第10話 覚悟

 えっちなお店ってなんだろう?

 いや、一応僕もそういう知識だけはうっすらと知っているが。


(か、カスミンさんも時々働いているって……僕が行ってもいいの!?)


 夕暮れのキョウノグラの大路にオレンジの光が差し込み、行き交う冒険者に影を落とす。活気に満ちた道から、光が届かない暗がりの小路へ、カスミンさんに手を引かれた僕は吸い込まれていく。


 そこは、大きな看板が掲げられたお店だった。

 メイン通りではないのに、大路に負けず劣らずの人で溢れかえっている。

 店には漂う本能を刺激する蠱惑的な香りが充満していた。


 そして、上裸にエプロンを着たゴリゴリマッチョのスキンヘッド男がドンっとカウンター席にどんぶりを豪快に置いた。


「おまちっ、ゴールデン・ヒヒマンドリルの肉厚京風力うどんだ!」


(ですよねー‼)


 がっくりと肩を落とした。

 いや別に期待していたわけじゃないんだけどさ。

 ただ、変にドキドキさせられていたから、拍子抜けだったというか。

 緊張の糸が切れて、安堵なのか落胆なのか曖昧な息を吐いた。


「うわぁ美味しそう、ミッチーさんありがとう! SNSの写真とっちゃおー」

「カスミンちゃんなら従業員でもお客でも大歓迎だぜっ!」


 黒光りした太い二の腕を見せびらかせながら、ミッチーさんが忙しそうに厨房へ戻っていく。


「カスミンさん、ここは?」

「プレイヤーが運営する飲食店『食の羅針盤グルメコンパス』だよ、全都市エリアに展開している有名店さ」

「……飲食店」

「あっれぇー、モブっちもしかして、あたしのえっちな姿を期待していたのかな、このぉこのぉ、思春期なんだから」


 覗き込むように見上げてくるカスミンさんの薄青い瞳は、イタズラに成功して輝いていた。


「ち、ちがいますよ! そんなじゃありません、さあ冷める前に食べましょう!」

「ふーん、モブっちはやっぱり初心で可愛いなぁ」

「揶揄わないでくださいよ!」

「ははは、ごめん、ごめん」


 箸を手に取った僕は、初めての麺料理に悪戦苦闘しながら、うどんをすすった。

 

「おいしい!?」


 その味に、思わずそう叫んでしまう。

 肉汁が分厚いお肉から染み出て、出汁と良く絡んでいる。

 麺を啜る度に、感動が溢れてくるようだ。


「すごいよね~、味の再現とかマジでどうやってんだろ?」

「こんな美味しいの初めてです! 皆さんいつもこんなに美味しいものを食べているんですか!?」

「いつもってわけじゃないけど、まあ『食の羅針盤グルメコンパス』は美味しいから人気だね、どう来てよかったでしょ?」

「はい! これは人生の半分を損していたと言われても納得です!」


 道具屋時代は、店のストレージに無限にストックされているパンを決まった時間に胃にしまうだけだった。食事がこんなに幸せな経験だなんて知らなかった。


「どうやったらこんなに美味しい料理が出来るんでしょう?」

「料理人系の職業を獲得して、レベルをあげればモブっちでも作れるようになるよ、実はあたしも目指してるんだよね。でもまだサブ職業をつけられるレベルじゃないから時々お店の手伝いをして、今のうちにジョブの発現条件を少しずつクリアしている段階なんだ」


 カスミンさんはその辺の知識をかいつまんで説明してくれた。

 どうやらある程度レベルをあげると、別の職業につくこともできるらしい。ただし、職業によってはある一定の条件を満たしておかないと選ぶことは出来ないんだとか。料理系なら、100個の食材を加工するとかそんな感じ。


