無能と蔑まれた俺が、【全てを収納】したら最強になった件 ~国庫を奪ってざまぁ~
人とAI [AI本文利用(99%)]
第1話 鉄枷の倉庫番
ひんやりとした石の床に、俺の足音だけが響く。
陽の光も、風の匂いも届かない王城の最下層。ここが俺の職場であり、住処であり、世界の全てだった。
「……今日のノルマは、西の第三倉庫にある備蓄食料の検分と再配置。それから王家御用達の宝飾品の員数確認か」
誰に言うでもなく呟き、俺――アレン・ウォーカーは、目の前に広がる膨大な物資の山に意識を集中させる。
俺のスキルは【収納】。ただそれだけだ。
容量は無限。そして、中に入れたものの時間は完全に停止する。
この王国が建国以来、数百年にわたって蓄積してきたあらゆる富――食料、資材、軍需品、王家の財宝、果ては危険すぎて誰も触れられない『封印された古代の遺物』に至るまで。その全てが、俺のスキルの中にあった。
人々は俺を『国家のための倉庫番』と呼ぶ。聞こえはいいが、実態は奴隷と何ら変わらない。
「おい、倉庫番! 聞こえているのか! さっさと顔を見せろ、無能め!」
階段の上から、甲高く傲慢な声が響き渡った。
(……来たか)
俺は内心でため息をつき、ゆっくりと声の主へと向き直る。そこに立っていたのは、豪奢な装飾に身を包んだ二人の男。
一人はこの国の王太子、アルフォンス殿下。もう一人は宰相の息子、ゲオルグ様だ。
「アルフォンス殿下、ゲオルグ様。何か御用でしょうか」
「その呼び方はやめろと言っているだろう。俺のことは『ご主人様』と呼べ。いいな?」
アルフォンス殿下は、見下すような目で俺を睨みつける。
「申し訳ありません、ご主人様」
「ちっ……反抗心の欠片もない、つまらん男だ」
ゲオルグ様が、扇子で口元を隠しながらくつくつと笑う。
「まあまあ、殿下。こいつは我々が的確に指示を与えてやらねば、何もできぬただの『入れ物』に過ぎませんから。ハズレスキル持ちの孤児を拾ってやっただけでも、有り難く思うべきなのですよ」
「ふん、それもそうか。おい、アレン。父上が視察で使う儀礼用の剣、『蒼穹の誓い』をここへ出せ。今すぐだ」
「かしこまりました」
俺は言われるがまま、右手を虚空にかざす。
【収納】
意識をスキルへと接続し、膨大なアイテムリストの中から目的の品を探し出す。数百万……いや、数千万点を超えるアイテムの中から、目当ての一つを瞬時に引き出すのは、長年の経験で培った俺だけの技術だ。
すぐに、俺の手の中に豪奢な装飾が施された長剣が出現する。鞘に埋め込まれた巨大なサファイアが、薄暗い倉庫の中で妖しい光を放っていた。
「……ほう、仕事だけは早いな。まあ、できて当然だが」
アルフォンス殿下は満足げに剣を受け取ると、これ見よがしに抜き放つ。寸分の曇りもない白銀の刃は、数百年前の輝きを今も保っていた。時間停止の恩恵だ。
「素晴らしい。ゲオルグ、これも全て、我々がこいつを正しく『管理』してやっているおかげだな」
「ええ、まさしく。殿下の卓越した指導力あってこその成果です。こんなハズレスキルでも、使いようによっては役に立つという良い見本ですな」
(またか……)
俺の功績は、いつだって彼らの手柄になる。
数年前に大飢饉が国を襲った時も、俺の【収納】に眠っていた百年以上前の備蓄小麦が国を救った。だが、その功績は「王太子の英明な判断による食料管理の賜物」として、歴史に刻まれた。
俺の名前など、どこにもない。
「そうだ、アレン。貴様、食事はもう済ませたのか?」
「いえ、まだです」
「そうか。ならばこれをくれてやろう。有り難く思え」
アルフォンス殿下が懐から取り出したのは、食べかけでパサパサになったパンの耳だった。彼はそれを、まるで犬に餌でもやるかのように、俺の足元へと放り投げる。
パンの耳は、埃っぽい床を転がった。
「ははは! 見ろゲオルグ、こいつの顔を! 何の感情もない、まるで人形のようだ!」
「ええ、ええ。だからこそ扱いやすい。我々にとって、これほど都合の良い道具はありませんな」
俺は黙って床に落ちたパンの耳を拾い上げる。
これが、俺の日常。
報酬はゼロ。食事は残飯。感謝の言葉など、一度もかけられたことはない。
俺はただ、この国の富を預かるための生きた道具。鉄枷の見えない、ただの倉庫番だ。
「さて、殿下。そろそろ行きましょう。こいつに構っている時間がもったいない」
「そうだな。行くぞ、アレン。次の命令があるまで、そこで大人しく待っていろ。勝手に動くことは許さんからな」
二人は高笑いを残し、階段を上がっていく。
再び倉庫に静寂が戻ると、俺は拾い上げたパンの耳をゆっくりと口に運んだ。味などしない。ただ、空腹を満たすための作業だ。
(これでいいんだ……)
俺には感情など必要ない。期待することも、望むことも、とうの昔にやめた。
ただ命令に従い、役目を果たす。それが、俺に与えられた唯一の存在価値なのだから。
そう自分に言い聞かせ、俺は再び検分作業に戻ろうとした。
その時だった。
先ほど去ったはずのゲオルグ様が、一人で階段を駆け下りてきた。その顔には、先ほどまでの余裕はなく、珍しく焦りの色が浮かんでいる。
「アレン! 緊急事態だ!」
「……何があったのですか」
「隣国との軍事的緊張が高まった! 今すぐ国境要塞へ、大規模な物資輸送を行う必要が生じた!」
ゲオルグ様の言葉に、俺は無言で次の言葉を待つ。
彼は唾を飲み込み、信じがたい命令を口にした。
「期限は、三日だ。三日以内に、要塞の兵士一万人が、半年間籠城できるだけの食料、武具、ポーション、その他すべての物資を完璧に仕分けし、輸送できる準備を整えろ」
「……三日で、ですか?」
それは、物理的に不可能な領域の作業量だった。通常の兵站部隊なら、準備だけで数ヶ月はかかるだろう。
だが、ゲオルグ様は俺の静かな問いに、苛立ったように言い放った。
「貴様はただの道具だ! 黙ってやれ! これは王命だ! もし失敗すれば……この国がどうなるか、そして貴様がどうなるか、わかっているな?」
脅し文句と共に、目の前に分厚いリストの束が叩きつけられる。
それは、この国の命運を左右する、あまりにも重い鉄枷だった。
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