第21話 ラストピース

 紫色の閃光がカカシを穿つ。

 

 よし、成功だ。

 しかしあれだな、計算を一項目減らせば、一節か動作を絶対に減らせるわけではないらしい。その辺は追々検証しよう。


「モ、モブぅぅぅ!」

「えっ、ど、どうしたんだカオス!」


 服の袖を引かれて振り返ると、なぜか瞳をうるうると濡らすカオスがいた。

 

「も、もうやめてくれぇ息ができない」

「何を言ってるんだ?」

「モブが凄すぎて、俺の存在意義がなくなってしまう」

「そんなことありませんよ、魔法専門職のカオスと僕じゃ役割が違うんですから」


 僕は基本的に前衛で剣での攻撃がメインだ。魔法はあくまで、攻撃手段のひとつである。後衛から多種多様な魔法でまとまった火力を出すカオスとでは活躍の場は被らない。


 ぐすんと洟をすすっと彼は、いじけたような顔をしつつも、頷いてくれた。


「……やっぱりモブは天才だな。紫エフェクトってことは威力140パーセントだぞ。下手したらもっと上までいけるんじゃないか」

「いや……戦闘中にこれ以上複雑な計算をするのは難しい気がします。ここが僕の限界でしょう」


 敵の攻撃パターンとその回避行動など、並列的に処理するタスク量を考えると現実的じゃない。


「そ、そっか。でも、140パーセントまで出せるなんて、本当に一握りの限られた者だけだ。それを専門職でもない人がやるって、たぶんモブが初めてじゃないか」

「もしそうだとしたら、とても光栄なことですね」

「まったく、もう少し胸を張ってくれ。そんなに謙虚だと、他の魔法使いが浮かばれない」

「調子に乗ってもいいことはありませんよ」


 一度きりの命で冒険をするには、慎重さはいくらあっても足りないくらいだ。

 

 しかし、完全術式は僕のブラストにとって相性抜群だな。

 威力は申し分ないし、クールタイムが存在しないのも相まって、詠唱短縮はさらに発動速度を高めてくれる。



———これで必要なピースは全て揃った。



 渇望していた僕の強さを埋める最後の要素、完全術式を手に入れた。


「カオス、僕はあの二人に戦いを挑むよ」

「……本気か? あいつらレベル20、いや下手したらもっと上がっているかもしれない。モブのペースでは今からレベリングしてもたぶん1レベルもあがらないぞ」

「知っている、けど虚仮にされたまま、黙ってられないさ。英雄を目指しているのに、友達を笑われたまま放置なんて、みっともないだろ?」

「も、モブゥ」

 