「職業ってそんなにいっぱいあるんですね」

「うん、1000職以上あるって言われてる」

「1000職!?」

「まだまだ見つかってないレア職業もあるはずだしね」



 いつのまにかどんぶりの底が見えて、僕は完食した。

 そして、僕らの話題はシノノメさんたちにうつる。

 指先でテーブルを叩きリズムを刻むカスミンさんがふくれっ面をした。


「アイツらどうにかしなきゃだよねー、このままじゃ楽しめないし。でも下手に喧嘩を売ってあいつらのクランがでてきたら、ちょっと面倒そうなんだよな~」

「クラン?」

「ほら、胸元に髑髏マークのバッチつけてたでしょ? 『反逆者イズ・デッド』っていう有名クランでさ、100人以上の構成メンバーがいるんだ」

「お、多いですね」

「うん、質より量って感じで。あんま噂は聞かないし、正直関わりたくないよねぇ」


 うーんと唸るカスミンさんがぱっと笑顔を咲かす。


「そうだっ、ユキノにお願いして次のエリアに行かない? レベルアップを手伝ってもらえば、あいつらが来れない場所まで移動できるよ!」

「……次のエリアですか」

「やっぱなし?」

「いや……」


 悪くはない案だとは思う……。

 でも、本音を漏らすと、自分の足でじっくりとこの世界を見て周りたかった。

 いや、これは僕のわがままだ。

 カスミンさんだって、僕のレベルに合わせて同じエリアに留まってくれているんだから。考え方次第だ、ユキノさんが普段いる街に一歩近づけると考えれば、悪いことばかりじゃない。


「そうしましょう! 僕も楽しく冒険をしたいし」

「おっけー! じゃ連絡してみるね」


 カスミンさんがクリスタル・タブレットを操作する。


「ユキノはギルドにいるって。今から行こう!」

「……うん」


 笑顔でそう返事をした。

 だけど、何故かギルドに向かう足取りは、少しだけ重く感じた。



 嘲笑うようなその声は、ギルドに足を踏み入れた時に聞こえてきた。


「あいつらが逃げ帰ったの最高にウケたわ」

「偶然なわけないのになっ!」

「あーあ、あのガキどもをイジメていると、クソ主任に叱られたストレスを解消できて、スッキリするわ!」

「ははは」


 ぴたりと僕とカスミンさんの足は止まる。

 壁に背をつけて笑うシノノメさんと、はしゃぐエンビーさん達がいた。


「そろそろ根をあげて引退すんじゃねーか?」

「お前性格悪すぎ、今までそれで何人初心者を引退させてきたんだよ」

「ははっ、やっぱ仕事の憂さ晴らしは初狩しょがりに限るだろ」


 じりじりと頭が熱くなった。

 全身が硬直し、頭に血がのぼる。


(……許せないっ)


 シノノメさんとエンビーさんのことをずっと理不尽な人達だと思っていた。

 だけど、少なからず僕らには因縁があった。嫌がらせの是非はともくかくとして、争う火種は存在した。


 だからこそ、僕は多少のことなら我慢しようと思ったんだ。


(でも、そうじゃなかった)


 あの二人はただ日頃のストレスのはけ口として、嫌がらせをしていただけだ。

 そして、何人も引退させてきたという発言。一体何人が彼らの身勝手なふるまいによって冒険を諦めざるをえなかったのか。僕がされたことや、被害にあった人達のことを慮ると、溜まりに溜まった怒りが暴発した。


「いい加減にしろよっ、なんでお前らみたいなのが冒険者をやっているんだ!」


 怒りに身をゆだねて発した声が、ギルド内に漂う明るい空気を揺らした。

 そこかしこで談笑をしていた声は鳴りを潜め、大勢の視線がこちらに集中する。


「おお、誰かと思えば逃げ帰ったモブ野郎じゃねーか」

「フィールドでは情けないくせに、安全なギルドでは随分デカイ態度だな?」


 こちらに気がついた二人の挑発的な態度に、身体はさらに熱が増していく。


「そっちが卑怯な真似ばかりをするから僕らが引くしかなかっただけだろ!」

「物は言いようだな? お前らがPVPを避けたから、ああいう戦いになっただけだ。正々堂々勝負を受けてくれたら、こっちだってまどろっこしい手を使わずに済んだんだぜ?」


