第6話 荊の書記セラ
ハルミナ市の朝、市場の横道。
パン屋の前に、昨日の“危険ポエム少女たち”がまたいた。
今日はちょっと服が変わってて、ピンクの子は肩を出した春ローブ、ミントの子は三つ編みを左右で分けてリボンを2本、ラベンダーの子は胸元に小さな鈴。かわいい。完全に「今日は成功させる日」のかっこう。
そのくせ、手にはまたボードを持っている。
「あなたと沈む準備はできてます♡」
(レベルが上がってる……)
ナギトはボードを1秒で取った。
「おはよう。これは没収」
「お・は・よう・ございまーーーす!! それ今朝の一番いいやつなのにーー!!」
ピンクがぷくっとふくれる。
ミントとラベンダーも「せっかく考えたのに」「上の人に褒められるやつなのに」と口々に言う。
ほんとに悪気がない。かわいいけど致死。
そこへ、ぱたっと白い足音。
「おはようございます、みなさん」
リゼが来た。
今日は白ワンピの上に、薄い水色のケープ。春っぽい。歩くたびにケープがふわんと広がる。
ピンクたちは一瞬で目を輝かせた。
「診療所のおねー……いえ、リゼさん!」
「“おねー”でいいですよ?」
「じゃあおねーさん!!」
リゼはちょっとだけ笑って、ボードを全部受け取る。
「これはあとで“告白用から、好意表示用”に下げておきます。いまのままだとナギトさんが倒れてしまいますので」
「やっぱり倒れるんだ……」
「倒れますね。たぶん即座に」
リゼが普通に言うから、3人は“そういうものか~”で納得してしまう。
ここまでは昨日と同じパターン。
問題はこのあとだった。
「それと、きょうは“新しいやつ”も持ってきてます!」
ラベンダーの子が、ちょっとだけ胸を張って見せた。
短冊に、さらっとした筆跡でこうある。
「あなたが他の誰かを愛したら、わたしはその人を殺したくなるくらいあなたを愛してます」
(フルで俺の死因だな!!!)
ナギトが反射で奪い取る。
ほんとに瞬間芸だった。
ラベンダーが「速っ」と言う。
「これは特にダメだ。これを俺に言われたら、俺は多分死ぬ」
「ええええええ!? でも可愛くないですか!? “他の女を愛したら殺すほど好き”ってめっちゃエモくないですか!?」
「エモいからダメだって昨日も言った!」
リゼも即フォローに回る。
「この文は、“他の人に向けた刃”が中に含まれています。そういうものは、ナギトさんの周りでは使えません。もっと、祝福寄りの文を使いましょうね」
「祝福~?」
「たとえば――『あなたが笑っていられますように』とか、『あなたの無事だけが嬉しいです』とか」
「弱ッ!!」
3人が同時に言った。
かわいいけどひどい。
「それだとときめかないです~!」
「重さが足りないです~!」
「“沈もう”とか“殺そう”とかがないと~」
「そこを抜きましょうと言っているんですけれども」
リゼが困ったように、でもやさしく言う。
ちょっとだけ眉が下がる。
ピンクたちは「えー」とか言いながらも、リゼの手元を覗き込む。
「じゃあリゼさん的に、ナギトさんに言ってもいいやつってどんなのですか?」
「そうですね……」
リゼは一瞬だけナギトを見た。
その視線は“強い好意を完全に隠そうとして失敗してる”目だった。
(あれ、これ一歩間違えたら俺死ぬんじゃない? )
しかしリゼはちゃんと内容は薄める。
「そうですね……『きょうも無事でよかったです』なら問題ありません」
「うっす!!」
「『また会えたら嬉しいです』も、いいですね」
「うっす!!」
「『もしよかったら、これ食べてください』も、かわいいです」
「かわいいけどぉ~~~~!!」
3人はごろごろ転がる。子猫みたいだ。
ナギトは本題に戻す。
「……で、お前らの“上の人”はどこにいる」
3人はあっさり指をさした。公園のはずれ、木陰。
そこにいたのは――
紺のローブがちょっと大きくて、胸元に小さい銀のいばらバッジをつけた幼めの銀髪の子。
髪は淡い銀を耳横でまとめて、目はグレーブルー。両手で書類バスケットを抱えてる。
「おはようございます、ナギト様。……いえ、“告白禁止の人”とお呼びしたほうがいいですか?」
「好きなほうでいい」
「では“告白禁止の人”で。こちらは荊の書記のセラ=ブライアと申します。いつも文をいただいている組織です」
ピンクたちが「セラちゃーん!」と手を振る。どうやらこの子が“上に報告する人”らしい。
ナギトは眉をひそめる。
「お前んとこか、こんな危ないの流してんの」
「はい。でも本当は“実際に言われたらどうなるか”まで知りたいんです。ですから――」
セラはバスケットから紙束を1枚取る。全部、甘さと重さがぎゅっとした手描きだ。
「『あなたと一緒に生きられないなら、あなたを壊して私の中にしまっておきたい』」
「読むなって言ったろうが!!!」
ナギトが即距離を詰める。
「でもこういうのが一番可愛いんです」
リゼが「はいストップですよー」と前に出る。
公園がざわっとする。
セラは落ち着いたまま。声が綺麗で、言葉が丁寧。
「わたしたちはただ、“どこまでが届いて、どこからが壊してしまうのか”を知りたいだけなんです。あなたがそれをご存じなら、教えていただけますか?」
「教えねえよ。俺が死ぬんだぞそれで」
「ああ、そういう表現をされるんですね。かわいいです」
“オーバーに言ってる”と思われている。
やっぱりこの街ではまだ本気だと信じられてない。
「では、試してみるしかないですね」
にこっと幼く笑う。
――が。
「診療でーす」
白いドアが背後に出た。
リゼが無表情で開ける。
「“試す”のはわたしの中でやってください。街でやると危険です」
セラは一瞬だけリゼを観察するように見た。
グレーブルーの目が細くなる。
「……あなたが“先に薄める”方ですね」
「はい。安全に、そしてすこしだけスイートに」
「ふふ。これは上に報告しがいがあります」
リゼが確認する。
「セラさん。あなたたち荊は、どうしてここまで“極端な告白”を集めたがるんですか?」
「“本当に届く言葉”は数が少ないからです。集まったら、きれいに並べておきたいんです」
「趣味かよ」
ナギトが素で言うと、セラは首をかしげる。
「趣味ですが?」
「潔いな……」
セラは素直に診療所へ入る。
でも去り際だけ、ことさら何でもない声で言った。
「上は、“本物”を欲しがっています。たぶん、近いうちに聞きに来ますよ」
ドアが閉まる。
ナギトは頭をかいた。
「……やっぱり来るよな、荊の上のやつ」
「来ますね。ですから、先に準備しておきましょう」
「準備?」
「“殺さない告白”の見本です。『これくらいなら安全ですよ』をこちらから配っておけば、危険なものは目立ちます」
「……先にルールを渡す、か。お前ほんと、そういうとこだけ頭回るな」
「ナギトさんを守るときだけ回転数が上がるんです」
リゼがすこしだけ照れた。
その様子を、木の上のユノがばっちり撮っていて、魔導カメラ越しににやっと笑ったのを、ナギトは見逃さなかった。
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