第8話 じゃあ最初から書けよ、を俺に書かせるな

月曜の午後。

雨は上がってるのに、向こうの会社だけどんよりしてるらしい。御堂からのDMがいつもより早い。


御堂:

“この説明を最初からしてください”って営業に言われた

だからその説明を最初から書いてくれ


「はい出ました、“最初から書いてくれ”」


俺が言うと、千紗とノノと真白がそろって「うわ〜〜〜」って顔をした。

分かる、これはダサい頼み方だ。


「課長なのに?」


「課長だから、ですね」


「“知らなかった”って言いたくないから?」


「そう。だから俺に書かせにきてる」


俺はあえて電話をかけた。顔は見えないほうがいい。


「もしもし」


「……いるか」


「います。で、“最初から書いてくれ”ってやつですね」


「そう。

 お前がこの前送ったやつが“これで説明してください”って全社に回ったんだよ。

 で、“最初はなんて言ったんですか”って聞かれたときに、俺が言ったやつとお前のが違うとバレるんだよ。

 だからお前が言ったやつを最初からにしたい」


「つまり“最初からお前でした”にしたい」


「そう。何が悪い」


「悪くはないですけど、だいぶ見栄ですね」


「見栄だよ。見栄張らせろよ」


後ろで、たぶん誰かの声がする。「これも貼っといてくださーい」みたいな。

御堂のデスクがちょっとだけ騒がしい。営業や総務が来てるのかもしれない。

“安全って言ったのに”の火消しで。


「じゃあ条件つけます」


「お前なぁ、また条件かよ」


「今回は優しいです。

 1. 今日からは御堂さんの名前で出すこと

2. “2〜3%は動きます”を必ず入れること

3. “今回はここまででやめました”も必ず1回は書くこと

 この3つです」


「3つもあるじゃねえか」


「3つで済んでます。前の会社なら“公開して謝って仕様出せ”って3段構えでしたよ」


「誰の話だよそれ」


「気にしないでください」


御堂が息を吐いた。


「……わかったよ。じゃあお前書け」


「書きます。でも“俺が書きました”ってバレる文にしますからね」


「バレんのかよ」


「バレます。だって“2〜3%は動きます”って、いま社内で俺しか言ってないでしょ」


「くそ」


 



俺はPCでさっと書いた。A4一枚、タイトルだけは御堂用にやわらかく。


【今回の投資の説明】

今回の銘柄は、①長く利益が出ていること、②足元で材料(ニュース)が見えていたことから選びました。

株式である以上、市場の動きにあわせて2〜3%は上下します。ここまでは想定の範囲です。

今回は一部を現金に戻し、残りは上記の想定の中として保有します。

次に状況を見るのは○月○日です。

投資部門 御堂


「はい、送ります」


凛:

これでどうぞ。名前は御堂にしてあります。


数分後、向こうの全社チャットにこれがそのまま貼られた。


【投資部門】

(上と同文)


で、その1分後。営業のほうから拍手スタンプが大量に飛ぶ。

さらに別の部署からも「こういう説明を最初からお願いします」「これなら客にそのまま見せられます」のコメント。


御堂からすぐまたDM。


御堂:

すげえ伸びてんじゃねえか

なんでお前クビにしたんだってなったぞどうすんだよ


凛:

そっちで考えてください

でも今日からは“説明したのに下がりました”って言えるので楽ですよ


御堂:

楽じゃねえよ

“今まで説明してなかったのに何で急に説明できたんですか”って聞かれてんだよ

“勉強しました”って言うしかねえじゃん

課長がだよ?

ダサすぎんだろ


ここでやっと、“苦しんでる御堂”になった。

今はもう「安全です」で逃げられない。

今日からはずっと「2〜3%は動きますって言いましたよね」で返される。


 



夕方。

御堂から最後に1通だけ、トーンの違うのがきた。


御堂:

ほんとはな

俺もこういうの書けたほうがいいって分かってたよ

書こうとしたときに、

“あのときもこうやって書いときゃ怒られなかったのかな”って思うのが嫌で

ずっと手ぇ出さなかっただけだ

だから今これ書けって言われんの、昔の分もまとめてぶん殴られてるみたいでムカつく

お前はそれ分かっててやってんだろ


さすがに、そこは返さなかった。

ここは向こうがひとりで噛むところだ。


画面を閉じると、背後からノノがのぞいてきた。


「どうでした?」


「“課長なのに勉強したことにされた”って嘆いてた」


「それは面白いです」


千紗も笑う。


「でもあれですよね、あの人いま本気で困ってるってことは、

 “書いてなかった説明”が一番効いたってことですよね」


「そう。投資の中身より、説明のほうが効いた」


真白がまとめる。


「じゃあ私たちは“説明の在庫”をいっぱい作っておけば、

 向こうがまた困ったときにも出せますね」


「出せます。でもそのたびにあの人は“なんでクビにしたんだ”って言われる」


「ざまぁ、ですね」


3人がすごくいい笑顔で言ったので、俺も笑った。

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