第3話 初めての仲間
旅路は順調そのものだった。街道は整備されて安全そのもので、魔物や盗賊の類いが襲ってくることもなかった。トラブルらしいトラブルと言えば、街を出た翌日、大雨が降って馬車の屋根が雨漏りしたことくらいだ。
「
その雨漏りもリザ結界術で応急処置をした。馬車を覆うように術を展開すると、ポタポタと垂れていた水が即座に止まった。
「これはすごいな」
ディートリヒは屋根を見回しながら、感心したようにつぶやいた。アロンも目を見開いて屋根を触っている。
「本当に助かったよ。ありがとう、リザ」
「いえ、大したことでは」
「大したことだよ!」
恐縮したリザの肩を、興奮した顔のコレットが掴んだ。
「こんな精緻な結界術初めて見た! すごいのね、リザちゃん」
「お前はできないのか? 一応結界術も使えるだろう」
「無理! 魔法や物理の衝撃はともかく、水を防ぐのは難しいの」
アロンの言葉にコレットは強い剣幕で返すと、すぐにリザに向き直った。
「結界術でこんなことまでできるなんて知らなかった。さすが都の防衛の要、守護の塔にいただけあるのね」
「そんなに難しいことじゃないです。塔にいたころの仲間ならみんなできますよ」
「結界術のエリートってすごいのね。私は早々に素質なしってことで、回復術ばかりやってたわ」
コレットの杖には赤い石が埋められている。教会に認められた、回復術のエキスパートの証だ。
「私は回復術も付与術も苦手で…高度な回復術を使えるコレットさんがうらやましいです」
「そんな謙遜しなくていいのよ。回復術士なんて教会の中にも外にも山のようにいるけど、結界術のプロは聖女の中でも特にレアなんだから」
コレットの剣幕にディートリヒが不思議そうに問いかけた。
「そうなのか? お前も結界術使えるじゃないか」
「私の結界術なんて、リザちゃんのに比べたらゴミみたいなものよ。リザちゃん、上級の攻撃魔法を防ぐ障壁、何発くらいまでなら耐えられる?」
「えっと……」
突然の質問にリザは戸惑った。魔法障壁の訓練は聖女だったときに数え切れないほど行っていたが、幸か不幸か実戦経験はなかった。
「訓練の時は多分5回くらい?」
「嘘だろ!? 俺が兵士やってた頃、部隊の結界術士は中級魔法1発でやられてたぞ」
ディートリヒの大声にリザは思わずびくりとした。
「く、訓練での話なので、実戦だとそんなに耐えられないと思います」
「それでもたいしたものだと思う。結界術のプロってすごいんだな。さすがその幼さでアル・ラインに入れるだけある」
「ふむ、ただの子どもではないということか」
「なっ…」
リザはムッとして、ディートリヒやアロンをにらみつけた。
「子どもじゃないです。もう16で、成人済みです」
リザが言い放つと、ディートリヒだけでなくアロンまで驚いて目を見開いた。
「まだ14かそこらかと…」
「だから子どもじゃないです。そりゃギルドは未成年でも所属できますけど」
「あー、だからこの仕事受けるの反対してたのね。リザちゃんを子どもだと思ってたから」
コレットは納得したと一人頷いていた。
「それなら何で、雑用みたいな仕事ばっかりしてたんだ?」
「それは……実戦経験がないから……」
「ああ、なるほど」
決まり悪そうに目を伏せるリザに対し、アロンは納得したように頷いた。大悪魔シトリーが討伐され、もうじき6年になる。シトリー討伐時のリザはまだ10歳。その後も都は散発的に魔物の襲撃を受けたが、未成年のリザが前線に出されることは一度もなかった。
実戦経験がない。このことはリザの冒険者として致命的な弱点だった。危険と隣り合わせの場所に、戦場に立ったこともない術士を連れ出したい冒険者はいない。
「ん、じゃあ何歳で教会に入ったんだ?」
「5歳の時です。故郷を出たときはまだ4歳でした」
何気ない質問にリザが軽く返すと、ディートリヒは一瞬だけ顔をこわばらせたが、「そうか」と小さくつぶやいて目を伏せた。少し暗くなった空気をごまかすように、コレットがリザの肩を抱いた。
「そう。だからリザちゃんは、こんなに若いのに歴10年のベテラン結界術士なの」
コレットも平民だと聞いていた。おそらく彼女も子どもの頃に親から引き離されて教会に入ったのだろう。「教会なんて碌でもないね」と言いたげな顔で、コレットはリザの顔をのぞき込んで、穏やかに笑った。
「そういうことなら、今回の依頼はちょうど良かったのかもな」
ディートリヒが言うと、コレットも同意した。
「田舎の廃鉱山とはいえ、今回は調査だけだしね。都からそんな離れた場所じゃないし、そこまで大きな危険はないでしょ」
「現地の司祭が一応現地を見たが、明確な異変はなかったって話だしな」
「調査をされたのはグローリア様です。おそらく見落としはないかと」
「グローリア様って守護の塔のトップだった大司祭だよね」
「はい。私の恩人で、結界術の師でもあります」
「ああ、そうなんだ……」
コレットはそう言うと、しばらく黙り込んでしまった。リザとは部隊こそ違ったが、彼女もまた元聖女だ。教会内の治療院であった苛烈な派閥争いに嫌気が差し、飛び出すように聖女を辞したと聞いている。
「グローリア様に会えるの、うれしい?」
「はい」
「そっか」
コレットはリザのアッシュグレーの髪を優しくなでた。子ども扱いされているようでもあったが、悪い気分ではなかった。
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