「勝てない相手には喧嘩を売らない癖に何が正々堂々だ! 卑怯な手で優越感に浸ることしか出来ない負け犬だろ、理想も信念もないくせに冒険者を名乗るな!」

「けっ、毎回毎回青臭いこと言いやがって、こっちが恥ずかしくなるぜ」


 シノノメさんとエンビーさんは顔を合わせて、冷笑する。


「うお、恥っ。こういう熱血系多いよな、世間を知らねえガキには特によ」

「ウチの新入社員にも毎年いるわ、一年目はああだこうだデカイ理想を語る癖に、現実を知った奴から馬鹿なことは言わなくなる奴」

「しかもゲームの中でとか、ああ馬鹿らしい。いいかガキ、大人になるほどそういうことは言わなくなるもんだ」


 僕は眉間に力を入れたまま、睨み返した。


「上から目線で偉そうに説教しているとこ悪いですけど、自分の人生に価値がないと認めたくないから、他人にもそうあって欲しいと願望を押し付けているだけじゃないか。自分の人生が上手くいから八つ当たりをしている人のほうがよっぽど子供だ」


 彼らの顔からすっと表情が消えた。


「そこまで言われて黙ってるわけにはいかねえな。きっちりケジメをつけさせてやる。さぞ立派な冒険者様のお前は格上との闘いから逃げねえよな、決着をつけようぜ、一対一でPVPだ」


