第10話 活動目的は?

 狭い個室だと、ホムラはイスに掛けながらそう思った。

 検査後にあてがわれた部屋。

 ここで待つよう丁重な案内を受けたが、キャンピングカーの内装に近いのは当たり前か。

 移動前提のため、キッチンや洗面台、ベッドにシャワー室、トイレと生活に必要な設備が揃えられている。

 カーテンの隙間から外を覗き見る。

 草一つない荒野に六台もの大型トレイラーが並べられている。

 空を見上げるも、巨大な天幕で覆われ、空の青さを確認できない。

 設営されたテント前を白い衣服を着た年齢性別バラバラの男女が、慌ただしく奔走していた。

 ゲームに出てきそうな無骨な機械鎧が、ハンガーに吊され、トレイラーのコンテナに運搬されている。

 胸部当たりに人間サイズの凹みがあることから、乗り込んで動かすのだろう。

 凄い技術だと、無意識が舌を巻いてしまう。

 肩に銃火器を下げている者もいれば、医療器具を運んでいる者もいる。

 年端もいかぬ小さき子供もいるなど、この集団に服以外の整合性は見受けられない。

 目を見張るのは、誰かしら身体のどこかに虹色の結晶体を生やしていることだ。

 額から生えている者もいれば、右肩だけ、中には手の甲からとバラバラである。

 結晶を身体から生やす種族なのか、疑問は尽きないが今一番の問題でもない。

「困ったな」

 鏡に映る優男の顔に嘆息すら出ない。

 名はホムラ。

 ホムラのはずだ。

 間違いないと記憶は告げているが、正しい記憶か、記憶を疑ってしまう。

 己を証明するのは己でなく、第三者である。

 仮に名乗ったとしても、証明できる者あるいは資料がなければ、存在してないのと同じ。

 状況はホムラを診察した医師から簡潔に聞かされているが、要領を得なかった。

「僕は、えっと……」

 記憶を探ろうと、ホムラの名前以外思い出せない。

 締め切り間際、ネタが絞り出せぬため、原稿が一ページもできていない漫画家の気分だ。

「ん~む」

 落ち着いているのは、泣いても喚いても、意味がないと身体が冷ましてしまうからだ。

 電車の中で走るのと同じぐらい無意味だと。

「さて、どうしたものか」

 右も左も分からぬ未知の世界。

 流れから戦闘込みの人助けをした結果として、今のところは友好的であるが、一方で警戒の色は隠せていない。

 実際、外に行き来する人々は、流し目気味にこちらの様子を伺っている。

(あ、目があった!)

 カーテンの隙間から、たまたま目が合おうと顔を逸らされ、足早に離れている。

 よし思考を変えよう。

「レベル四とかゼロとかなんだろうな。それにダブルってのも、このベルトもだけど、変身できたし、ん~変身はしてた、かな~どっかでストームJとして戦っていたような気がするんだけど」

 思いだそうと思い出すための記憶がないため、なしのつぶて。

 手持ちぶさたにと、腹部に煌めく円形のベルトバックルに触れる。

 サイズ調整はできるが外せないベルト。

 中央のレンズ部から七色の燐光が漏れ出ている。

 外で目撃した人々から生えている結晶体と同じ色なのは偶然か。

 加えて外の人間全員、形が違うベルトを装着している。

 白い衣服同様ユニフォームの一部なのだろう。

 ふと、外からノックがした。

「失礼するわよ」

 続いて聞き覚えのある水面のような澄んだ女の声がした。

「どうぞ、開いていますよ」

 ドアに鍵はかかっていない。

 かける意味もない。

 ホムラは丁寧に返事をしていた。

「ごめんなさい。待たせてしまったわね」

 女性の謝罪にホムラは首を横に振った。

 ドアの外には銃火器を構えた男が二人立っている。

 女性の護衛だろう。

 確か代表とか呼ばれていたのを思い出す。

「あなたたちは、そのまま外で待機を」

 男二人は、表情を険しくして側にいるべきだと具申する。

 結局は女性に根負けし、不承不承で了承する。

「あの時はありがとう。あなたがいなければあの時、死んでいたわ」

 女性は対面する形でホムラの前にあるイスに座る。

「お礼なんていいですよ。パンツどころか服も頂きましたし。ですけど、あれこれ聞きたいことがあるので教えてください」

 今重要なのは、自身の記憶ではなく、状況と情報である。

「そうね、どこから答えればいいかしら」

 女性は特に不快を抱くことなく困ったように小首を傾げる。

 ホムラは無意識のまま両腕を組んだ。

「名前しか覚えていない僕がいうのもなんですけど、あなたの名前は?」

「では改めて、私の名はミカ・ラングリド。都市治療機構<ヒギエア>の代表を務めているわ。わかりやすく言うと、各都市を回っている医療団体ね」

 衣服が白なのは合点が行く。

 白は清潔・潔白を意味する色。

 医療団体なら納得である。

 ただ外に並んだ長距離移動用トレイラーや医療現場に不釣り合いな銃火器や機械の鎧、子供もいることから難民保護も活動に含まれているのだろう。

 いや、それでは子供だけいるのは、おかしいと疑問が浮かんでしまう。

「僕より少し年上なのに代表とか凄いですね」

 ホムラとしては率直な感想のつもりであったが、ミカの整った顔が少し曇る。

 機微からして地雷に触れていると気づいたホムラは、慌てて話題を変えた。

「そ、その<ヒギエア>の活動目的は!」

虹死病イリーテムの治療及び根絶」

 聞き慣れぬ名前が出た。

 ホムラは類推するよりも質問を先にしていた。

「イリーテム?」

「エネルギー鉱石・七晶石ゲミンニュウムより引き起こされる一〇〇%致死に至る病よ」

「もしかして身体から石が生えているのは?」

「ええ、パーティクルレベル二の症状を指すわ」

 ここでミカはタブレット端末を取り出し映像を展開した。

「え、これ、まさかタブレット! 薄っ!」

 ホムラはタブレット端末の薄さに驚くしかない。

 瞬間的に走った記憶では、文字通り、石版のような厚さと重さで、内蔵バッテリーですら一時間も保たない。

 ましてや動画データを閲覧しようならば、カクカク処理落ち後、強制シャットダウンだ。

 機能の割には、普通乗用車が一台買えるお値段ときた。

 目の前の実物は、ペーパーノートブックほどの薄さでありながら、サクサク動いている。

 もしかしなくても稼働時間も相応に長いはずだ。

「参考書より薄いなんて、すげえ」

 子供のようにはしゃぐホムラを我に返らせるのは、微笑ましいミカの視線であった。

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