第7話 ゴブリン・モンキー
ゴブリン・モンキーは緑色の毛を生やした150センチくらいの猿だった。
無手で襲いかかってきた敵とは違い、手には棍棒が握られている。
(カスミンさんから攻略本を貰っておいて本当によかった)
ゴブリン・モンキー単体の強さは、ワイズモンキー五体分以上。
レベル2の僕では、一撃が致命傷となりかねない。
しかも、落下ダメージで体力は削れたまま。
だが、倒し方はある程度本に書かれていた。攻撃の種類、パターン。
もし、その情報が正しければ勝機はある。
静かな夜の森で、緊張で震える僕の吐息と、夜虫の声だけが耳をうつ。
まずは、ヘビー・スパークで奇襲をするべきか。いや、スキルはもしもの時に備えてとっておこう。本に書かれている情報が全てだとは限らないのだ。
草をかき分けて僕が姿をみせると、ゴブリン・モンキーのぎょろっとした目がこちらに向く。
「ギィェエエ!」
その咆哮を受けて、僕は駆け出した。
ゴブリン・モンキーが右手で掴んでいる棍棒を大きく振り被る。
(左上からの構え、左袈裟斬りがくる!)
攻撃よりも回避を優先だ。
余裕をもって相手の左側に飛び込み攻撃を避ける。
しかし、棍棒の先端が僕の前髪を掠めていく。
(……想像よりも速いか)
攻撃の軌道は事前情報と同じだったが、これまでのモンスターと速度が桁違いだ。
もしあの攻撃を無防備に受けたら、骨は粉々に砕けるかもしれない。
回避の勢いを殺さずに背中側へ回り、シミターで浅く斬り返す。
軽い手応えだが、相手の攻撃を把握するまではこれでいい。
まずはリスクを最小限まで減らすところからだ。
(集中、集中……)
ゴブリン・モンキーは苛烈に棍棒を振り回し続ける。
空振りした攻撃が地面を打ち、跳ねた冷たい泥が僕の頬を汚した。
攻略本の通り、攻撃パターンは8種類。
動き出したら速いが、攻撃をするまでの溜め動作は緩慢で、僕の反撃は繰り返すごとより深く敵に届き始める。データ収集が進むにつれて、薄っすらとルートが浮かび上がってくる。
たった一人での攻防。
どこかで踏み外せば死んでしまうかもしれない綱渡りの真っただ中。
「ふふふっ」
僕はまた笑ってしまった。
もし、この敵に勝ったらさらに強くなれる。そしたらもっと刺激的な冒険が待っているはずだ。燃えがるような情熱が心を焚きつけて、胸を焼き尽くす。
「キィィィイイ!!!」
煩わしそうにゴブリン・モンキーが叫び、棍棒を両手で構えた。その体に白い光を帯びる。この輝きは……スキルの発動!
スキルを使えるのは冒険者だけじゃない。
モンスターも使えるのだ。
ゴブリン・モンキーのスキル『三連撃』
これまでと比べものにならない速さと威力で攻撃が飛び交う。
ブンっと風を押しのけるような音が響く。
しかし、これも想定内だ。
バックステップした僕は無傷でよけきった。
スキルで力を使い果たしたのか、ゴブリン・モンキーが立ち止まる。
そこへ、全力の斬撃を打ち込んだ。
「喰らえぇ!」
「ギィィエエ!」
赤いエフェクトが舞い、絶叫が木霊する。
(よし、これで全ての攻撃パターンを見終えたぞ!)
後は倒すだけだ。
すると、ゴブリンモンキーはまた棍棒を左上に構える。
(左袈裟斬り!)
攻撃から逃れるために、僕は左に踏み込むが、違和感を感じた。
(いや、なんか角度が違う気が!?)
僅かに構えが浅い。
直観に従い、動作を中断した瞬間、棍棒が斜めではなく水平に振られた。
(こんなのデータになあぁぁぁぃい!?)
