第14話 この人でなし!
ミカは唇を噛み、逡巡した。
<ヒギエア>は誰かを救うからこそ、誰かを救わない選択をとってきた。
「代表」
目と歯を食いしばる中、スタッフの一人の発言を皮切りに、誰もが沈痛な目線を向ける。
分かっている。分かっている。
切除の選択をしたからこそ、切除されるのを覚悟する。
代表たる自分も含めて、誰もが覚悟している。
楽な選択だとは思っていない。
切除したスタッフにも家族はいる。
いるからこそ、恨まれ、叱責され、命を狙われる。
「けど……」
彼の意見を流すのは容易い。
容易いが、脳裏をよぎるのは、一握の可能性。
死病により世界は閉塞しつつある。
誰が怪物になるのか、誰が病原菌となるのか、疑心暗鬼が広がっていく。
いつ誰か死ぬのか、人として終わるのか。
明日どころか今日ですら安寧が見えない世界。
誰もが誰かを愛し、誰かを愛することを恐れ、愛し方すら忘れていく。
「いえ、もしリリなら……」
迷いもなく彼らを行かせるはずだ。
<ヒギエア>の、リリの抱いた理念を思い出せ。
この組織は、世界を延命させるために誕生した。
人間は生きているからこそ、病魔や怪我に襲われる。
世界とは人間の集合体。
人間は世界において最小の単位となる。
人一人救えずして、世界を救えないと批判されるが、現状、ただの理想でしかない。
ならば、ここで理想を現実にできる可能性があるとすれば。
「――許可します」
スタッフの誰もが息を呑む。
誰の目も不安と恐怖を隠せない。
人間の意識を保持するレベル四患者。
その力は、機械兵器を易々と破壊するまで強大。
ここ最近、各移動都市に襲撃をかけるテロ組織<バイデント>と変わらない。
「信じ……たいの!」
ミカは祈るようにあわせた両手を力強く握りしめる。
信じることから始めなければ、何一つ始まらない。
確かに、信じれば、この情勢では致命に至る。
けれど、彼は、初対面の見ず知らずの人間であろうと、危機を理由に動き、戦った。
戦ってくれた!
「索敵班は、六号車との相対距離を計測、次に気象班は、
矢継ぎ早に繰り出される指示。
スタッフの誰もが異論を挟む余裕はない。
いや、誰もが目に不満を宿さず動いていることから、一握の可能性に賭けたのかもしれない。
高速走行するトレイラーの屋根。
上に浮かぶは、正体不明の謎の物体ことダブル。
『おうおう、すげえ向かい風だな。ぶっとびそうだぜ』
風船のように浮きながらも流されず、微動だにしない。
まるで見えぬアンカーで固定されているようだ。
隣のトレイラーの屋根に立つホムラは、両足を踏ん張りどうにか立っている。
ダブルは楽天家か、それとも何も考えてないア○の子なのか、出会って四時間も経っていないため、性格が測れない。
「話は聞いているだろう。行くぞ」
『はぁ~なんでボクが行かないといけないのよ?』
ダブルの無神経な発言は、ホムラの眉根を跳ね上げさせた。
「いいから、行くぞ!」
今は一秒でも時間が惜しい。
併走するトレイラーの間を踏み越えたホムラは、ダブルを掴み取る。
すぐ右隣から二号車が距離を詰めてくる。
屋根の一部が開き、せり上がる形で一枚のサーフボードが展開された。
先端が運転席側に向けられている局地移動用ボード。
荒野を高速で移動する反重力ボードだ。
直に走るよりも速く駆けつけられるようミカが用意してくれた。
『ちょ、離せっての! 行くなら一人で行けよな! キミには助ける理由があるかもしれないけど、ボクには助ける理由なんてないよ! 助けたってボクに利なんてないし、どうせ、サンフラスシスコのモルモットなんだから、お断りだっての!』
「フラスコね」
誤用を指摘されたダブルはホムラの手の中で暴れる、もがく。
特に激しい振動で、五指の拘束から逃れようとする。
故にサンフランシスコが、どこの地名か、当たり前すぎて記憶から通り抜けた。
「こいつ、こんな時にふざけるなよ!」
力付くでベルト部に接続しようとするホムラだが、ダブルはプラズマ放出による反発作用で抵抗してくる。
まるで磁石の同極同士の反発のようで装着できない。
時間が惜しい中、ホムラがとる手は一つだけ。
「ええ、こうなったら!」
ダブルを掴んだままホムラはボードの上に乗る。
靴裏に乗せた瞬間、直感的に操作方法が分かる。
どうやら重心移動が基本操作のようだ。
ホムラは、なおも暴れるダブルを掴んだまま、足先でボードの先端を運転席側から後部に転換させる。
ボード側から伝わる振動を確認すれば、力強くトレイラーの屋根を蹴り、発進した。
『あ、バカ!』
「ホムラさん、待って!」
ダブルに続いてミカの慌てた声がした時、ボードは勢いを喪失する。
先端を荒野に突き刺さる形で落下、ホムラも例に漏れず、顔面から打ち付けていた。
『前に進んで移動しているんだから、慣性考えなさいよ。あ、慣性って分かる? そのままの状態って意味だよ? 前と逆方向に飛び出したら、前と後ろで互いに引っ張り合って物体に働く力を打ち消しあうんだよ? 後ろの慣性に引っ張られる形で滑り出さないといけないのに、キミ、記憶喪失みたいだけど、その実、バカ、痛い痛い痛い!』
五指から解放されたダブルが、荒野に顔面を埋めるホムラを煽ってくる。
音声から位置を把握したホムラはノールックでダブルを掴みあげ、握力で締め上げた。
「う、うるさい!」
失念していたのはホムラの落ち度。
気を急かしたのが文字通り落ちに繋がった。
幸いにもボードは垂直に突き刺さっているだけで、機能に問題はない。
すぐさま大根のように引き抜いたホムラは、改めてボードに足を乗せた。
『はーなーせー!』
ダブルの抗議と振動が手に来る。
ホムラは断固として無視してボードを加速させた。
『このーひとでーなーしー!』
人ですらないのに言われたくない。
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