たしているからだ。

 加えて、生体装甲をまとっているからこそ、鉱石そのものとなるイルクスとは同質であるが、似て非なる存在であるのを決定づける。

 いわば、イルクスたる鎧を人間がまとっていることになる。

「<大衝突>、チキュウ、キ人戦ジンセンエキ」

 今までの報告書には目を通してある。

 思うことはある。だがいえることもある。

 彼らは、停滞し滅びへと進む惑星ガデンにおける希望の星だ。

「結果としてEシステムの解析はできずじまいだが、実働データはVギアのアップデートに流用できる」

 システムは解析できずとも、父親として、そのシステムの癖を見抜いていた。

 親として断言できる。

 このシステムは紛れもなくリリが組んだもの。

 未だホムラとダブルの関係性は不明だが、予期せぬ形で糸口を掴めた。

「リリ、お前は今どこにいる?」

 父親として娘を案じるのは当然のこと。

 厳つい顔が哀愁で綻びかけた時、ドアノックの音が我に返らせた。

「社長、<ヒギエア>代表たちをお連れいたしました」

 秘書からの声に、カイは父親の顔から一転、経営者の顔となった。

 検査結果の報告もあるが、重要なのは、今後の活動について。

 すでにネットワークではレベル四をレベル0にするシステムの情報が出回っている。

 親会社として、親としてできるのは<ヒギエア>の活動をバックアップすること。

 実娘だろうと義娘だろうと関係ない。

 できることを為すべき事をなす。


 ――そうして半年が経過した。

 ――――――――――――――――


次回、第三章突入!

応援ご拝読そして星に感謝を。

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