僕は慌てて背中から地面に倒れて緊急回避。
ぶおんと棍棒が通りすぎたのを見届けて、すぐさま左手を上に向けた。
「ヘ、ヘビー・スパーク!」
「ギイ!?」
「おりゃぁぁ!」
目つぶしを食らったゴブリン・モンキーにシミターを容赦なく打ち付ける。
渾身の一撃が首に入り、ようやくゴブリン・モンキーは魔石になった。
「はぁ、はぁ、はぁ、あ、あぶなかったぁ」
経験値が体に流れてきて、力が溢れてくる。
ステータスを確認すると、レベルが3に上がっていた。
肩で息をする僕は、ぺたりと臀部を地面につけた。
「スキルを残してなかったら返り討ちだったかも」
どうやら初心者用の攻略本も、全ての情報を網羅しているわけじゃないようだ。
その可能性は頭の隅にあったはずなのに、勝利寸前で油断してしまった。
初めて味わった死の恐怖に、肉体が縮こまる。
判断を見誤っていたら、僕の冒険は終わっていた。
誰の記憶にも残らないまま、人知れず暗い森の中で討ち死に……それだけは勘弁だ。これからはもっと気をつけないと。
「痛てて、はぁ早く帰って休もう。流石にもう敵は出てこないよね?」
すると、視界の端で草むらが揺れてげんなりとした。
戦意が高そうな5匹のワイズ・モンキーが姿をみせる。
「嘘でしょ……」
勝利を祝う暇もない。ぐったりと重くなった体で立ち上がろうとすると、その声が響き渡った。
「
10発を超える赤い光の矢が降り注ぎ、ワイズモンキーの胸を的確に打ちぬいていく。圧巻の光景に立ち尽くしていると、青髪の少女が、弓を持ったまま笑顔で手を振り、近づいてきた。
「おーいっモブっち!」
「カスミンさん、どうしてここに!?」
「君を追っかけ……じゃなくて、レベル上げしてたら偶然にね! って、ボロボロじゃんどうしたの!? ライフポーションで回復しなよ」
「ポ、ポーション……」
「もしかして、持ってこなかったの?」
「……はい」
何で思い至らなかったんだろう!
アイテムを売っていた僕がポーションの存在を失念するとか間抜けすぎる!
「じゃ、はいこれあげる」
「あ、ありがとうございます、体中が痛かったんで助かります」
赤い液体が入った細長い瓶のコルク栓を抜いて飲みほした。
全身が一瞬だけ淡い光の粒子に包まれて、痛みが和らぐ。
「痛いって……モブっちはリアル志向だな~。痛みなんて感じるはずないのにさ」
「?」
どういう意味だ?
もしかしてプレイヤーさんには痛覚がないのか?
いや、同じ人間なんだし、そんな訳ないか。
「しかし、奇遇ですねこんな場所で再会するなんて」
「あはは、う、うんうん! そうだよねぇ~ガチ奇遇。ストーカーとかじゃないよ、絶対にね、神に誓う!」
「え、わかってますけれど……」
急に何を言い出すんだこの人……。
「ところで、さっきの光の矢凄かったです! あれはカスミンさんのスキルですか!?」
「ちがう、ちがう。あれは
「
「知らないの? ある程度モンスターにダメージを与えたらゲージが溜まってつかえるんだけど」
「ゲージですか……」
「うん、スキルよりも強力な職業技が使えるんだけど、おかしいなぁ。発動条件が揃うと右手が赤く光るよ」
右手を見下ろす。
しかし、特に変わったところはない。
モンスターの討伐数が足りないのか?
僕の
「いやー、モブっちが囲まれてたからビックリしちゃったよ……って、そうじゃん、モブっちレベル2でしょ!? なんでこのエリアにいるの?」
「実は……」
ここまでの経緯を説明すると、カスミンさんは自分が被害にあったように顔を顰めて、憤慨した。
「なにそれ完全にマナー違反じゃんっ! 即BANよ即BAN! モブっちがしないならあたしが通報する!」
「お、落ち着いてください!」
カスミンさんが「おのれぇ~」と拳を握りしめて、今にも暴れ出しそうな雰囲気を出すものだから、僕の方が焦ってしまった。
そして、不運とは重なってしまうものだ。
「あれ、モブじゃん、生きてたのかよ」
「落下ダメで死んだと思ってたのにつまんな」
薄笑いを浮かべるシノノメさんとエンビーさんが現れた。
――――――――――――――――
あとがき
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試験的にタイトルを短くしていますが、そのうち戻すかもしれません。
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