 唇を噛み、目を赤くするカオスは、恥ずかしさと嬉しさがない交ぜになったような表情で微笑んだ。


「わかった、もう止めないよ」

「ありがとう。それで、戦う為の準備をしたいから、明日から少し手伝ってくれないか?」

「もちろん」


 こうして、僕は決戦の日に備えてとある策を実行するのだった。




 着々と勝利への道筋をカオスと共に整備していく。

 そして数日後、僕はカスミンさん、ミーリャさんが集まったタイミングで、シノノメさん達に挑むこと、どのような作戦を立てたかを共有した。


「本当に戦うの!? たしかモブっちってまだノーデスだよね、こんな無謀な勝負しなくても……」

「カスミンさん、これは僕のワガママです。でも、どうしてもあの二人と決着をつけないと、晴れやかな気持ちで冒険を続けることができないんです」

「……そこまで言うならしょうがないな、もうっ。モブっちは不器用なんだから……」


 ぷいっと顔を逸らしたカスミンさんの頬は少し紅潮していた。


「ま、まぁそこがかっこいところでもあるんだけどね、ふん、そばであたしが支えてあげるか」


 怒ったような顔をしていても、嬉しさを隠しきれていない唇はもごもごとしていた。その愛くるしい姿に、僕もくすっと笑ってしまう。


「私は大好きだぜ、こういう戦いわよぉ! でも、それなら猶の事、あのコード・ブレイカーって武器を用意した方が良かったんじゃないか?」


 拳と手のひらを付き合わせてガツンと音を立てたミーリャさんがそう言う。


「いいんだ、自力でお金が溜められないなら諦める。戦いが始まったら、自分の能力だけで勝負したいから」

「そっか、モブは男の子なんだな! 嫌いじゃないぜ、わっはっは!」


 意見はまとまった。

 迫りくるその日に向けて、僕達は手分けして準備を進めていく。




 猩猩盆地、最奥。

 ミーリャとカオスから、二人を発見したとのメッセージを受けて、僕は草むらから、シノノメさんとエンビーさんが見える位置で、息を潜めていた。


 この数日、僕は同じことを繰り返している。

 広大なフィールドである猩猩盆地で、特定の人物を見つけるには時間がかかるから、捜索はカオス達に手伝ってもらっていた。


 「こんなことをやって意味があるのか?」


 隣で草むらに身を伏せるミーリャが呟く。


「うん、勝つためには必要なことだ」


 カオスは僕に報告をしたあと、この場にミーリャを残して、別行動をしているカスミンさんを迎えにいった。カスミンさんとミーリャは、このエリアでの単独行動が安全にできるほど強くはないから、カオスは護衛も兼ねている。


 僕はじっと、モンスターと戦うシノノメさんたちを観察していく。


「アイツらの戦闘を見てどう勝利につながるんだ?」

「…………僕は、彼らの無意識の攻撃パターンをしたいんだ」


 そう、僕がやろうとしているのは、彼らの戦闘における行動パターンをデータとして抽出することである。以前、フィールドで彼らと遭遇した時、つぶさにその動向を確認した。そして確信したのだ、この方法なら勝機が見えると。


「でもよぉ、プレイヤーに決まった法則性なんてない。自由意志で動くんだから、こんなの無駄じゃねえか?」

「それは違うよミーリャ」


 僕は静かにミーリャの言葉を否定した。


「モンスターとプレイヤー。その差は、所詮パターン数の違いでしかないと、僕はそう考えている」

 

 モンスターの攻撃パターンには限りがある。一方で、自由意志を持つプレイヤーの選択肢は理論上無限だ。しかし、それはあくまで脳のリソースが無限にあるならばの前提。


「人間は、無限の選択肢を選び取ることはできない。脳が処理できるリソースには限界があるからだ。思考パターン、行動の癖、人は誰しも、無意識化の中で自分の行動パターンを限定している。そういった事前情報を記憶し、蓄積すれば、直前の仕草や癖、呼吸のタイミングで、彼らが次に取りうる行動の幅を絞り込むことができる」