 その瞬間、ギルド内が熱気に包まれて冒険者たちの騒がしい声があがった。


「PVPだぜ!」

「おい誰か、賭けする奴はいねーか!」

「バッカお前、どうせガキの方がレベル低いんだろ、勝負になるかよ」


 あまりの胸糞悪さに何も考えられずに勢いで踏み出そうしたら、カスミンさんが僕の手を握った。


「冷静になりなよ! 戦っても絶対に勝てないって!」

「でもっ」

「モブっちが弱いからじゃなくて、あっちが卑怯なだけ。ここで引いても負けにはならないからさ」


 カスミンさんは僕の腕を引いて、野次馬の輪をかき分けていく。


「何の為にここにきたのか忘れたの? いちいちあんな奴らを相手にする必要ないよ」


 カスミンさんは遠巻きにこちらを眺めていたクラン『クシナダ』の面々、その先頭で見守っていたユキノさんに声をかけた。


「ユキノ、悪いけどレベル上げ手伝ってくんない? アイツらの嫌がらせであたしら全然ゲームになんなくて。次のエリアに行こうと思っているの」


 ユキノさんはカスミンさんじゃなく、僕を見て、ゆっくりと頷いた。


「いいよ、わかった。話は全部聞いていた。間違っているのは彼らのほうだ、協力しよう」


 しかし、別の声がそれを遮った。


「俺は認めねぇ、なんでウチのクラメンがテメーに協力しなきゃならねんだ」


 真っ赤な髪をした長身の男、イグニスさんだった。


「ユキノは貸さねえ、自分達で解決しろ」


 そう言い放つ彼をカスミンさんが睨む。


「なによ、あんた。あたしとユキノは友達なんだけど!?」

「お前は好きにしろよ、俺が言ってんのはそこのガキにだ」

「……僕ですか?」


 イグニスさんに指を刺されると、ユキノさんが庇ってくれる。


「イグニス、モブは被害者だ。話を聞いていて分かっただろ」

「知るか、初心者案内をしただけの関係なら協力は認めない」

「リーダーでもない貴方の指示には従わない。私は自分の好きなようにする」


 抑揚のない声でユキノさんが言うと、イグニスさんは気に入らなそうに顔を歪ませた。


「前に言ったよな、俺は軽々しく本気を語る奴が嫌いだと。初心者狩りをするクソみてーな奴は論外だが、俺はお前だって同じくらいクズだと思っている」


 なぜそんことを言われなきゃいけないのか納得がいかなかった。


「一緒にしないでください、僕は卑怯なことはしない」

「そうかもな、だけどお前がそこのカスミンとかいう女と一緒に行動するのを俺は時々みていたぜ? お前らレベル差があるんだろ?」

「そうですけど、それが何ですか」

「分からねえなら教えてやる、俺とのPVPを受けろ」


 ざわりと、ギルドに動揺が走った。

 ユキノさんは目を見開いて、イグニスさんを止めようとする。


「それこそ弱い者イジメだ」

「分かってるよ、俺をあんな奴らと一緒にすんじゃねえ、こっちから攻撃はしねえ。で、どうする勝負するか?」

「……」


 逃げる、という選択肢はなかった。

 イグニスさんは攻撃をしないと宣言した。

 ならば、僕が負ける可能性はゼロだ。

 それを抜きにしてもユキノさんに弱い者イジメだと言われてことが悔しかった。


「受けます」


 その瞬間、喧嘩を楽しむような大歓声が野次馬からあがった。

 シノノメさんとエンビーさんは、出番を取られて気に食わなそうに僕らを見つめている。


「PVPが承諾された、どこからでもかかってこい」

「どうして武器を構えないんですか?」

「お前ごときに必要ないからだ」


 真顔のまま、イグニスさんはそう言った。

 舐められていると自覚し、さらに怒りはヒートアップしていく。

 しかし、無防備な人に攻撃をするのはしたくない。


「武器を構えてください」

「いらねぇって言ってんだろ」

「どうなっても知りませんよ!?」

 

 返事はない。

 仕方なく、鞘から抜いたシミターで彼を斬った。

 カチンと鉄に打ち付けたような音が鳴った。


「!?」


 重たい手応え。

 たしかに、彼を斬ったはずだ。

 なのに、イグニスさんはその場から動くこともなく、涼し気な顔でそこにいた。


(おかしい……力を抜きすぎたのかも)


 一方的に攻撃をするが心苦しくて加減したせいだろか。

 さらに力を籠めて、彼を斬りつけた。

 しかし……


「な、なんで!?」


 何度も攻撃をしても、イグニスさんは腕を組み微動だにしない。

 動揺でシミターを落としそうになっていると、イグニスさんは言った。


「レベル差によるダメージ減衰だ。20レベル以上の開きがあれば、ダメージは99.9パーセントカットされる。つまり、どんな攻撃をしたことろで最低保証の1ダメしか俺はくらわない、そして俺のHPは15万だ」


 目の前に立ちはだかる壁の高さに、言葉を失った。

 これが、僕とイグニスさんの……そしていつか超えると誓ったユキノさんとの差。


「そこの青髪の女に安全を保障してもらってレベル上げをして、今度はユキノにお願いして次のエリアに行きたいだと? リスクを背負わないお前の行動と、俺がお前に勝負をしかけたこと、一体何が違うんだ? こんなのがお前のいう本気なのかよ」

「……それは……でも、僕は自分の力でモンスターにだって挑んでいるし」

「別にいいんだぜ、お前が普通のプレイヤーなら文句はない。だがな……」


 怒りを携えた瞳で睨みつけてくるイグニスさんが、僕の胸倉を掴んで低い声を発した。


「テメエは言ったよな、最強の冒険者を目指すって、俺らの前で。これは遊びゲームだが、遊びだと思っている奴はクシナダには一人も居ねえ。んだよ。生半可な覚悟で本気と口するお前と一緒にすんな」


 胸ぐらを掴まれていた手を離されて、支えを失った僕はよろめいた。

 まるで、大切ななにかが欠けてしまったかのように、ショックでくらくらと頭が揺れた。


「さっさと降参すると言え。勝敗がつかないとPVPは終わらねえんだ」


 俯き固まって身動きがとれない僕に、痺れを切らしたイグニスさんがそう告げる。

 野次馬からは「見苦しいぞ」と罵倒する声が飛び交う。


 どうすることも出来なくて、震える声を必死に絞りだして、重たい口を動かした。


「降参です」


 野次馬からどっと笑い声があがった。

 初めて刻まれた敗北の二文字に、僕は……僕は……。


「モブっち大丈夫?」


 カスミンさんに差し伸べられた腕を振り払い、その場から飛び出していた。





 幻想的な蝶が舞い、モンスターの鳴き声がそこら中から響き渡る。

 暗い森の中を、僕はがむしゃらに駆け抜けていた。

 

「くそっ!」


 衝いて出た言葉は、誰に向けられたものなのか、自分でもわからない。

 嫌がらせをしてくるシノノメさん達か、圧倒的な力を見せつけてきたイグニスさんになのか、それとも目の前の困難を乗り越えることが出来なかった不甲斐ない自分に対してなのか。


「くそっくそっ!」


 悔しくて、悔しくて、涙が止まらない。

 負けてしまった自分を許せない。

 イグニスさんの言う通りだと、僕自身が思ってしまったのだ。


 ユキノさんがいる場所は、想像している以上に遥か遠くに聳えている高みだった。

 NPCである僕がそこへたどり着くには、誰よりも努力をして、文字通り命を賭ける覚悟が必要だったはずだ。


 だけど、僕はどうしていた?

