第3話 詠唱が告白ってもう即死呪文じゃん

市外東の境界帯。

草が低くて見通しがよくて、その向こうで「がうっ」と、あまりやる気のなさそうな魔獣が吠えた。


「……B級、土ザウルス、5。行く」


ナギトはそれだけ言って、地面を蹴った。

次の瞬間には、5体とも地面に転がっている。

本当にそれだけで終わる。爪も牙も魔力弾も、彼には届かない。


「はい終わり。――で」


ちょっとだけ肩の埃を払って、振り返る。

荷車の横で、境界警備の人たちが「は、はええ……」って顔をしてた。

その中に、小さな診療所をぱっと具現化したリゼもいる。白ワンピが草に触れないよう、すこしだけ裾をつまんで。


「負傷者の方はこちらに――」


「リゼ、こっちはもう大丈夫だ。戻るぞ。今日は公園の見張りも――」


「ナギトーーー!!」


境界の丘を、赤いのが突風みたいに降りてきた。


ポニテがぴょんって跳ねる。

腰でしばった短めローブがばさって開く。

腰のポーチから魔法石がカランと鳴る。


感情変換型の魔法使い、カンナだ。


「見たよ今のーーー!! やっば、いっつも一瞬で終わらすじゃん!! すきーーー!!」


「言うな」


ナギトが即止めるのと同時に、カンナの胸あたりから 赤い魔力 がふっとにじんだ。

彼女は“好き”とか“かっこいい”とかの感情を魔力に変えるタイプなので、テンションが上がると――


「《たったひとりの――》」


「そこまでだ。そこで切れ」


「え、なんで!? 今めっちゃいい詠唱だったのに!?」


「その先はだいたい告白だ。俺が死ぬ」


「え、え、え、ナギトってさあ~」


カンナの瞳が、きらきらを通り越してギラッとする。

いい獲物見つけた犬みたいな、でもちょっと恋してる女の子の目。


「あたしに告白されたら死ぬタイプ!? やば、最っ高!!」


「喜ぶな」


「えーだってそれってさ、逆に言えば“あたしのが一番重い”ってことでしょ? 世界最強にとどめ刺せるくらい重いってことでしょ? なにそれロマン~~!」


「ロマンじゃない。致命傷だ」


後ろでリゼがすっと近づいてきた。

今日は外用のケープを羽織ってる。風になびく。落ち着いた声だけど、言ってる内容はいつも通りだ。


「カンナさん。本日は感情詠唱が危険域に入っていますので、いったん診療所で落ち着きましょうね」


「え~~~リゼのとこ行くと“ナギトの話は半分に”って言われるんだもん!」


「半分にして、残りの半分だけを大切にしてください」


「やだ!! ぜんぶナギトがいい!!」


カンナがそう言った瞬間、ナギトの視界で、カンナの糸がすっと“中くらいの太さの明るい赤”まで伸びた。

まだリゼほどではないけど、これは油断してたらすぐ太くなる類のやつだ。


(……やっぱりこいつ、感情が急上昇すると一気に来るな)


ユノだったら「これ撮っていい?」って言いそうな場面だけど、今日はここにはいない。

なのでナギトは自分でやる。


「おいカンナ、落ち着け。戦闘後で上がってんだよお前は。こういうときに“私だけを見てて”とか出ると俺が死ぬ。診療所行け」


「えーでもさあ、ナギト! いまのさあ!」


カンナはぴょん、とナギトのほうに寄ってくる。距離感がゼロ。

近くで見ると、まつ毛やたら長い。目も大きい。表情がころころ変わるから、かわいいところがいっぱい見えるタイプの子だ。


「いまの超かっこよかったんだよ? “あ、これ一撃だな”って見てて分かるやつ。ああいうの見ちゃうとさ、魔力勝手に出るの。で、魔力出ると詠唱が出るの。で、詠唱出ると“あたしと一緒に――”ってなっちゃうの!」


「だからその最後が危ないって言ってるんだ」


「えー、じゃあどこまでならいいの?」


カンナはその場で指をぱたぱた動かす。詠唱の形を作ってる。


「《たったひとりの大事な――》」


「アウト」


「《だれにも渡したくない――》」


「アウトだ」


「《わたしとだけ――》」


「それもダメ」


「ええーー!? なにこれ、どこまで行っても禁止エリアじゃん!!」


「そういう世界になったんだよ。お前らが俺を簡単に好きになるからな」


ふくれっ面になったカンナを、リゼがやさしく肩で押す。

ふわっとした白い袖が、カンナのローブに触れる。


「カンナさん。ちゃんと落ち着けば、ナギトさんのおそばにいてもいいんですよ。詠唱に“独占”や“永遠”が混ざらなければ」


「え、い、いいの……? ナギトのそばにいて、いいの……?」


「いいですよ」


リゼはにこっとした。外見はほんとにおっとりしてる。

でもナギトには分かる。これは“わたしの管理下ならね”の笑顔だ。


「ただし、わたしの診療所に寄ってからです」


「うわやっぱそうだよね!!」


カンナが叫ぶ。

ナギトは肩をすくめる。


「諦めろ。お前、爆発物持って歩いてるのと同じだからな。俺の前で“私だけ”って言いかけたら即死だ。せめてリゼのところで安全弁つけとけ」


「はぁ~~~~~い……」


カンナはローブの裾をつまんで、しぶしぶ診療所に向かう。

その背中はまだ元気で、ポニテも元気で、ちょっと跳ねるたびにかわいい。

歩きながらもぶつぶつ言ってる。


「でもさー、どうせなら“あたしが一番重い”って言われたいよね~……ナギトの致死量、あたしが一番近い気がすんだよなあ~~~……」


「聞こえてるぞ」


「やだ~~~♡」


リゼが小さくため息をついた。


「……やっぱり、先にわたしが診ておかないとダメですね。ナギトさんに“好き”と言わせる前に、です」


「お前はなんでそんなに自信満々なんだ。会ったの先月だろ」


「え? もっと前からですよ、っていうか幼馴染じゃないですか」


「……そうだったか?」


「そうでした」


すっと自分の記憶を正にしてしまうリゼ。

ナギトは「いや先月だった」と心の中でだけもう一回ツッコんでおいた。


境界帯の風が吹く。

さっき倒した土ザウルスたちの上を、小さな魔導カメラがひゅっと飛んでいった。


(……ん?)


「ナギト君~! さっきの戦闘、遠隔でちょっとだけ撮れたよ~! 魔王領語字幕つけとくね~!」


やっぱりユノは、いないと見せかけてどこかで撮ってた。

ナギトは本気で叫んだ。


「魔王領語にまで告白禁止を広めるな!!」

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