無能と追放された宮廷錬金術師ですが、持つスキルが【万物解析】だったので辺境で素材屋を開いたら、国中の冒険者が押し寄せてきて伝説の素材も集まるし、私を追い出した王国は素材不足で滅びそうです
☆ほしい
第1話
宮廷錬金術師の工房は、いつも薬品の匂いがしている。
私の仕事場も、その一角にあった。
「……むぅ」
私は目の前にある、手のひらサイズの黒い鉱石を睨んでいた。
これは先日、討伐部隊が持ち帰ったゴーレムの残骸に混じっていたものだ。
私はそっと、その鉱石に指で触れる。
[名称:不明な鉱石(高密度魔力体)]
[成分:未知の金属繊維、凝縮マナ、その他不明な物質多数]
[特性:極めて硬質。魔力を吸収・保持する性質あり]
[最適な加工法:レベル不足により解析不可]
[隠された特性:レベル不足により解析不可]
(やっぱりダメか……)
私のスキル【万物解析】は、触れたものの情報を見抜く力がある。
でも、宮廷にあるような高レベルの素材は、私のスキルレベルでは歯が立たないことが多い。
宮廷錬金術師といっても、私は伯爵家の三女。
家柄だけで採用された、お飾りのようなものだと皆が噂していた。
実際、私のスキルは戦闘にも、派手なポーション作りにも役立たない。
できるのは、こうして地味な素材を鑑定することだけだ。
「リリアーナ君。またそんなガラクタを眺めているのかね」
工房の入り口から、不機嫌そうな声が飛んできた。
声の主は、上司である宮廷魔術師長のゲオルグ様だ。
その後ろには、同僚の魔術師アルフレッドもいる。
アルフレッドは、私を馬鹿にするような笑みを浮かべていた。
「これはガラクタではありません。未知の鉱石です。もし解析できれば……」
「無駄だと言っている!」
ゲオルグ様が、私の言葉を遮って叫んだ。
「君の【万物解析】などというスキルが、どれだけ地味で役に立たないか! いい加減に自覚したらどうだ!」
「その通りですよ、魔術師長」
アルフレッドが、わざとらしくため息をつく。
「彼女がこの一年で生み出した成果はゼロだ。他の錬金術師たちは、高純度のマナポーションや属性爆弾の開発で忙しいというのに」
「君はただ、石ころや薬草を一日中撫でているだけじゃないか!」
(撫でているだけじゃない。解析しているんだ)
口には出さない。言っても理解されないことは分かっていたから。
私はこの鉱石が持つ、未知の可能性に夢中だった。
この硬さ、この魔力保持量。もし加工できれば、今までのどんな武具よりも優れたものが作れるかもしれないのに。
(でも、彼らに興味があるのは、すぐに結果が出る派手な魔法だけだ)
ゲオルグ様は、重々しく咳払いをした。
「リリアーナ・フォン・アークライト」
「はい」
「君は本日付で、宮廷錬金術師の任を解く。事実上の追放だ」
「……え?」
私は思わず顔を上げた。追放。
「実家であるアークライト伯爵家にも通達済みだ。無能な娘を宮廷に送り込んだと、お父上も大変お怒りだったぞ」
「そ、そんな……」
「当然の結果だな」
アルフレッドが鼻で笑う。
「王宮は実力の世界だ。君のような地味なスキルしか持たない落ちこぼれに、居場所は無いんだよ」
「荷物をまとめて、即刻王都から立ち去るように。いいね?」
ゲオルグ様はそれだけ言うと、興味を失ったように背中を向けた。
アルフレッドも、勝ち誇った顔で私を一瞥し、去っていく。
工房には、私一人だけが残された。
(追放、か)
数瞬、呆然としていた。
でも、すぐに別の感情が湧き上がってきた。
(……もしかして、これはチャンスなんじゃ?)
宮廷では、ゲオルグ様たちの催促がうるさくて、自分の研究に集中できなかった。
「成果を出せ」「派手なものを作れ」と毎日言われ続けるのは、正直うんざりしていた。
(王都から出れば、もっと自由に研究できる)
そう思った途端、気分が軽くなった。
悲しみや悔しさは、不思議と湧いてこなかった。
(そうだ。あの町に行こう)
私には、ずっと行きたい場所があった。
辺境の町「リューン」。
未踏のダンジョンや魔獣の森が近く、王都ではお目にかかれない珍しい素材の宝庫だと聞いている。
(あそこなら、私の【万物解析】がもっと活かせるかもしれない)
(スキルレベルも、きっと上がるはずだ)
私はすぐに立ち上がった。
持っていく荷物は少ない。
宮廷の備品である高価な錬金釜や道具は、全て置いていく。
私が持っていくのは、着替えと、書き溜めた研究ノート数冊。それと、携帯用の小さな錬金道具セットだけだ。
(あ)
私は、さっきまで解析していた黒い鉱石に目をやった。
(これだけ、心残りだ)
でも、これも宮廷の所有物だ。持っては行けない。
私はその鉱石に、もう一度だけそっと触れた。
(いつか、君の正体を必ず解き明かすから)
工房を後にして、私は王宮の門をくぐった。
誰一人、私を見送る人はいなかった。
それが逆に清々しいとさえ思った。
私は実家には戻らず、そのまま乗合馬車の停留所へと向かった。
伯爵家に戻っても、また別の誰かと結婚させられるだけだろう。
それなら、自分の力で生きていく方がいい。
幸い、宮廷時代の給金を少しだけ貯めてある。
リューンで小さなお店を開く資金くらいにはなるはずだ。
「リューン行き、次は何時ですか?」
「おお、嬢ちゃん。リューン行きかい? ちょうど今から出るところだ。急ぎな!」
私は慌てて馬車に乗り込んだ。
ガタガタと馬車が揺れ始める。
私は王都の景色を振り返ることもなく、窓の外を流れる景色を見ていた。
道端に生えている、見慣れた薬草が目に入った。
私はこっそり窓から手を伸ばし、その葉に触れる。
[名称:コモンソウ]
[効能:軽い切り傷の止血]
[最適な加工法:乾燥させて粉末にする]
[隠された特性:レベル不足により解析不可]
(やっぱり、まだ特性までは見えない)
宮廷では、解析できる素材に限りがあった。
ゲオルグ様たちは、解析済みの安全な素材しか私に使わせなかったからだ。
(でも、リューンなら違う)
胸が高鳴る。
そこには、未知の素材が溢れているはずだ。
冒険者たちが持ち帰る、魔物の素材。ダンジョンで採れる、不思議な鉱石。
それらを解析し、研究し、加工する。
(ああ、なんて素敵な響きだろう)
私を無能と呼んだゲオルグ様たちの顔は、もう思い出せなかった。
私の頭の中は、これから出会うであろう未知の素材たちのことで一杯だった。
馬車は進む。
私を乗せて、希望の地リューンへと向かっていく。
数日後、馬車は活気のある町に到着した。
「着いたぜ! ここが辺境の町リューンだ!」
馬車の扉が開くと、むわっとした熱気と、人々の荒々しい声が飛び込んできた。
屈強な鎧を着た冒険者たち。露店で珍しい獣の肉を売る商人。
王都とは全く違う、生々しいエネルギーに満ちている。
(すごい……)
私は荷物を抱えて馬車を降りた。
(ここなら、面白そうな素材がたくさん集まっていそうだ)
私の新しい生活が、今ここから始まる。
まずは、お店を開くための場所を探さないといけない。
私は期待を胸に、リューンの町を歩き始めた。
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