第1章 第3話 精霊契約、成立!

  突風が森を切り裂いた。


 思わず腕で顔を覆う。

 乾いた風に混じる、鉄の匂いと焦げた空気。

 さっきまで静かだった精霊の森が、怒鳴り声のように木々を揺らしていた。


「な、なんだよこれ……!」


 視線を上げると――

 地面に刻まれた古びた魔法陣が、淡い緑光を脈打たせている。

 その中心で、黒い風の塊が渦を巻いていた。


 霧が生命を持ったように、歪んだ姿で唸っている。


「……精霊核が、壊れてる」


 肩の上でミルが震えた。

 風の羽のような髪が、荒れ狂う風に叩かれている。


「これ、精霊の残滓……? いや、それだけじゃない。誰かが封印をこじ開けた」


「封印……? まさか誰かが意図的に?」


 黒い風がこちらへ反応し――

 ドォンッ! と爆ぜた。


 周囲の木々が根こそぎ吹き飛び、破片が雨のように降る。


「うわっ!」

「下がって!!」


 ミルが俺の前に飛び出し、風の膜を展開する。


 だけど――

 その小さな身体が、震えている。


「くっ……暴走が強すぎる……!」

「無理すんな!」

「アンタこそ逃げなさいよ! 契約者でもないくせに!!」


 防御陣が砕け散る。

 黒風の奔流が襲いかかる――


「ミル!!」


 考える暇なんてなかった。

 俺はミルを抱き寄せ、背中を風から庇った。


 爆風が世界を真っ白に染める。

 耳鳴り。激痛。息もできない。


「バカ! 触れちゃダメ! 精霊核は魂を焼くのに!!」

「放っとけるわけないだろ!!」


 皮膚が裂かれたように痛む――

 けどその奥に、確かに誰かの泣き声があった。


 ――助けて。


(お前、苦しいのか……?)


「大丈夫だ、もう一人じゃない!」


 叫んだ瞬間――

 ミルの瞳が大きく見開かれた。


「……っ! アンタ、まさか――」


 ミルが俺の手を強く握り返す。


「いい!? 特例よ! 普通は絶対にやらない!」

「何を――」

「あたしと繋がりなさい!!」


 風が止まり、色が消えた。

 世界が音を失う。


 俺とミルの間に、淡い光の線が走った。


 ――精霊契約。


 儀式も魔法陣もなし。

 魂と魂を直に結びつける禁忌の契約。


「ミル……手、冷たいな」

「黙って。あたしの魔力……感じて」


 温かい風が掌へ流れ込む。

 心臓が跳ねる。呼吸が重なる。鼓動が早くなる。

 風の唸りが俺の鼓動と同化していく。


「……見える」


 空気の流れ。

 木々の息吹。

 森の生命――すべてが繋がる。


「これが……精霊の世界……」

「アンタ、本当に変な人間。普通はここまで深くリンクできないのよ」


 黒い風が咆哮した。


「いける?」

「やれる!」


 魔力が共鳴し、足元の草が浮き上がる。

 風紋が展開され――


「《ウィンドバースト》!!」


 嵐が爆ぜた。

 黒い霧が削られる。


「もっと! 風は想いで動くの!!」

(守りたい――ミルを。この風を。この世界を)


 ミルが微笑む。

 その笑顔は、嵐よりも強かった。


「いい顔になったじゃない!」


 風が竜巻となって空へ突き抜け――

 黒い精霊核は悲鳴とともに霧散した。


 ――静寂。


 肩が震え、膝が崩れた。

 ミルがそっと降りてくる。


「……契約、完了ね」

「は……はは。これが、俺たちの契約か」

「ちょっと無茶しすぎ」


 ミルはそっぽを向き、顔が少し赤い。


「アンタ、不気味なくらい……心が綺麗」

「急に毒吐くなよ……」

「ほめてない!」


 風が優しく吹き抜けた。

 森はもう、穏やかだった。


「なぁ、ミル」

「なに」

「俺……少しだけ、自信が出てきた」

「じゃあその自信、次で証明してもらうわよ」


 ミルが指を向ける先――

 茂みが揺れ、低い唸り声が迫る。


「ウルフ十体以上。囲まれてる」


「十体!?」

「新米契約者。風を……見せてみなさい」


 俺は笑った。


「上等だ。いくぞ、ミル!」


「ええ!」


 二人の足元に風紋が広がり――

 新たな嵐が、ここから始まる。

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