月25万の不労所得を得てセミリタイアした元女上司を宗教勧誘から助けたら、「話し相手」として雇ってくれた

椎名富比路@ツクールゲーム原案コン大賞

第一章 宗教勧誘から助けた元上司が、ボクに「いっしょに住んでくれ」と頼んできた。

第1話 元上司を、宗教勧誘から助けた

 今日の仕事も、散々だったな。


 ボクって、必要なのかどうかわからん。


 まあいいさ。次に繋がったらいいよね。


 日頃から自炊を心がけているが、今日は身体が動かない。なにより、献立の頭があんまり回らないのがねぇ。


 というか、今日は惣菜がめちゃめちゃ食べたい気分である。


 こうなったら、欲望に従ったほうがいいって相場が決まってんだよね。


 自炊はあきらめて、最寄りのスーパーで惣菜を、と。


「ん?」

  

 あれは、穂村ほむら 亜紀子あきこさんじゃないか。

 ボクの元上司で、最近仕事をやめた。

 仕事中はキリリとしていた顔立ちも、どこか影を潜めている。


 困り顔で、誰かの応対をしている。


 同性ではあるが、ナンパではない。


 なんか、迷惑そうなヤツに絡まれているようだ。ご近所トラブルか?



「あなた! 最近、幸せが遠のいていませんか? それは、財産が有り余っているからです! 今すぐこちらへ入信なさい! 今ならスマホのコミュニケーションアプリから気軽に……」



「ああ、はいはい。さよならー」


 ボクはさりげなく、二人の間に割って入る。


「なんですか、あなたは!? 神への奉仕を無視なされば、災いが降りかかりますよ」


「間に合っています。それでは」


「お待ちなさい! このままだとあなたは!」

 

 おばさんはなおも食い下がっていたが、車に水たまりの水をぶちまけられていた。

 

「なにをする、貴様! 神に向かって!」


 おばさんの怒りは、車の方に向いてくれたようである。


「今のうちに」


「ありがとう、おきくん」


「どうってこと、ありませんよ」


 手っ取り早く、ボクは穂村先輩をカフェへと誘った。


「ボクといっしょなんてイヤかも知れませんが、ガードがいたほうがいいでしょう」


「とんでもない。助かる」


 手頃な純喫茶を見つけて、避難する。


 仕方ないので、夕飯はここで食べることに。


 ナポリタンとライスを、注文する。ドリンクは、メロンソーダ。


 だが、穂村さんは何も食べようとしない。

 

「なにも頼まないんですか?」


「お金を使うのが怖い病に、なっていてな」


 穂村さんはサイドFIRE、つまりセミリタイア勢だ。

 会社を退職して、今は副業で食べていると聞いた。


「老後に備えてしまうんだ。老後なんて、まだだいぶ先なんだけどな」


 先輩はまだ、二八にも満たない。なのに、将来をちゃんと考えているんだ。ボクと違って。


「私が頼まないのも、悪いな。すいません。ホットコーヒーをください」


「すいません、エビグラタンと、チョコケーキも追加で」


 店員さんは驚いていたが、ボクは構わず頼む。


「それより、なんすか。あれ?」


「宗教だ。『セミリタイアした人たちを集めるセミナーに行った帰りだ』といったら、勧誘されてな」


 うわー。


「金持ちって、バレちゃったんですね?」


「そうなんだ。会社員時代は脳もシャキッとしていたから、あんなのはスルーできたのだが。昼間からブラブラしているからか、頭が回っていない」


「結構深刻ですね。FIREって、やっぱりヒマを持て余すもんですか?」


「そうだな。三ヶ月もすると、脳が鈍る」


 楽しかったのは、最初の一ヶ月だけだったとか。

 ひたすら溜まっていたアニメや映画、ゲームを楽しんだという。

 まったく寝ずにゲームをして、気がつけば朝という日々だったそうな。


 うらやましい。学生の夏休みのようだ。


「しかし、二ヶ月目に突入した途端、することがなくなってしまった」


 もともとアニメも倍速で見る人だったので、数カ月もしないうちに見尽くしてしまった。

 ゲームもやりきってしまい、スマホゲーにも手を出しかけたらしい。


「そんなに?」


「やはりゲームやアニメというのは、忙しい合間を縫って遊ぶのが楽しいのだと悟ったよ」


 


 料理がやってきた。

 

「ん?」


 ボクは、エビグラタンを先輩に差し出した。


「頼んでいない」


「どうぞどうぞ。好きだったでしょ?」


「好物だが。よく覚えていたな」


「会社の立食パーティで、よく食べてらしたので。あと、チョコケーキも」


 食欲はないかも知れないが、今は腹に何かを入れたほうがいい。


「悪いな。いただきます」


 やはりエビグラタンが好物なのは、本当のようだ。子どものように、ウッキウキで食べている。


「よかった。元気になって」


「人と会話すること自体が、もう久しぶりなんだ」


「そうなんですか? 副業してるんですよね?」


「ほぼ、メールのやりとりだけだ。ライターだからな」


 穂村先輩の副業は、よくわからない。取材して一から記事を書くのか、テープ起こしなのかも知らなかった。

 稼いでいるのは、たしかだけど。

 

「セミナーだって、ほとんど私は話していない。人の会話を聞いて、参考にするだけだった。まったく、サンプルとして機能しなかったが」


 空気が違いすぎて、まるで話について来られなかったそう。


「でも、金持ちってのがどういう習性なのかは、あるていどわかる。例えば、キミのケースもだ」


「ボクの?」


「キミも、相当溜め込んでいるだろ?」


 穂村さんは、ボクのお財布事情をズバリ言い当てた。


「チープな腕時計、地味な服装、あまり目立たない小物など、ムリに、人の価値観に合わせようとしていないスタイル。キミは、ある程度自力で財産を築いたんじゃないか?」


「お見事です。そのとおりですよ」


 たしかにボクは、ある程度資産運用をしている。


 中学の頃から。

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