第5話 機械遺構
目に入ったのは巨大な円柱。
大人一人、抱きしめられないほどの白亜の柱だった。
ただの柱ではないと物語るのは、柱より規則正しい電子音が響いていることだ。
まるで心電図の音のようだとミカは感じていた。
「ここは……」
誰もが扉の奥に広がる空間に、迫る死の恐怖を忘れるほど立ち尽くしてしまう。
広さはトラクターの荷台三台分だろうと、天井は見上げるほど高く、柱の先行きが見えない。
柱を取り囲む形でコンソールが設置されている。
埃ひとつなく、明滅するパネルから稼働状態なのが見て取れる。
誰もが迂闊に近づかなければ、触れもしない。
機械遺構の正体は、二〇〇年前、惑星ガデンに降り注いだ宇宙船の群れ。
後に<大衝突>と呼ばれる文明を破壊した事変は、どの船も地表に激突しようと、損壊することなく地中に巨体をもぐりこませた。
二〇〇年の歳月が経とうと劣化はなく、外も中も機能が生きている。
侵入者に対する防衛システムも生きており、お宝があるからと迂闊に入れば、死が手に入る。
当然、見返りは高く、機械技術が手に入ることから、都市同士所有を巡って争うことも珍しくなかった。
「冷凍睡眠装置でしょうか?」
同行者の一人が疑問を走らせる。
宇宙船だからこそ、長い航行による酸素や食料のリソース削減、生命維持のために人間を冷凍保存する。
今のところ発見された機械遺跡から人間は一人も見つかっていない。
「チーキューって星から来たと言われていますけど、どの遺跡からも人間らしき痕跡は骨一つも発見されていませんからね」
「結局、一気に堕ちてきたのも謎のままだし」
「移民にしろ、侵攻にしろ、人がいないと意味ないだろう」
「侵攻の下準備として機械兵器だけ先に送り出したかもしれないぜ?」
<大衝突>の謎は未だ解けず、憶測だけが一人歩きしている。
確かなのは、一つだけ。
チーキューという星から、この船たちは惑星ガデンにやってきた。
キロメートルやセンチ、時速などの単位は、この船たちにより定着した。
何故かヤード・ポンドは定着しなかった。
(中に、なにか、いる)
ミカは、おもむろに白亜の柱に触れる。
コンクリート類いか、石材特有の冷たさが手の平から伝わり、女の勘が告げる。
「調査をします。全員配置についてください」
脅威はまだ去っていない。
熊のように執拗に探している可能性がある。
熊というのは、かつて惑星ガデンに存在した雑食性ほ乳類だ。
雑食だが、木の実よりも肉を好み、時には人間すら襲って喰らう。
二本脚で立つ姿は二メートルを超える巨体、ただ走るだけで時速四〇キロは超えるとされている。
爪は鋭く、牙もまた硬い。
人間の骨肉など易々と粉砕する。
獲物として一度定めると、しとめるまで執拗に追いかけるとデータベースで閲覧したことがあった。
「ここのシステムは生きている。うまく使えれば応援を呼べるはずだ」
「けど、ここなんなのかしら?」
幸いにも誰もが行動不能になる負傷はない。
手持ちの武器もまた問題なく使用できる。
ただ逃走に逃走を重ねるうちに弾薬は消費され、残りは心許なかった。
「どうする」
目尻鋭いミカは顎に手を当て考える。
室内を見渡そうと他に出口らしき場所はない。
天井は高く、空気の流れを肌が掴んでいるため通気口がどこかにあるはずだ。
今頃、殺人機械が進入するために扉を破壊しようとしている。
扉の頑丈さにより今は放置していい。
「この柱はなんなのかしらね?」
目で捉えようと直に捉える愚行は犯さない。
基本、目視で予測できるが、白亜の柱だけは用途が見えないでいた。
「コンソールは、ダメね」
ミカは軽く操作してみたが、操作を受け付けない。
