第10話 口移しで飲ませてあげましょう!

 するする、ぱちん♡


 わたしは今日もストッキングを履く。つま先から足首へ、ふくらはぎへと這い上がる感触。太ももまで包み込まれると、留め具が肌に食い込んでくる。


 エプロンドレスを着て、頭にホワイトブリムを付ければ、


 よっし!


 これぞメイドの戦闘服!


「今日こそご主人様を暗殺だ!」


 鏡の前でガッツポーズ。


 アイツは紅茶が大好き。なら、紅茶に毒を混ぜれば一発じゃないか。うひひ。完璧な計画! わたし天才!


 キッチンで紅茶を淹れる。しびれ薬をぽたり。



 ♢ ♢ ♢



「ご主人様~♡ 紅茶入りました~♡ どーぞ♡ ご自分で飲まれますか? わたしが口移しで飲ませてあげましょうか?」


 新聞を読むご主人様。

 にっこりして、


「今日は遠慮しておくよ」

「うえ?」

「ワインにはまるようになったんだ」

 ご主人様はワイングラスをゆらゆらさせて、赤い液体を飲んでいた。


「うえぇぇええええ!?」


 くっそ! 紅茶作戦、失敗か! なんのタイミングだよ!


「でもさ、ワインは詳しくないから、ヴァインさんに学ぼうと思って」

「ヴァインさん?」

「隣のお屋敷の人だよ」


 ああ、西のダンジョンちゃんがいる、あの邸宅か。そういえば、ハロウィンで行ったきりだな。どんな人が住んでいるんだろう。気になる。


「ダンジョンちゃんも行ってみる?」

「お供します!」



 ♢ ♢ ♢



 西の邸宅は、うちよりも少しゴシック調。重厚な扉をノックすると——


「うえぇーるかーむッ」


 独特の挨拶で出迎えてくれたのは、もう一人のご主人様、ヴァインさん。背が高くて、なんだかミステリアスな雰囲気。


「なんだ、ボーケン。ワインの飲み方がわからないから、私に学ぼうというのかね。うん。見上げた心がけだね」


 応接室に通されて、ヴァインさんがワインについて熱く語り始めた。ぶどうの品種がどうとか、産地がどうとか、熟成期間がどうとか。ふむふむ、全然頭に入ってこない!


 やがてヴァインさんはワイングラスを掲げて、ぽつりと、


「私が最も好きなのは赤ワインなんだ。あの血のような色が大好きさ。まるで、誰かをむち打ち、肌が擦り切れ、傷つく様を高笑いして見ているような気分になるんだよ」


 ヴァインさんは身を震わせている。恍惚状態。目がトロン。


〝誰かをムチ打ち〟?


(ま、まさか、西のダンジョンちゃんが……!)


 わたしの心の中に、彼女が縛られ、ムチ打たれる様子が浮かんだ。


「ヴァインさん! 西のダンジョンちゃんになにをしたんですか!」

「ダンジョンちゃん、落ち着いて」

 ご主人様が止めようとするけど、

「落ち着いていられますか! この悪魔! 人でなし! メイドを何だと思っているんです!」


 ヴァインさんは怖い顔で笑う。とにかく不気味!


「ふふふ。気づいちゃったのか。メイドを何だと思っているかって。私からしてみれば、ただの都合の良いオモチャさ。使い倒す。いらなくなったら捨てる。ゾクゾクするねぇ」


 ひどい! 最低!


 その時、西のダンジョンちゃんが部屋の奥から姿を見せた。


 そして——テカテカしたラバースーツ!? え、それメイド服じゃなくない!?


「西のダンジョンちゃん! 危ない! 逃げ……」


 バッチーン!

 鞭。


 西のダンジョンちゃんが手に持っていた黒い鞭が、空を切った。


「さあさあ、ご主人様! お仕置きの時間じゃぞ!」

「ひゃい! メイドしゃま! このいやしき主人に、メイドしゃまからの鞭を体に刻ませてくだしゃい!」


 ——うえぇぇえええええ!?


 ぺんぺん! ぺんぺん!


 鞭を振るう西のダンジョンちゃん。ヴァインさんは、尻を出し、ハイヒールで踏まれてる。その尻に、鞭が流れる。赤い線が浮かぶ。あざができる。


「あの、これは……どういう」

「ダンジョンちゃん、実はヴァインさんはね、どMなプレイが好きなんだ」

「でも、都合の良いオモチャ、いらなくなったら捨てるって……」

「メイドさんにとって、自分はただのオモチャ、使い倒されるだけの存在ってことだよ」

「うわぁ」


 理解した。いや、理解したくなかった。



 ばるるん♡


 西のダンジョンちゃんは、豊満な胸を強調したラバースーツで、ヴァインさんを踏む。踏む。また踏む。遠慮なく踏む。何度も踏む。


「ありがとうございます~! ありがとうございます~!」


 ヴァインさんは鞭の音と一緒に、お礼を言っていた。涙目で、鼻息荒く、至福の表情で。



 ♢ ♢ ♢



 帰り道、わたしとご主人様は無言だった。

 沈黙。

 気まずい。


 世の中には変人がいる。自明の理だ。


 脇フェチのうちのご主人様は、


 ……なんだかとてもまともに見えてきた。というか、脇フェチくらい可愛いもんだ。そうだな。うん。


「ご主人様、明日はワインにします? 紅茶にします? それとも、わ・た・し?」

「しばらく、ワインはいいかな……」

「じゃあ、紅茶を口移しで飲ませて上げましょう♡」

「それもいいかな……」

「つまんない」


 ご主人様は苦笑していた。

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