 これをカオスに説明した時、彼は笑ってこう言った。


『それを格ゲー界隈じゃ、人読みっていうんだぞ』


 その界隈が何かは知らないけれど、対人において有効な手段であると太鼓判を押してくれた。


「うぅ、私には難しくて分かんないぞモブ」


 目をくるくるしてぽこすかと叩いてくるミーリャに、苦笑する。


「ようはスキルを発動する順番の癖、剣戟を振る方向の癖、そういったものを読み取って戦いに活かそうってことです」

「だったら最初からそう言えよなぁ、ぶぅぅ」


 ミーリャが唇を震わせて息を吐いた。

 しばらく観察を続けていると、カオスさんとカスミンさんが、一人の男を連れてきた。


「モブっち、お目当ての人物を見つけて来たぞ!」

「ありがとうございます、カスミンさん!」


 その男は軽装鎧にショート・ソードを装備した、剣士だった。


「へへ、PVPすれば勝敗に関係なく1万ゴールド貰えるって本当だろうな?」

「はい、こちらさきに渡しておきますね」

「お、センキュー。いやボロい商売だな、じゃ行ってくるわ!」


 これで僕の残金はゼロだ。

 お金を貰った彼は軽やかなスッテプでシノノメさん達の方へと向かった。


「モブっち、本当にそんなに払っていいのかい?」

「ええ、無関係なのに協力してくれるんですから対価は払わないといけません」


 彼はカスミンさんがキョウノグラで見つけてきてくれた冒険者である。事前に、僕と戦闘スタイルが近そうな人と要望を伝えていた。

 これもまた、カオスさんと一緒に繰り返し行ってきた検証のひとつだ。より正確なデータをとるために、必要なシュミレーションだ。経費はもちろん僕持ち、おかげで、もう財布はすっからかんだよ。

 

 PVPころしあいは、何度でも復活できるプレイヤーさんにとっては、日常の一コマだ。デスペナルティーはあるものの、リスクが報酬を上回れば断る理由はない。


 戦いを挑んだ彼は、あっさりとシノノメさんとの一対一に負けてしまった。

 まあレベル差があったみたいだからしかたないね。


 もし、このやり方をユキノさんが知ったら卑怯というだろうか?

 でも、これが最も僕の能力を生かした戦い方だ。支払った金額だって、僕が毎日コツコツ冒険で得たものだ。ならば恥じることはない。

 

 胸を張って戦いに挑もう。

 なにより、皆が僕の勝利のために時間を費やして協力してくれているんだ。

 絶対に負けるわけにはいかない。




 数日後、僕はシノノメさんとエンビーさんに時間指定をして猿響の森で待つと伝言を送った。


 戦いを見届けてもらおうと、皆にも伝えた。しかし、何故か時間を過ぎてもカスミンさんだけが現れなかった。どうしたんだろう、必ず行くと約束していたはずなのに。


「外せない用事でも出来たんだよ、きっと」

「そうですね、では僕達だけで行きましょう」


 ミーリャの言葉に頷き、僕は約束の場所へ向かう。

 そこは、僕らの因縁の地だ。

 あの日、崖から突き落とされた、小高い丘の上。そこで、二人は待ち構えていた。


「よう、いい度胸じゃねーかモブ?」

「やっとPVPを受ける気になったか?」


 嘲り、侮蔑、傲慢、軽視、全てを含んだシノノメさんとエンビーさんの油断しきった表情。


「いつまでその顔でいられると思わないでください」

「けっ、口だけ達者なのは相変わらずだな、テメエ、レベルはいくつになったんだ?」

「9です」

「「ぷははははーーー!」」


 腹を抱えて笑う二人。


「勝負にもなんねぇって、俺ら22レベルだぜ?」

「どんだけ命知らずなんだよ」


 涙を堪えて汚れた笑顔をつくる彼らに、僕は冷ややかな視線を送る。


「もし僕が勝ったら、僕と仲間達に謝罪をすると約束してください」

「へ、いいぜ? まあ万に一つもありえねえがな」

「じゃあ、俺らが勝ったらお前は冒険者引退な?」


 どの道、限りある命を持つ僕が敗北したら、そこで終わりだ。


「いいですよ」

「ははは、本当に馬鹿は話が早くてたすかるぜ」

「で、俺とシノノメ、どっちと戦いたいんだ?」

 

 その言葉に僕は首を捻った。


「どっちとは?」

「ばーかっ、どうせパーティー戦で高レベルの仲間に頼ろうとしていたんだろ、そんな罠には乗らないぜ?」

「それは……ふう、困りましたね」


「はははっ! どうせそんなこったろうと思ったぜ、この口だけのビビリカスがぁ……」

「僕一人で、二人を相手する予定でしたので、これは予想外でした」

「「……は?」」


 鞘からシミターを抜いた僕は、呆気にとられ固まっている彼らへ、指をくいっと立てる。


「御託はいい、かかって来いよクズ共、お前らなんか僕一人で十分だ」



 





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