モニターの類が一切ないため、空間投影型と思えば違う。
加えてコネクターの類が一つもない。
接続による解析は難しそうだ。
「新発見なら社長が喜びそうですね」
「そうね、あら」
未知なる発見に驚くのが人としての筋だが、ミカの表情は暗い。
「手がかりは、なさそうね」
ミカは空間内を改めて見渡すも、生活痕は見当たらない。
足跡が床に無数に刻まれようと、入ってきた自分たちのだ。
ここにはいなかった、落胆がミカの心を締め付ける。
「代表、ここ、コネクターがありますよ!」
ふとミカは呼ぶ声に俯かせている顔を上げる。
白亜の柱の根本には、コネクターが設けられている。
上手くアクセスできれば、この空間の使用用途が判明できるはずだ。
望む情報があるのを祈って、端末をケーブルで接続すれば解析を開始する。
「俺らは他に何かないかもう少し調べよう」
誰もが頷き合う。
用心のため護衛を一人、ミカの側に置けば残りのメンバーは周囲の探索に入る。
入ろうと狭い空間だからこそ、探索は早々と終わる。
四方は壁に囲まれ、未探査区域といえば高い天井しかない。
「うえ、埃落ちてきたぞ。さっきの揺れのせいか?」
ぱらぱらと頭の上に落ちてきた埃を、男は煩わしそうに振り払う。
影ができたのは一瞬のこと。
男の命が潰えたのも一瞬のこと。
空間内に赤き着地音が響いた時、ブンとの風切り音がした。
もう一人が降りてきた影に殴り飛ばされ、壁に叩きつけられていた。
影の正体は殺人機械。
通気口か、別ルートか、獲物と見定めた熊の如く執拗にしとめんと現れる。
「代表、逃げ、て、ぐあっ!」
ミカを守ろうと踏み出した仲間は、殺人機械の腕により殴り飛ばされる。
身体より不吉な軋轢音を発し、くの次に折り曲げたまま、背面から強く壁に身を打ち付けた。
激突音は耳に張り付き、全身より吹き出した血で壁は染まる。
身体は張り付いたまま落ちずにいる。
「きゃあああああっ!」
仲間の死に一瞬だけ視線を奪われたのが隙となった。
鉄の右腕がミカの身体を掴む。
一気に絞め殺さず、グラインダーで削るように徐々に握力を強めていく。
骨が軋み、圧迫された内蔵が悲鳴を上げる。
代表の立場だからこそ、楽に殺さずじわじわ殺すようプログラミングされているからか。
端末が悲鳴に負けずアラートを上げる。
共鳴するように落としたアタッシュケースが生きているようにガタガタ揺れ動く。
「こいつ、代表をはな、え?」
迂闊な発砲はミカに当たる。
引き金を引けず、助けられぬことに業を煮やした時、重く、硬いものがスライドする音がした。
音源は白亜の柱。
見れば、柱の様子が一変していた。
中は緑色の溶液で満たされ、無数の気泡が柱、いやカプセルを揺らしている。
殺人機械の握力が止まる。
一対の目から深まる赤はまるで警戒色のようだ。
機械の左腕が高く掲げられる。
その先にあるのはカプセルだった。
「だ、ダメ! それには人類生存の可能性が!」
ミカが必死に叫ぼうと機械に情は通じない。
無骨な機械の拳がカプセルに打ち込まれる。
粉砕されることはなかろうと、接触面から亀裂を枝分かれに増やし、中の液体が床に漏れ出していく。
赤色灯が点滅すればアラートが鳴り響く。
このアラートにより、アタッシュケースが内側より強く開かれたことに気づけなかった。
殺人機械が今一度、鋼鉄の拳を振り下ろす。
亀裂が走りに走ったカプセルは、今度こそ粉砕される。
可能性が潰える、ミカは喪失の恐怖で目を瞑ってしまった。
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