兵站(へいたん)なき侵攻と焦土作戦
王国騎士団、総勢三千。
アルフォンス王子の「正義」の命を受け、意気揚々と最果ての辺境領へと侵攻した。
騎士団長は、侯爵家の次男であり、プライドだけは高い実戦経験の乏しい貴族で、この任務を「ピクニック」程度に考えていた。
「相手は追放された『地味な悪女』一人。その私設軍隊(笑)とやらも、所詮は烏合(うごう)の衆だろう」
彼の計画は単純だった。
貧しい村々を順に制圧し、食料は現地調達(事実上の略奪)をしながら進軍する。王都からここまでの補給線(サプライチェーン)を維持するのが面倒だったからだ。
だが、彼らが辺境領に足を踏み入れた瞬間、その計画は破綻した。
「……なんだ、これは」
騎士団長の目に映ったのは、文字通り「何もない」荒野だった。
以前ジャガイモ畑として開墾された区画以外は、人の気配が完全に消し去られている。
「村はどこだ! 食料を確保しろ!」
しかし、進軍しても進軍しても、村(だった場所)はもぬけの殻。
食料は一粒残らず持ち去られ、水(井戸)すら、軍勢が飲むには到底足りない最低限の量しか残されていなかった。
エリアナによる、完璧な「焦土作戦」が実行された後だったのだ。
「おのれ、悪女め! どこへ逃げた!」
騎士団長が激昂(げきこう)したその時、偵察兵が血相を変えて戻ってきた。
「報告! 領民は全員、領地の最奥部……新たに建設された『城塞都市』に篭城(ろうじょう)しております!」
——同時刻。辺境領、城塞都市。
銀霜草で得た莫大なキャッシュ(利益)の大半を投じて建設された、難攻不落の城壁の上。
エリアナと、彼女が雇用した私設軍隊の隊長(元・他国の騎士団長)が、砂埃を上げて迫る王国騎士団を冷静に見下ろしていた。
「報告通り、敵は推定三千。こちらの五倍以上です、ボス」
実戦経験豊富な隊長が、無感情に告げる。
「まともにぶつかれば半日も持ちません。……どうしますか?」
「問題ありません」
エリアナは、迫る軍勢を「数字」として処理しながら即答した。
「我々の目的(ゴール)は、彼らに『勝利』することではありません。彼らの『プロジェクト(この侵攻)』を、採算割れにして失敗させることです」
エリアナの視線の先には、都市の地下に広がる巨大な貯蔵庫があった。
(備蓄した『ジャガイモ』は完璧だ。銀霜草で得たキャッシュ(利益)の大半を投じたこの『城塞都市(インフラ投資)』により、我々は補給(ロジスティクス)を完全に確保している)
「一方、彼ら(王国騎士団)は」とエリアナは続ける。
「王都からここまで、補給線(サプライチェーン)が限界まで伸びきっている。その脆弱(ぜいじゃく)なラインを、現地調達(略奪)という『他責』な計画でカバーしようとしていた」
彼女の目は、獲物を分析するコンサルタントの目だ。
「その前提は、我々の『焦土作戦(マテリアル欠乏)』によって、彼らがこの地に到着した瞬間に破綻(はたん)しています」
王国騎士団の側でも、無能な団長以外は、その恐るべき事実に気づき始めていた。
水も食料もないこの痩せた土地で、三千もの大軍が、長期の「包囲戦」を行うことが、いかに無謀であるか。王都からの次の補給が来るのは、どれほど先になるのか。
「……包囲しろ! 悪女を干上がらせてくれる!」
騎士団長は、自らが干上がりつつある現実から目をそらし、無意味に叫んだ。
こうして、奇妙な篭城戦(ろうじょうせん)が始まった。
王国騎士団は、城塞都市を遠巻きに包囲するしかない。だが、彼らの食料と士気は、日に日に、確実に減っていく。
一方、城塞都市の内部。
領民たちは、不安がるどころか、備蓄されたジャガイモ(食料)と、エリアナが整備した完璧な「衛生管理(公衆衛生)」の行き届いた都市機能(インフラ)により、平時と変わらない生活を送っていた。
彼らは、エリアナという「最強のリスクマネージャー」への絶対的な信頼のもと、自分たちの「職場」を守るために団結していた。
篭城が数日続き、王国騎士団の陣営に、飢えによる「疲弊」の色が隠せなくなった頃。
エリアナは執務室で、次の手を打っていた。
「武力(ハードパワー)による第一次防衛(フェーズ1)は成功です。敵の戦力(リソース)は確実に消耗している。次のフェーズに移行します」
彼女は、隣国の商人ギルド長、ヴォルグへ宛てた緊急の書簡を用意させた。
内容は、簡潔にして苛烈。
(これより、王国(アルフォンス)に対し、我々の最大の武器を行使する)
「プロジェクト・ファイナンス(資金調達)を断つ。すなわち、『経済制裁』です」
エリアナは、冷徹に部下に命じた。
「ヴォルグ氏へ通達。『銀霜草』および、その全ての加工品の王国への輸出を、本日をもって完全にストップすると」
辺境の地での物理的な消耗戦(しょうもうせん)と並行し、今まさに、王国本土の経済そのものに対する、エリアナの冷酷な反撃が始まろうとしていた。
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