第17話 僕はこの星を知っている

 荒野に広がる機械の残骸の上に、ホムラは青き怪人ストームJとして立つ。

 残骸の正体は、つい先ほどまで<ヒギエア>キャラバンに襲撃をかけんと放たれた殺人機械のなれの果て。

 迎撃として押し寄せる戦闘機械をちぎっては投げ、ちぎっては投げた結果、青き両手に男女二人の頭部を鷲掴みにしていた。

「危なかった。まさか無人機械の中に有人操縦で人間が混じっていたなんて、気づかなかったらそのまままっぷたつにしていたところだ」

「離せ、化け物め!」

「風邪程度で高額な医療費を請求する詐欺師どもが!」

 男女の年齢は予測して四、五〇代か。

 あれこれやかましくヒステリックに叫んでいる。

 この世界の服飾レベルは分からないが、加齢はともあれ、見てくれや肌艶は悪くない。

 ただ腹部にVギアを装着しておらず、身体より結晶体の析出は見つけられない。

『へいへいホムラ、やっちまわないのかよ? 殺しに来たんだ。殺しちまえよ。今なら頭、プチって潰せるぜ? あっひゃっひゃっはっ!』

 腹部のバックルからダブルが煽ってくる。

 ダブルの声は聞こえたようで、男女は血相を変えて青ざめていた。

 後は耳を覆いたくなる支離滅裂な戯れ言のオンパレードときた。

(殺しに来たのに、殺される覚悟はない。いや機械を使っている時点でお察しだけど)

 内なる言葉に酸味が走る。

 <ヒギエア>は自ら切除するからこそ、罪の意識を持ち、裁かれる覚悟を抱いている。

 だが、このメンツはどうだ?

 機械任せで、自ら引き金を引こうとしない。

 いや、自分がやられるのを想定してないからか。

(なら、なんで機械に乗ってたんだか)

 直に見届けるためか。

 頭部揺らして問い詰める価値はあるだろうと、現状は難しかった。

『ほれほれ、どんな気持ち? やろうとして、めっためたのボコボコにやられたのってどんな気持ちなのかな~?』

 ダブルが煽りに煽っているから困る。

 バックルに装着中の謎のおしゃべり浮遊物体ダブル。

 何故、喋るかはともかく、ダブルをJギアに装着しなければストームJに変身できないのは、大問題である。

 不思議なことに材質は鉱石など無機物に近く、一方で内部構造はJギアと同様ブラックボックスで検査できない。

 ストームJに変身しても意識が合わさることなく、腹部に張り付いているだけ。

 笑えない現状だが、当のダブルは(ホムラの)腹から声を出して笑っているという笑えない状態であった。

 確かなのはただ一つ。

(こいつの存在ってなんなんだ?)

 存在価値の正否は口に出してはならない。

 生まれてはいけない命はない。

 命は生まれ出るもの。

 現状、変身起動キーに必要なアイテムとだけ判明していた。

「ふ、ふん、我々を殺そうと第二第三の我々が現れ、お前たち成金集団を成敗する!」

「虹死病など存在しない病を広め、金を巻き上げては殺すエセ医者どもめ!」

 ホムラは仮面越しにため息をこぼす。

 次いで直感する。

 ああ、これは話が通じないタイプだと。

 自分が思ったことが正解、現実こそが、まやかしであり間違っている。

 腹部にギアがないのは自身が発症していない健康体である故、に拍車をかけているようだ。

『行動力だけに関しては褒められるんだけどね~』

「殺しに来る行動力なんて褒められたもんじゃない」

 このダブル、おしゃべりに加え、口が悪いから困る。

 相手を煽っている発言は、一〇代の悪ガキだ。

 自由に動かせる身体があるなら、今頃イタズラし放題であったであろう。

「やれやれ」

 嘆息したホムラは、男女二人を荒野に放り投げた。

 命奪う行為は容易い。

 容易いが、ただの人間の命を奪う理由がない。

 レベル四のイルクスとなった人間は、人間社会からの切除対象だが、人間テロリストは対象外である。

 殺しに来た人間テロリストの引き取り先は、医療機関ではなく都市の治安機構――警察だ。

(いや、ただの詭弁だな。僕に人間を殺せるのか)

 正直、喧嘩は嫌いだ。

 殴るよりも殴られた回数の方が多い。

 ミーロー同士の対戦にて負かせば、ただの人間同士でリアルファイトになった経験が脳裏に走る。

(またか……)

 時折、ホムラに過ぎる記憶にない記憶。

 掴めぬ記憶に今では嘆息さえしない。

 思い出せない過去よりも、今あるこの瞬間、瞬間を進むと決めた。

(そうだ。僕は決めたんだ。命救わんとする人たちを守ると、けど)