 一人の時は安全を優先して、絶対に負けない敵と戦いレベル上げをしていた。

 カスミンさんがいる時にだけ格上の敵に挑み、死ぬことが無いように立ち回っていた。


———今日死んでもいい覚悟をもって、後悔なく一日を全力で生きる

 

 かつて誓った言葉が、呪いのように胸を蝕む。

 僕はそれが出来ていただろうか?

 

「くそったれ!」


 否、否、否、否、否、否、否……。

 あれだけ冒険を熱望していた僕自身が、命惜しさに冒険をしていなかった。

 崖から突き落とされたあの日、ゴブリンモンキーとの戦闘で死の恐怖を刻まれて、無意識に安全を優先していた。


 自分の可能性を否定し、この世界を己の目で見て周りたいという願いすら、シノノメさんたちの嫌がらせ屈して、諦めようとしていた。


 その後悔が、荒い息を吐く口から零れるようだった。

 ギルド内で、馬鹿にしてきた奴らの顔が浮かんでくる。

 

 笑われ、惨めな想いをして、なおも言い返せない自分。

 リスクを受け入れずに冒険を拒否した自分。

 あらゆる負の劣情が、全身を犯して、甘ったるい考えを持ったこれまでの僕を殺そうとする。


 そして、暗く塗りつぶされた心に、最後まで残っていたものはたったひとつの感情だった。 

 

(絶対に全員を見返してやる)


 誰よりも強くなって、笑われた過去の自分を打ち負かすんだ。

 

 走り続けた夜の渓谷。

 いつのまにか、ワイズモンキーに囲まれていた。

 その数、5体。


 鞘からシミターを振りぬいて、突貫する。


「はぁぁぁぁ!」

「ムキャ!?」


 昨日までの僕なら逃げていた無謀ともいえる敵の集団。

 だけど、僕は走り続ける。

 驚き喚くワイズモンキーから赤いダメージエフェクトが連続して噴出し、悲鳴だけが鳴り渡る。


 地面に転がる魔石を無視して、さらに走り続ける。

 ワイズモンキー、ゴブリンモンキーをひき殺し、渓谷の最奥へと向かう。


「はぁ、はぁ、ゴブリンモンキーの異形達の夜行ナイト・パレード……」


 10体の醜悪な顔をした猿共の殺意が、闖入者の僕に向けられる。

 しかし、心に激しく灯る炎は燃え盛り、胸に刻まれたのは不退転の決意。


「どけぇ!」

「「「ギィィ」」」


 走って、自ら死地へ身を投じる。

 攻撃を受けるのは避けられない。

 だが、構うものか。

 

「ヘビー・スパァァク!」


 一瞬の隙をスキルで生み出し、シミターを翻す。

 敵の棍棒が僕の腹を打ち据える。

 初めてモンスターの攻撃を食らい、痛みが体を軋ませるが、僕は止まらない。

 だたひたすらに切り裂いて、切り裂いて、敵を打ち滅ぼす。

 絶えず流入してくる経験値の熱で、全身から火を噴くようだった。

 

 減っていく己のHPに反比例して、漲る力が湧いてくる。

 一撃の重さが増し、体の速度はさらに加速する。


 棍棒とシミターが打ち合う音が、耳元で火花を散らして響く。

 足元に転がる大量の魔石に足を取られないように、最後の一匹になったゴブリンモンキーの胸へシミターを突き刺す。


「ギィ…」

「……ふぅ、ふぅ、ま、まだだ」


 ふらつく足取りで、さらに進む。

 野猿の渓谷は終わりを告げ、眼前に広がるのは新たなフィールド。

 夜空を仰げば高い山脈に囲まれているエリア、猩猩盆地しょうじょうぼんち

 

 そして、まるで門番のように立ちふさがるのは巨大な赤毛の猿だ。

 筋骨隆々とした肉体に、赤い瞳。

 そいつは僕を見つめると、威嚇を込めて胸を叩き、重低音を鳴らす。


「ゴァァァ!」


 討伐推奨レベル14、レッド・コングだ。

 地面を蹴り飛ばし、僕は過去最強の敵へ挑む。

  




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