 決意しようと、実際に行動するからこそ、直面する現実があった。

(機械を壊すのに躊躇なんて必要ない。人なんていないんだから、けど中に人間がいたら、ああ、いたのかと少し驚いただけだった)

 変身の影響か分からないが、敵ならば倒せと声なき声が誘っているように感じてしまう。

『え~殺さないのかよ? ここで始末しとかないと、性懲りもなく来て、仲間がやられちまうぜ~よく言うだろう? 敵ひとり救うなら、味方三人死ぬと思えって』

 ダブルの言葉は正しい。

 敵ひとり助けるならば、味方が三人死ぬと聞いたことがある。

 あの時、敵を助けなければ、なんて後悔に蝕まれ続けるだろう。

 現に、男女二人は荒野を転がされて砂埃になろうと、殺意をへし折られていない。

 一人が服のポケットに手を突っ込んだ。

 再び現れた手には無骨な拳銃が握られている。

 ブローバック式だ。

 だが、安全装置が解除されるよりも先に、距離を詰め、青き手が拳銃を鉄くずに変えていた。

「殺しはしない。ただし、次来たら容赦はしない」

 圧を込めたホムラの警告に男女は顔面蒼白になる。

 怯え腰で立ち上がり、情けない悲鳴を上げて走り去っていた。

 黙って離れていく背中を眺めるホムラにダブルは呆れている。

『なんか言えよ。お互いがお互い、協力しないと、これから先、生き残れないんだぜ?』

「僕はお前がいなければ変身できない。お前は僕がいないと自身を守れない」

『上手く共生関係が築けてウィンウィンのウィンよ? 殺されるより殺す方がマシだぜ?』

 この世界の情勢を踏まえれば、ダブルの発言は事実だろう。

 だとしても、ホムラからすれば受け入れ難き事実でもあった。

「殺さない――人は」

『怪物は殺せると? あ~なるほど怪物ストームJだから怪物イルクスを倒しても問題ないってか、あっははは、流石、相棒、あったまいいな~』

「お前、ちょっと黙っていろ!」

 ホムラの嫌が声にこもる。

 気圧されたか、ダブルは無言の石となった。

 ただ、腹部からホムラを見上げる無機質な目は、文句の色を隠す気などないときた。

(好き好んで人を殺すなんてするもんか。ミカさんたちは、常に二者択一の中で、一人でも多くの患者を助けることを優先させている。この世界が死につつあろうと、それでもと続けている人たちを否定なんてできやしない)

 生きることは地獄だ。

 人間として生き続けるのは終わらぬ悪夢だ。

 死ねば全ての地獄から解放される。

 病に犯され苦しまず、人間のまま生を終えられる。

 だが、二者択一の現実に直面していないホムラが言うことではない。

 やれることを、できることをやる。

 変身できる力がある。

 その力で誰かを助けることができる。

(そうだ。ミーローは自分だけのヒーローだ。ならそのヒーローの心を目指せばいい)

 力は所詮、力。

 力に正と負の面があるならば、常に正の面を向き続ければいい。

 躓こうと、立ち止まろうと、進み続けるのをやめなければいい。

(理想でもいいさ。だけどこのヒーローは、ストームJは僕のヒーロー像を形にしたもの。その姿に変身できるのなら、なせるだけの力があるはずだ)

 また記憶にない記憶が決意を走らせる。

 ストームJに描いたヒーロー像。

 ありきたりで平凡な、誰かを守る力。

 小さな幸せを守る力。

 誰かの涙を止める力。

 その心は偽れない。

「そうだよ、だから」

 決意を抱いて機械の残骸を踏みつけた時、一部が弾き飛んで荒野を転がった。

 板状のパーツだが、裏に記されたロゴと文字に足を止めてしまう。

「高電圧、注意、だと?」

 目を見張るのは、その文字が記憶にある文字で記されていることだ。

「地球製ヒノアカリ重工製資源採掘衛星用搭乗型重機四式」

 聞き覚えのないメーカーだが、何故か、読めていた。

『相棒、読めるのか?』

 黙りだったダブルが驚く音声を漏らしている。

『もしもーしー聞こえていますかーあいぼーあいぼーよ?』

 ダブルが呼びかけるも、残骸かき分ける音にかき消され、ホムラの耳には届かない。

 一〇あった殺人機械の残骸をかき分け、各部品にあるメーカーらしき文字に目を疑った。

(これは

 日本語だけではない。

 英語やフランス語など、見慣れた文字もある。

(地球、僕はこの星を知っている)

 心は早鐘を打とうと、ホムラの頭は不思議なほど冷めていた。

『お~い、もしも~しも~』

 ダブルの呼びかけは荒野に消えて届かない。

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